皆さんの記憶に残っていますか?
5年前のこの日のこと。
特定非営利活動法人
エルエスエイチアジア奨学会
(李秀賢顕彰奨学会)
故李秀賢君事故後の主な出来ことについてご報告いたします。
2001年1月26日 午後7時15分JR山手線新大久保駅で誤ってホームから転落した見知らぬ日本人を助けようとして、韓国からの留学生李秀賢さんと日本人カメラマンが帰らぬ人となりました。
今日はあの事故から丸5年。2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。今年は赤坂プリンスホテルで、故李秀賢くんを偲ぶ会が行われました。私は、毎年、司会をさせていただいていますが、今年は昨年や一昨年以上に、多くの方が参列下さいました。
2001年1月29日 留学先の日本語学校にて李秀賢さんの学校葬が営まれました。
日本全国から日本語学校生、教職員、一般の方々数百人がその死を悼み参列、
また当時の森総理を初め、福田官房長官、河野外務大臣、町村文部大臣等の閣僚、その
他多数の政府関係者がご参列くださいました。さらに金大中韓国大統領を初めとする韓国
政府関係者の方々からもたくさんのお悔やみをいただきました。
○ その後、留学先の日本語学校や新聞各社には、日本全国から李さんのご両親に宛てたお見舞いや励ましの手紙や電話が殺到し、お見舞金などが届いたため、ご両親に届けられました。
○ 李秀賢さんのお墓が釜山にたてられてから今日まで、日本から励ましの手紙や墓参りに訪れる者は後を絶たず、昨年2005年11月14日には、麻生外務大臣が釜山市児童公園にあります秀賢さんの記念碑を訪れました。
<奨学会設立>*2001年4月、李君のご両親より母国と日本の掛け橋を目指したご子息
の遺志を継ぐために、同じように大志を抱き日本で学ぶ就学生を支援する奨学金制度を作
るために寄付をしたい。」との提案がなされました。
これを受け有志が集まり奨学金制度の検討を開始し、故李秀賢さんのご両親より寄付され
た1,000万円を原資に2002年1月26日1周忌の場で「李秀賢顕彰奨学会」が正式発足し
ました。同年10月、東京都から特定非営利活動法人の認証を得て、李君のイニシャルを取
り「エルエスエイチアジア奨学会」となりました。
「エルエスエイチアジア奨学会」には、全国の延べ約5000名の方々から寄付金が寄せられ、2002年10月から昨年11月までの4年間にアジア各国から来日した231名の日本語学校生に一人15万円の奨学金が支給されました。
また、奨学会の他にも、李秀賢君の死後から今日に至るまで全国の有志グループが李君の
死をただの犠牲で終わらせることなく、彼の勇気ある行動を顕彰し、彼が残した命の尊さ、
他人のために生きる優しさを広く伝えるため、チャリティーコンサートや勉強会など様々
な活動を行なっています。また、現在、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなた
を忘れない」の製作が進行中です。
慰霊祭につきましては、
○ 2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。そして今年はあの悲しい事故から5年、本日5周忌を迎えることとなりました。
なお、本日の偲ぶ会の会場は、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなたを忘れな
い」の映画製作プロジェクト様よりご提供頂き、関係者の方々にもご出席いただいており
ます。
本日「偲ぶ会」終了後には、同映画の韓国ロケ報告会が行なわれますことをお知らせいた
します。
5年前のこの日のこと。
特定非営利活動法人
エルエスエイチアジア奨学会
(李秀賢顕彰奨学会)
故李秀賢君事故後の主な出来ことについてご報告いたします。
2001年1月26日 午後7時15分JR山手線新大久保駅で誤ってホームから転落した見知らぬ日本人を助けようとして、韓国からの留学生李秀賢さんと日本人カメラマンが帰らぬ人となりました。
今日はあの事故から丸5年。2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。今年は赤坂プリンスホテルで、故李秀賢くんを偲ぶ会が行われました。私は、毎年、司会をさせていただいていますが、今年は昨年や一昨年以上に、多くの方が参列下さいました。
2001年1月29日 留学先の日本語学校にて李秀賢さんの学校葬が営まれました。
日本全国から日本語学校生、教職員、一般の方々数百人がその死を悼み参列、
また当時の森総理を初め、福田官房長官、河野外務大臣、町村文部大臣等の閣僚、その
他多数の政府関係者がご参列くださいました。さらに金大中韓国大統領を初めとする韓国
政府関係者の方々からもたくさんのお悔やみをいただきました。
○ その後、留学先の日本語学校や新聞各社には、日本全国から李さんのご両親に宛てたお見舞いや励ましの手紙や電話が殺到し、お見舞金などが届いたため、ご両親に届けられました。
○ 李秀賢さんのお墓が釜山にたてられてから今日まで、日本から励ましの手紙や墓参りに訪れる者は後を絶たず、昨年2005年11月14日には、麻生外務大臣が釜山市児童公園にあります秀賢さんの記念碑を訪れました。
<奨学会設立>*2001年4月、李君のご両親より母国と日本の掛け橋を目指したご子息
の遺志を継ぐために、同じように大志を抱き日本で学ぶ就学生を支援する奨学金制度を作
るために寄付をしたい。」との提案がなされました。
これを受け有志が集まり奨学金制度の検討を開始し、故李秀賢さんのご両親より寄付され
た1,000万円を原資に2002年1月26日1周忌の場で「李秀賢顕彰奨学会」が正式発足し
ました。同年10月、東京都から特定非営利活動法人の認証を得て、李君のイニシャルを取
り「エルエスエイチアジア奨学会」となりました。
「エルエスエイチアジア奨学会」には、全国の延べ約5000名の方々から寄付金が寄せられ、2002年10月から昨年11月までの4年間にアジア各国から来日した231名の日本語学校生に一人15万円の奨学金が支給されました。
また、奨学会の他にも、李秀賢君の死後から今日に至るまで全国の有志グループが李君の
死をただの犠牲で終わらせることなく、彼の勇気ある行動を顕彰し、彼が残した命の尊さ、
他人のために生きる優しさを広く伝えるため、チャリティーコンサートや勉強会など様々
な活動を行なっています。また、現在、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなた
を忘れない」の製作が進行中です。
慰霊祭につきましては、
○ 2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。そして今年はあの悲しい事故から5年、本日5周忌を迎えることとなりました。
なお、本日の偲ぶ会の会場は、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなたを忘れな
い」の映画製作プロジェクト様よりご提供頂き、関係者の方々にもご出席いただいており
ます。
本日「偲ぶ会」終了後には、同映画の韓国ロケ報告会が行なわれますことをお知らせいた
します。