波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

「宮沢賢治 『旭川。』より」読む

2015年09月23日 | 読書

  「宮沢賢治『旭川。』より」(文・画 あべ弘士:BL出版)読む、賢治が降り立った大正12(1923)年夏の旭川を描き、町の爽やかな空気とその時の賢治の気持ちが伝わる。最愛の妹トシを前年に亡くし哀しみを抱いた稚内・樺太への旅、未開の北海道、長い汽車の旅の途中に午前半日だけ過ごした町旭川。異国的な町のことを詩「旭川。」として残し、92年後の今年それをモチーフにこの絵本作られる。

                  

 動物の絵本作家として知られるあべさんだが、人と風景をこういうふうに描く人だった。風景と人、建物と植物、大自然と人工物の対比が絶妙。大胆で精緻、シンプルな形と線と色が静かに郷愁誘う。安定した構図と緑・茶・青の押さえた配色が美しい。巻末の賢治自筆の詩を今回初めて読んだが、これに触発されて生まれた絵本。賢治の詩があべさんの言葉と絵で深い意味を伝える。賢治の詩をあべさんが絵本としてなぞったのではない。旭川と宮沢賢治を愛する作家により、絵本の可能性を耕す絵本。大いに評価したい。

                          
 
 個人的だが、立男は旭川で生まれて育った。絵本の旭川は、記憶にある町とは違う。今は遠くにあるだけだ。だが、時代を超えたふるさとの何かがどのページにも漂っている。絵の川と山と規則正しい道、言葉の「朝もや」「六条十三丁目」「涼しい風」「ポプラの並木」「永山という町」が懐かしさい。ふと、小さかった頃、駅前の洒落たレストランでチキンライスとアイスクリームを食べ、帰り道で電車を見たのを思い出す。そのイメージがこの絵本を開いたことで一瞬にして鮮明になった気がした。そして、ぼんやりしていた昔のことが具体的な線や色で浮かんでくるよう感じがしてきた。


  アマゾンに3年前に書いた「せんせい」(重松清著)の感想、参考になった人います、という連絡あり。今回の感想を何年かぶりに載せてみようと思った昨日、朝に名古屋の若い人、昼に地元の先生と話する。自分がこの年齢の時、どんな人間だったのだろうと思った。真面目に生きていたかな、と思った。

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【その230】 シルバーウィーク

2015年09月22日 | 【保管】一寸凡師コラム

シルバーウイーク

 凡師家シルバーウイークのテーマは、ズバリのんびりする事。少々疲れ気味の凡師家面々にとっては、休息を取ることも大事。休みがあると「あれもしたい」「これもしたい」と欲張りすぎて、結局「あれもできなかった」、「これもできなかった」となってしまうので、最初から「やらない」事を決めた。「やらない」と決めて気ままに過ごす連休もなかなか。読書をパラリ、ポテチをパクリ、息子とゲーム、エアロバイクで汗をかき、「虹が出た!」とみんなで窓際に集合し、「今日はラーメン!」とみんなでズズッ。何にも縛られることのない贅沢な時間。
「やらない」と決めたはずの連休は、「あれもできた」「これもできた」と充実感で満たされている。

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第72号/希望

2015年09月20日 | 【保管】腹ペコ日記

 憲法の授業の準備をはじめるたびに、「今年は何を伝えたらいいんだろう」と暗い気持ちになっていた。年々憲法を取り巻く状況は厳しいものになっていく。自分はどんな希望を語ったらいいのだろう、と悩んできた。

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そして現在、国会周辺を中心として、各地で運動が広がっている。これは戦後70年の歴史の中で未だかつてなかった新しい運動の形だと様々な人が語る。「こうした運動を展開できる人を育ててきたということが、戦後教育の成果のひとつではないか」と言われ、目の前が開けた気がした。

・・・

そうして迎えた授業の初回。感想の多くが人権意識に裏打ちされたもので、とても励まされた。ここにも戦後教育の成果があるし、希望がある。希望を無理やりひねり出さなくてもいい、共に学びながら見つけ、考え、進んでいく中で、希望は見つかる。

 

 

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「殿堂入り」の人々

2015年09月19日 | 新聞感想

 今日、大見出しで「安保法成立へ 戦後平和主義を転換」、1面に社説「『国のかたち』の信を問え」(9/19道新1面)。想定内につき驚かず腹立たしいのみ。昨日の内田樹先生の「首相 米との約束最優先」(9/18道新朝「安保法案参院可決どうみる?」)と「猪口先生、どうしちゃったの」(9/18道新夕「法案賛成の恩師に教え子質問状」)を書き残しておく。
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  前者で膝打つのは、まず、今国会で法案成立させたい理由は米で約束してきたからで「米国との約束」は法にも自国民にも最優先の下り。続いて、戦後70年間の「対米従属」を通じ、「対米自立」の模索が(筆者は敗戦国が生き延びるためには仕方が無かったと言う)、「対米従属」の作法が熟達し国家的目標の自立の方を忘れたと断じる点だ。   「戦争ができる国」になる必須条件は「米国と交わした約束を履行するためには自国民を裏切ることさへいとわない人物」の評価を得ることで今回それを履行、それにより「開発独裁の殿堂(李承晩、ゴ・ジン・ジェム、スハルト、マルコスが先輩)入り」を果たし得たと皮肉る。ウーム、面白い。
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 後者は、現自民党参院議員に対し大学教員時代の教え子から「先生の教えと安保法案の内容はあまりにかけ離れていて理解しがたい」という手紙(質問状)を出した経緯。猪口先生は中学校国語教科書にリベラルな立場のわかりやすい文章が載ったことあり立男はそれで教えた。戦争と平和を世界的視野で論じるわかりやすい説明文だった。今回の記事で「安倍独裁の殿堂入り」が自分の信念や教え子より大事なんだなあ、と残念に思った。それにしても、教え子の真剣で勇気ある手紙に「会いに来てくれれば議論できた。対話の作法を教えていたはずなのに」はひどい。「今の私は政治家で、もう研究者とか教育者とは違う。」と言うべきだろう。返事出さず持ち歩いていたらしいが何か言ってあげなさいと言いたい。先生の指導力もあってが勇気と道理を持ち得た教え子に対し、上の者に対する適切な作法の善し悪しを何より問題にするようなら教員とは言えない。いや、反面教師というのもあるか。

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ホタテ・ズッキーニのスパゲッティ (お勧め)

2015年09月18日 | 図工・調理

 久しぶりの「図工・調理」カテゴリー。今回は、種も仕掛けも秘伝も無い一品。「北国で夏を惜しむホタテ・ズッキーニバター焼きスパ」と命名。バター焼き食べていて「これに麺入れたら旨いかも」で思い立った波風オリジナル。正直に言って、ズッキーニというものがこんなに優れた歯触りがあり色々なスープを見事に吸収し豊かな味を創造するとは。前までは、胡瓜の親戚、大味の外国野菜ぐらいにしか思っていなかった。ママヨさんから叱られると「心がズッキーニ」なんてふざけていた。さて今回は、黄緑色の丸いの使ってみた。

                   

 ズッキーニ(一個の半分)とシメジをバターで炒め塩・胡椒。直ぐ煮えるので注意。刺身に使えるホタテ(2人前4個)投入し固くならないうちに火を止める。麺(1人前80~100グラム、大盛りなら130~150グラム)を茹でる。炒めたホタテ・ズッキーニに茹で汁(塩味)を少し加える。そこに茹でた麺(5分用の細麺)を絡めて出来上がり。このときに決して麺を炒めないように。全調理時間10分。

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 タバスコと粉チーズで食べた。う、うまい!ズッキーニとシメジとホタテの微妙な柔らかさの違いとうま味、歯の悪い老人にはぴったりだね。塩味を減らして醤油風味も良いかもしれない。その時は、ゆず胡椒やワサビを試してみたい。これ、全然食欲の無かった昨日の夕食。副食に、茄子の漬け物とスモークチーズ(スーパーで一番安い「ファミリィチーズを台所で燻煙)。
 
こういう記事をもっぱら裏ブログで書いてきたが表に出すのもブログのリズム感が出来て良いかもなあ。

 

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