波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

香月泰男(画家)

2011年04月25日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo     「お前の好きそうな絵があるぞ」と同級生に言われ、高校の図書館で香月泰男を特集した美術雑誌を手にした。「シベリアシリーズ」だった。同じ頃、街のデパートで、この画家の絵を偶然見た。小さな黒いカブトムシの絵は、余計なものが何も無く、絵肌と色を何とも不思議に感じた。就職してやっと、「シベリヤ画集・香月泰男」を買えた。


    7年前、札幌で「シベリアシリーズ」巡回展。見に行った。想い続けた人にやっと逢える切ないような嬉しさと失望の不安を抱えて。実物は、図録や画集と全く違う、圧倒的な凄さだった。抑留の暗い主題、炭を練り込んだ黒、ごつごつした画面…表現できない心を、目で見られる詩の形で表現できるのか…それも、全作品。こんなふうに感じる絵をこの30年間で一度も私は見たことが無いように思う。(画像は、この展覧会のポスターに使われた、シリーズの一つ「青い太陽」)


    シリーズは香月泰男美術館へ行かなければ全部を見られない。シリーズ全作品が、一点の欠落もなく、売られず一つところに収納されている幸運。画家が高校教師を続けていたからかもしれない。今年、香月泰男生誕100周年。昨日、「シベリア鎮魂歌-香月泰男の世界」(立花隆著:文藝春秋社)注文。図書館で借りて読み、これは手元に残してゆっくり老後に読み直したいと。立花隆は何となく胡散臭く嫌いな評論家だが…仕方ない。
 退職後、山口に行ってみたい。三隅町にあるという香月泰男美術館へ。そして、金子みすず、萩焼、吉田松陰、高杉晋作、にゆっくりと思いをはせてみたい。

………読書感想……………………………………………………………………………………………………

代休に「人間の関係」(五木寛之著:ポプラ社)再読。「人間は『関係』がすべてである。家族も夫婦もまず『他人』になるところから」ではじまり、人脈、親子、兄弟、友人…「夫婦は恋愛より友情」で十分納得し、真面目に説く「挿入だけがセックスでない」で笑う。この作者、良いこと言ってるが今ひとつ心にスーッと入ってこない。相性というのか、上から目線を感じるというのか…で、★★☆☆☆

コメント

紙のこいのぼり

2011年04月23日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo    5月間近になっても目にしなくなったこいのぼり。子どもが少ないだけでなく、毎日の上げ下げが大変だからだろう。夫婦共働き、核家族では、雨の時にしまう人もいない。三月の雛人形も出し入れは意外に大変で、同じような運命なのかもしれない。子の成長を祈る家族団らんの機会は優れた日本の文化。薄れていくのは少し寂しい。
 TVで、大震災の空に泳ぐ鯉幟。あの青空は日本中、世界中の空とつながっている。がれきに残った建物を台座にして、けなげに泳ぐ鯉、大人たちの心意気に胸がつまった。


  俳句歳時記(夏)に、【幟-のぼり】江戸時代、定紋や鍾馗の絵を染め抜いた幟を兜・長刀・吹き流しなどとともに家の前に立てた。古くは紙製であったが、これが小さくなって座敷幟となっていった。町人は、滝をも登るとする鯉を出世の象徴として鯉幟を立て男子の成長を祈った。これも最初は紙製であった。


    紙細工の鯉幟を民芸品店で見た。ふんわりと品良く、さりげなく心が込められたようだった。雄大で原色のも悪くはないが、つつましさが強く印象に残った。家に帰って作ってみた。竹の葉が漉き込まれた和紙、園芸では困る竹の曲がり具合がなんとも…。左の画像が、高さ50㎝のそれ。


………読書感想…………………………………………………………………………………………………

「こどものいた街」(写真集-井上孝治作:河出書房)昭和30年代前半の子ども、モノクロ写真。子どもが子どもでいられた時代の表情にママヨさんと何度も笑う。そこに私たち2人もいた。黒いブルマー、ゴム跳び、雲梯、パッチ、ビー玉、駄菓子屋、路上、露地、自転車の2人乗り、ねんねこ…。TVでも先月、「思い出の街が甦る~写真家・井上孝治の世界」。昔でなく強烈に今を感じ★★★★☆  ※5段階評価(5★は人生を変えるような劇的な出会い。4★は「読んで(見て)とても良かったなあ」という場合。 

コメント

【その8】 オイルショック

2011年04月21日 | 【保管】一寸凡師コラム
 人は年を取ったときに老いるのではない。人は歩みを止め、闘いを忘れたとPhoto きに老いていく


 
これは凡師が心の師として仰ぐ、アントニオ猪木の言葉である。猪木らしいまっすぐで力強いメッセージは、若者とおじさんの狭間であえぎ、「俺はまだおじさんじゃないっ!」と周囲の評価と戦い続ける(通称:オジ狭間の戦い)凡爺、いや凡師にとって、唯一無二の正義である。


 
健康を支える3つの要素、「運動」「食事」「休養」。これに猪木が言う、「闘い」をプラスすることで、人は誰でも「老いる(オイル)ショック」を防ぎ、健康な若者になれるのだ。


 
凡師が「ケンコーナワカモノ」作戦と銘打って開始した、「ハイブリッド肉体改造プログラム(徒歩通勤)」の効果は、開始から2ヶ月余りで肉体に現れ始めた。まず、腕時計がくるくる回るようになった。理由はわからないが、とにかく手首の脂肪(?)が減ったのだ。もともと脂肪の少ない手首、しかも徒歩に直接関係のない手首が細るというところに、いささか疑問を感じるが、きっと運動の効果だろう。次に、ウエストがサイズダウンした。スーツのズボンを履く際、以前は「フンギュー!」と息を止めていたのが、今では「フギュー!」に変化した。体重は量っていないが、なんとなく軽くなった気がする。「ケンコーナワカモノ」作戦には、この「なんとなく」とか「気がする」というファジーな部分が大切なのだ。計器等による「客観的」かつ「正確」な情報は、時として「歩み」を鈍らせる。世の中には隠蔽されるべき事実もあるのだ。


 
「運動」はクリア。「食事」も脂っこい物を避け、野菜や大豆系を採るようにした。安易なポテトチップス摂取も制限している。「休養」はもともと好きなので、モーマンタイ。残す「闘い」は、息子とのチャンバラごっこで補おう。雪が溶け、チャンバラ用の「ボッコ」も探しやすくなった。外でバーベキューでもしながら、息子とチャンバラ。喉が渇いてビールをキューッと。みんなで笑い話に花を咲かせて…。あーでもない、こーでもない、ガッハッハ…。


 
うーむ、これこそが「ケンコーナワカモノ」作戦の神髄かもしれない。


………………………………………………………………………………………………………

  本HP座付きコラムニスト凡師さんの木曜コラム。コメント受付中。匿名、ペンネーム歓迎。下の赤字「コメント」をクリックしどうぞ【BY立男】

コメント (4)

「八方美人」

2011年04月18日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo1  今日の代替え休日、だし「八方美人」つくる。材料は、みりん、醤油、鰹 節。薄めると、名称通り何にでも使える。長年の自家製「かえし」に比べ濃厚で便利。今日の夕食、立男作のカツ丼をこれで。自分で言うのも何だが…旨い。ママヨさんも褒めてくれた。何にでも使えるから「八方美人」か。

  使い終えた昆布を鍋に敷き、昆布・鰹節のだし汁に浸し寿司あげも煮た。薄口醤油と三温糖で甘辛い仕上げ。油揚げはなかなか奥が深い。きつねうどん用だが、応用の効く一品。(愛読雑誌の「dancyu」5月号、油揚げ特集)

 だし汁、砂糖、醤油で、この2度使った昆布と、八方美人で使った鰹節を刻み、梅肉を和えフライパンで炒めて、最後に白ごま。自家製ふりかけだ。冷や奴、おひたしにピタリあう。握り飯の具はもちろんだ。(5月創刊の「男子食堂」、和食の基本でこのふりかけレシピ掲載)


   仕事と区別し愛好するを趣味と言うなら、立男の場合は料理だ。工作もそうかもしれない。しかし、本を読んだり、絵を描いたり、文を書くのは、全然そうとは思えない。うんうんうなりながらやっている。間違いなく仕事とつながっている。これを楽しみというなら酷だ。

    画像は、特製「なみかぜたてお鉛筆」 本ブログにコラム執筆された方への寸志。「一寸凡師」さんには「いっすんぼんし鉛筆」1ダースお届け済み。それにしても、「その7 一寸凡師の隙間コラム」へのコメントが嬉しい。

………読書感想…………………………………………………………………………………………………

加藤周一を休日に読んでいる。「加藤周一のこころを継ぐために」(井上ひさし、梅原猛、大江健三郎他:岩波ブックレット)「九条の会」立ち上げの呼びかけ人からのメッセージ。まともな知識人の今の時代の役割をあらためて思う。TVひな壇でコメントしている輩の軽さでなく、媚びずおもねず、時代の座標軸の提示。読みやすいので注意必要★★★☆☆

「羊の歌 -わが回想-」(加藤周一著:岩波新書)出生から大学時代まで。どうしてこんなにみずみずしく、感性豊かに記憶し、表現できるのか。フアッシズムの中での青春と自立。文句なく名著。初版68年、その頃と変わらない小さな活字?還暦間近で目が疲れるので…★★★★☆

コメント

【その7】 決意の朝

2011年04月14日 | 【保管】一寸凡師コラム

7 職場で使う「コーヒーカップ」を新調した。

 コーヒーカップには海賊旗のイラストと「俺が親父で良かったか?」というメッセージが書かれている。このコーヒーカップは、海賊を題材としたある少年漫画のグッズであるが、凡師にとってこの「俺が親父で良かったか?」という言葉は、大きな意味を持つ。

 
カップに書かれているこの台詞。漫画の中ではこんな場面で登場する。息子同然として育てた船員を助け出そうとして、命をかけて闘う海賊団の船長。だが、ついには敵に倒されてしまう。死ぬ間際、命と引き替えに救った船員に言った言葉。これが「俺が親父で良かったか?」である。この感動のシーンを言葉で表すのは難しいが、とにかくいい場面なのだ。

 
凡師には2人の息子がいて、どちらも凡師自慢の息子である。子どもが生まれたと同時に「父親」としての凡師も生まれた。息子同様、まだまだちびっ子の「父親」である。子育てというか、共に響き合って生きていくということは、実に奥が深いということに最近気づいてきた。

 
くじけそうになったり、へこんでしまいそうになることもあるが、そこは「親父」としてのホコリがあるのだ。凡師も死ぬ間際、息子達に胸を張って「俺が親父で良かったか?」と言えるような生き方をしたいとつくづく思う。

 
仕事の最中や、ボーッとしているとき、スッと目に入るカップの言葉。

  今、この言葉がいろいろな意味で凡師の原動力になっている。

 
人として、大人として、社会人として、父親として…

 
「俺が親父で良かったか?」と誇れる自分でありたいものだ。

……………………………………………………………………………………………………………………………………

   本HP常連コラムニスト凡師さんの木曜コラム。コメント受付中。匿名、ペンネーム歓迎。下の赤字「コメント」をクリックしどうぞ【BY波風立男】<xbody></xbody>

コメント (5)