今週から季節は夏至。今朝、7℃の当地ではストーブで暖をとる。TVでは、30℃超える地域の、ハンケチで顔の汗拭く人、噴水で涼む人を映してる。「俺はここにしか住めない生物だな」と暑さ嫌いの波風立男氏は思うのだった。
「波風食堂、準備中です」更新。今日、自分のご褒美用に「波風食堂謹製 梅ゼリー」作る予定。「へたれ」という言葉を耳にすること多いので調べてみた。すると…。
おいしそうな顔
久しぶりにお会いした先生から、「しあわせそうですね」と声をかけられた。親になってからの変化は笑顔が増えたことじゃないかと話していたところだったので、それが「しあわせそう」にみえているのだろうか、と思った。
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だが、ふと振り返ると、我々コンビは「しあわせそうだ」と言われることが多い。しあわせそうに見える秘訣は何だろうかと考えると、やはりふくふくしたほっぺ、あるいはまんまるとした顔にあるのだろうと思う。そう考えると、しあわせそうな顔とは、おいしそうな顔のことを指すんじゃないだろうか。
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腹ペコ家でいちばんおいしそうな顔なのは、ダントツでまめたなのだが、ハイハイを覚えた頃から少しずつスリムになってきた。いつトップの座が変わるかと、相方さんはヒヤヒヤしているに違いない。
東京都知事辞職の今朝の新聞。「ほう、こんなに早く辞めるんだ」。リーダーの資質、公私の区別、思考力・判断力・表現力、往生際のあり方を考えさせてくれる大事な教材。①「エライこと」と「偉い人」の勘違い、②皆無な謙虚さ、③直言してくれる師の不在、④応援団ゼロの人生には、どういう末路が用意されているのかを教えてくれる。これすべて、時々思う「恩師の言いつけ」なのだが、守らないとこういう結末が待ってるんだね。
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公私混同の金銭疑惑で始まり、ミミッチイ話で終わる終始一貫実に恥ずかしい話。不愉快な態度ともあいまって、「自らの不徳」が今回ほど似つかわしい人も珍しい。こういう言葉で事実隠ぺいする人は、悪事の反省できず、決して謝らない人間性なんだと納得。競争と自己責任の環境は、こんな気味の悪いエリートも育ててしまうようだ。
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「不徳」な方の、終末の悪あがきや周りに忖度しない自己保存術を「こういうふうにだけは生きたくないものだ」と学んでいたら、突然の幕切れ。首都の庶民の方々には申し訳ないが、人間性やけじめのつけ方を割合真剣に考え始めた波風立男氏には物足りない。辞めて当然だが、本人が罪悪感持ってないのだから真相は闇だ。多数の同類項がたまたま墓穴を掘った同類項を裁けるはずもない。
何のために生きているのかな?ふとそんな問いが湧く。深刻ではなく、今日は少し寒いが明日はどうなのかなあ?ぐらいの重さ。だから、この問いはいつの間にか跡形もなく空に消えてしまう。そしてまた、同じ問いが浮かぶ。この頃、増えてきた感じ。
私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。…だとすれば、何かになれなくても、私たちには生きる意味があるのよ。この台詞が、映画の最後に語られる。ハンセン氏病で社会から隔離され、人間の尊厳を奪われた主人公の、若い人への遺言。自分の肩の力がスーッと抜ける気がした。人生をこんなふうに思ったことは無かった。八木重吉の詩「雨」、「雨がやむように静かに死んでいこう」が少しわかったような気分になった。
一昨日観た、河瀬直美監督×樹木希林主演の『あん』。文化を生活に灯す素敵な方々のおかげで1年しか遅れないで見させていただく。久しぶりの『映画』体験。本やVDは通販で何とかなるが、だんだん暗くなる会場にワクワクする感覚は得られない。映画女優ってこういう仕事なんだと樹木希林に思う。永瀬正敏、内田加羅(希林さんの孫)がいい。主題歌「水彩の月」(秦基博)も印象に残る。
秦基博 水彩の月
昨日、ブログ会社のメンテナンスで表示も編集も不可。仕方ないので裏ブログに載せておいたが、今朝移転。やっぱりこっちの方が収まりいいな 。
新しい運動靴の靴慣らしを息子と。いつもなら車でパパッと行く道を、息子とてくてくウォーキング。途中、新しく出来た喫茶店に立ち寄り一休 み。美味しいアイスコーヒー(長男はリンゴジュース)を頂いた。普段なかなか出来ないことを時間を気にせずのんびりと。なんだか休みの日らしい過ごし方。 来週いよいよ長男の運動会。今年もPTA種目で綱引きに。昔、PTA綱引きで肋骨にヒビを入れた事を思い出す。“一度折れた骨は丈夫になる”とどこかで聞 いた覚えが。念のため、昔ヒビが入った方の脇で綱を挟むことにしたい。