波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

WILD FOX №36/着水

2022年04月11日 | 【協力】Wild foxギャラリ

警戒心の強いアオサギなので、暗いうちから待ち伏せして撮りました。

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見せたい・言いたい・聞きたい

2022年04月09日 | 日記・エッセイ・コラム

うってことない暮らしの出来事や思いつきをブログにする老人生活。誰かから書けと言われるわけでないし、褒めてくれることもない。書き続けるのは、ぼんやりしていたことがはっきりしたり、はっきりしていると思ったことがそうでもないのに気づくからだ。言葉にしてまると、「これはまだ言葉にできるほどわかっていない」とか「この言葉をこんなふうに使って良いのかなあ」なんて、表面の皮を少し剥いて本心に近づけたり、知識の浅さ狭さを知る機会になる。

れなら不特定多数対象のブログでなく、日記で良いようなものだが、それでは駄目なのだ。誰かに読んでもらう責任というか義務みたいなものを勝手にこしらえ、ひとまとまりの文章に整えて、3日に一度ぐらいは更新しなければいけないと思うから書けるのだ。柔らかい緊張感に束縛されるから続けられるのだ。フェイスブックやツイッター、インスタグラム、ユーチューブは息子のやっているのを読むのでアカウント持っているが、自分でやる気は無い。だから、他人のSNSにもあまり関心が無く、『いいね』もあまりしない。結局、面倒なのだ。消費的な言葉表現も性に合わないのだ。その点、ブログは累積的でずーっと残り訂正可なので波風氏に合っている。イラストなんかも載せられるし。

 

し残念なのは、同じような老人ブログを見かけないこと。ブログランキングという不思議な視聴者数競争一覧表を見ても、ネコがどうしたとか、旅行や外食の体験ばかりで一番読みたい『そこはかとない暮らしの風景』が見当たらない。上手とか上手で無いとかはさておき、波風氏は「自分で見たいものが無いのなら、自分で作って楽しむ」という人柄。ブログという言葉遊びも、自分で作って自分で楽しむのが一番。やればやるほどそう思う。
こういう波風氏につきあってくれる方々(貴方様です)には、「ありがとうございます」という気持ちで一杯だ。老人は、好き勝手にさせてもらいつつ、「ちゃんと見ていますよ」と繋がっていてくれる人がいなければ、たちどころに元気なくなるのです。


ママヨさんがもらったカニでグラタン、波風氏がもらったアサリでパスタつくる。こういう海鮮久しぶりなので「あっ、これ入れるの忘れてた」続出しつつ、「素材が助けてくれる春の味」堪能 『マイナス50℃の世界』(米原万里著:角川文庫)読み、世界一寒いシベリアの暮らし思う。著者が生きていたらウクライナ侵略に何思うだろうなあ大雪で壊れた鹿よけ網の杭や扉を補修したり、波風食堂開店の準備などする。

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スイッチカバー 作る

2022年04月06日 | 図工・調理

 

居間のスイッチカバー、住んで20年間、ずうっと嫌だった。玄関と居間の全電灯ON・OFF1ヶ所で出来るのは便利だが、接着剤付着の汚れたプラスチック製で少し斜めの取り付けも気に入らない。照明工事業者の作成品だから市販品は無く自作以外に解決方法はない。

 

捨てようと思ったソーメンの箱の蓋が、「これでやってごらん」と波風氏を誘った。半年前だ。なるほど、壁のベニヤ材とも仲良くやれそうだし、カッターで加工でき、両面テープで貼り付けられる軽さだ。

 

問題は、ミリ単位の切り抜き加工の精度。流木工作みたいな「まあ、いっかあ」というわけにはいかない。
面白かったなあ、久しぶりの工作。もっと早くすれば良かった、と思いつつ、「どうやって作るかなあ」のアイデアと本気のやる気が一番必要だったんだなあ。案ずるより生むが易し。

【材料】・ソーメンの箱の蓋 ・水性ペイント ・両面テープ
【道具】・定規 ・カッター ・紙やすり ・はけ ・洗筆バケツ


新聞を片付けていたら、3日の投書欄に「『死』について」の『上』を見つけた。昨日のブログ記事で、錯綜したことを書いたので訂正しようかと思ったが内容は変わらないのでそのままにする 今朝、いつものように体重を計ると、何度やっても63.5キログラム。一晩で7㎏痩せる・・・・はずは無いわけで、この顛末は公式裏ブログ「体重計の話」で。

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続『死を思う』人に誠実に向き合う人たち

2022年04月05日 | 日記・エッセイ・コラム

先月中旬のブログ記事「『死を思う』人に誠実に向き合う人たち」、昨日4日に突然『下』が出たので、このブログも『続』書いておく。今回も読者投稿欄全面の特集だから、元々の中学生の投稿『死を思うことは 恐ろしいけれど』の反響が相当あったのだろう。それと、『死』を正面から語りあえる人間関係も文化も機会も無いからかもしれない。残念なことだが。
コロナとウクライナ、『死』は前より身近。今回も要旨しか載せられないが、どれも大人からの誠実な返信。

 

●死ぬことほどの一大事は無い。生きる意味はあるのか、全く分からない。自分は、親鸞の『歎異抄』を得て生きている。君も君の方法で追求して下さい。答えは見つかる。(84歳男 無職)

●死が無かったら人類の進歩も個人の成長も無い。死というゴールを見すえた上で今なすべきことを真剣に向き合うことだ。そうすれば生きている充実感を味わえる。死の不安は時々思い出せば良い。(71歳男  元小学校教員)

●経験したことの無い「死」を恐れるのは当然のこと。叔母の死から「死」は次の「生」へのバトン送りだと感じた。家族はもちろん友人同士や様々な人間関係で「生死」を語り合える環境が必要だと、コロナ禍を通し思っている。(52歳女 会社員)

●身近な人の死を幾度か経験した。自分も刻々と死に向かっている漠とした恐怖感がある。宗教で救われる心境になればと思っているが、科学に信を置いてきた者は死を正面から受け止めるしか無い。あがき苦しみながら最後を迎える覚悟だ。(68歳男 無職)

●夫より先に死にたい。義父と愛犬の死で信じられない体の冷たさがトラウマになっている。愛する夫の冷たい姿だけは見たくない。周りの不幸も増えている。生きている間に愛する人々をたくさんハグして彼らの体温を感じたい。(53歳女 主婦)


12人の返信、今回もその通りだなあと思いつつ少し違うなあとよ思う。死も生き方の一つで結局は自分で覚悟を決め自分流に迎えるものなんだね。心残りがなく、「面白かったなあ」と呟いて逝けるような、普段の暮らし方の問題。遅かれ早かれ亡くなるんだから、毎日面白く暮らしたい。
波風氏は、長寿の方々は無条件に立派な人たちだと思っている。大勢の死を見聞きし、そこには配偶者はもちろん子どもや孫もいるかもしれない。そういう悲しみを心に秘めながら、楽しみを見つけ感謝する心で暮らすのは大変なことだ。そこに、生き方のお手本があると波風氏は思う。


平均寿命が女87.7歳、男81.6歳。こんなに長生きするんだ。だが健康年齢はこれからマイナス7~8歳と言うから今のうちに真面目に真剣に(笑)遊ばなくては 今春で退職され札幌に住むご夫妻ごあいさつで来宅。波風食堂でウドンを食べに来て下さいねと、当地の教育を守り作られた立派な方々を見送る波風氏がウドン、ママヨさんがアンパンと玉葱パンつくる快晴の昼。 

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『3』にすがる。

2022年04月04日 | 日記・エッセイ・コラム

月に蔓延防止解除され、恐る恐るの合格祝い外食とか送別会、卒業旅行から、やや大手振っての歓迎会の季節。すると、6波終わらないうちに7波の兆候だって。TVニュースの庶民も、「もう良いかなと思って外で食事することにしました」、「今年は花見ができるので嬉しいです」なんて言っている。これ、大丈夫?

 

年のコロナ蔓延期間、3度目のワクチン接種。もうそろそろ大丈夫だべえ、大丈夫にしてくれよの気持ちが、『3』の魔術で、希望から根拠のない予測になっていないかなあ。コロナ思う時、なんとなく「3」の数字浮かぶのは波風氏だけかな?。
『仏の顔も三度』、『3度目の正直』、『千三つ(せんみつ)』(千のうち3つは本当、残りは嘘)、などと『3』がちらつくと何となく「本当かも」と思えてくるから不思議。4度目のワクチン出現で多少揺らぐが。

 

に騙されてみるしかないかなあ。
会社勤めの方々が歓迎会を出席拒否するのは難しいだろうなあ。参加しても、「罹っても仕方が無い」と決意して「話をしないで静かに終わるのを待つ」ということになりかねない。爆発的増加でなくチョビチョビ増えが判断を鈍くする。引き籠もり自由の波風家だし、会合なんてものと無縁な暮らしだが、義理と人情の人生儀式はあるわけでその場合は覚悟決めて『3』に騙されてみるしかないよなあ。


夜の居間、天井からスポットライト2つ、それにテーブル照らすスタンドライト(画像)で過ごしている。慣れというのは不思議で、周囲が暗く手元明るいのが自然な感じに成り、全体が明るいと妙に落ち着かない。焚き火の光みたいなのに惹かれるのは遺伝子レベルの感覚なのかなあ。

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