地元紙「山形新聞」で、山形交響楽団が今年50週年を迎えた記念に「山響クロニクル」という連載記事が続いており、これがたいへん興味深い内容です。伊藤律子記者の記事ですが、今回は「本当の危機」という副題で、文化庁からの助成金を断念するという苦渋の選択をした事情でした。これは私も知らなかったのですが、1975年に宮城県にもプロ・オーケストラが結成され、楽団員が退団してそちらに参加するケースが相次いだ頃が最大の危機だと思っていました。ところが実際は違っていたようです。1980年、地元の支援により事務所と練習場を確保し、団バスが寄贈され、オーディションも行われて団員数が30人に届いた頃、文化庁が楽団に対する新たな助成基準を打ち出したのだそうです。その内容は、5年後までに2管編成、有給団員55人以上にすること、という厳しいもので、山響はこの基準に届かない。当時の文化庁の助成金額が1,000万円超で、これが運営の柱だったとのことです。要するに山形と仙台と両方に別々のオーケストラはいらないので、合併しなさいという指導だったようです。これに対する答は、1985年の助成金断念、小さい規模でも地道に続けていく方針でした。
うーむ、なんとなくこの時代の風潮が思い出されます。要するに、「選択と集中」というキーワードがブームになっていた時代です。米国ゼネラル・エレクトリック(GE)社のジャック・ウェルチ社長が、自社の経営を立て直すために、世界でNo.1かNo.2の分野にのみ経営資源を集中し、他を売却・廃止することで一時かなり経営を盛り返したことで注目を集めたものでした。これが異なる分野でも流行となり、大を生かし小を切るような乱暴な意思決定があちこちで行われていたことの、その文化面での現れだったのでしょうか。
考えてみれば、選択と集中という考え方は野菜を育てるようなときには有効でしょう。同じ種類の種を蒔いてたくさん芽が出てきたものをそのまま育てると全部が小さくびっしりと育ってしまう。そこで、適切に間引いてやれば、少数がのびのびと大きくなることができる、という考え方です。
しかし、種が同一でない、それぞれ別々のルーツと経緯と可能性を持ったものを、野菜のように間引くことはできません。研究開発なども同じですが、世界でNo.1やNo.2になっていた分野も、それ以前は吹けば飛ぶような弱小グループだった時代があったはずです。それがほそぼそと研究開発が続けられたために、幸運にも世界でNo.1やNo.2になることができただけではないのか。やみくもな経営の多角化は間違いだけれども、乱暴な選択と集中も間違いなのではなかろうか。
うーむ、なんとなくこの時代の風潮が思い出されます。要するに、「選択と集中」というキーワードがブームになっていた時代です。米国ゼネラル・エレクトリック(GE)社のジャック・ウェルチ社長が、自社の経営を立て直すために、世界でNo.1かNo.2の分野にのみ経営資源を集中し、他を売却・廃止することで一時かなり経営を盛り返したことで注目を集めたものでした。これが異なる分野でも流行となり、大を生かし小を切るような乱暴な意思決定があちこちで行われていたことの、その文化面での現れだったのでしょうか。
考えてみれば、選択と集中という考え方は野菜を育てるようなときには有効でしょう。同じ種類の種を蒔いてたくさん芽が出てきたものをそのまま育てると全部が小さくびっしりと育ってしまう。そこで、適切に間引いてやれば、少数がのびのびと大きくなることができる、という考え方です。
しかし、種が同一でない、それぞれ別々のルーツと経緯と可能性を持ったものを、野菜のように間引くことはできません。研究開発なども同じですが、世界でNo.1やNo.2になっていた分野も、それ以前は吹けば飛ぶような弱小グループだった時代があったはずです。それがほそぼそと研究開発が続けられたために、幸運にも世界でNo.1やNo.2になることができただけではないのか。やみくもな経営の多角化は間違いだけれども、乱暴な選択と集中も間違いなのではなかろうか。
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