新潮文庫で、藤沢周平の『霜の朝』を読みました。全部で11の短編を集めた作品集で、昭和56年に、蒼樹社から刊行されたものの文庫化ということです。
第1話「報復」、たいへん印象的な作品です。仲睦まじく理想的な武家夫婦を敬愛していた下男の松平が、理不尽にも主を諫死させた上に家名存続を餌に未亡人を我が物にした次席家老に報復します。下男は下男のやり方で、とされていますが、斧に込められた渾身の力が、見事な描写です。
第2話「泣く母」、年長にもかかわらず家格が上の新入りを嫉視する同門の男に対し、異父弟にかわり真剣で立ち合う兄。母が自分を産み落として家を去らなければならなかった事情を知り、母を再び泣かせてはならないと考えます。幕切れの母の涙の甘さが感じ取れます。
第3話「くしゃみ」、漢字では難しい字ですが、クシャミです。奇癖譚の部類でしょう。小太刀を使う細君との見合いの場面はユーモラスですが好ましいものです。
第4話「密告」、職業的密告者である磯六の不気味さの描写が秀逸です。
第5話「おとくの神」、信頼の源泉であった思い出の土人形を壊され、おとくは仙吉を見限ります。この怒りは深く、強いもの。ふだんおとなしい人を本気で怒らせてしまうと、本当に怖いものです。
第6話「虹の空」、人情ものですが、実の親と育ての親に対する特別な感情は、私にはあまりぴんと来ません。
第7話「禍福」、将来有望な手代から小間物の行商に身を落とし、不幸せだと思っていましたが、代わりに婿に入った長次郎の近況は、なんとも気の毒。禍福はわからないものです。
第8話「追われる男」、岡っ引きはやはり気づいていました。加勢を頼みに行っただけでした。おしんの心理描写が、簡潔で説得力があります。
第9話「怠け者」、生来の怠け者なのに、品のよい、大慈大悲の観音さまのようなおかみさんを裏切ることはできない。悪党たちに痛めつけられても、「いやだ。おれにゃ出来ねぇ」と断り続けます。ここにも、運命に抗う男の意地が出てきます。こういう場面を描くと、藤沢周平は本当にうまいです。
第10話「歳月」、対照的な姉妹の運命と、歳月がもたらした、意気地のない夫への情愛。
第11話、表題作「霜の朝」です。豪快に小判を撒く奈良茂に、「お金は、働いてもらいます」と言い切ったお里という若い娘と、相思で飛び立っていく有能な宗助の二人。残された者の空虚さが余韻となって残ります。
弱い立場の男が、運命に抗うお話を、藤沢周平はよく描きます。その中でも、「報復」は、この作家にしてはやや意外なほど、鮮烈な破壊のイメージです。内に秘めた激しさのあらわれかもしれません。
第1話「報復」、たいへん印象的な作品です。仲睦まじく理想的な武家夫婦を敬愛していた下男の松平が、理不尽にも主を諫死させた上に家名存続を餌に未亡人を我が物にした次席家老に報復します。下男は下男のやり方で、とされていますが、斧に込められた渾身の力が、見事な描写です。
第2話「泣く母」、年長にもかかわらず家格が上の新入りを嫉視する同門の男に対し、異父弟にかわり真剣で立ち合う兄。母が自分を産み落として家を去らなければならなかった事情を知り、母を再び泣かせてはならないと考えます。幕切れの母の涙の甘さが感じ取れます。
第3話「くしゃみ」、漢字では難しい字ですが、クシャミです。奇癖譚の部類でしょう。小太刀を使う細君との見合いの場面はユーモラスですが好ましいものです。
第4話「密告」、職業的密告者である磯六の不気味さの描写が秀逸です。
第5話「おとくの神」、信頼の源泉であった思い出の土人形を壊され、おとくは仙吉を見限ります。この怒りは深く、強いもの。ふだんおとなしい人を本気で怒らせてしまうと、本当に怖いものです。
第6話「虹の空」、人情ものですが、実の親と育ての親に対する特別な感情は、私にはあまりぴんと来ません。
第7話「禍福」、将来有望な手代から小間物の行商に身を落とし、不幸せだと思っていましたが、代わりに婿に入った長次郎の近況は、なんとも気の毒。禍福はわからないものです。
第8話「追われる男」、岡っ引きはやはり気づいていました。加勢を頼みに行っただけでした。おしんの心理描写が、簡潔で説得力があります。
第9話「怠け者」、生来の怠け者なのに、品のよい、大慈大悲の観音さまのようなおかみさんを裏切ることはできない。悪党たちに痛めつけられても、「いやだ。おれにゃ出来ねぇ」と断り続けます。ここにも、運命に抗う男の意地が出てきます。こういう場面を描くと、藤沢周平は本当にうまいです。
第10話「歳月」、対照的な姉妹の運命と、歳月がもたらした、意気地のない夫への情愛。
第11話、表題作「霜の朝」です。豪快に小判を撒く奈良茂に、「お金は、働いてもらいます」と言い切ったお里という若い娘と、相思で飛び立っていく有能な宗助の二人。残された者の空虚さが余韻となって残ります。
弱い立場の男が、運命に抗うお話を、藤沢周平はよく描きます。その中でも、「報復」は、この作家にしてはやや意外なほど、鮮烈な破壊のイメージです。内に秘めた激しさのあらわれかもしれません。