時代の変化によって復帰への視点や捉え返しも異なっていく。現時点、2022年と復帰当時の双方が舞台に表出される。迷える沖縄人の群像を9人が代弁して語り合う、舞台のリハーサルの場面を、現時点で演じる役者がいる。構造が二重になっている。そう言えば今回は演出家は登場しなかった。栗山民也が演出した「かじまやーカメおばあの生涯」(下島三重子脚本)の場合、舞台を演じるキャクター、演出家、そしてさらにその全体を見据える演出家の視点があり、映像があり、多層の構成に惹きつけられた。
残念ながら2020年の「9人の迷える沖縄人(うちなーんちゅ)」の舞台は観ていない、確かネットで配信されていたが、視聴できなかった。DVD動画は販売されているので視聴したい。復帰50年目の舞台はまた時代の状況が異なり、脚本に新しいセリフが付け加えられている。脚本の変化は実際に比較検証したい。アフタートークで作者のお一人安和学治さんがお話されているように、時代(時勢)と共に、現時点の沖縄の現状を加味している。今回は「緩衝地帯」の言葉が印象的だった。
ヨーロッパとロシアに挟まれた位置にあるウクライナが地理的条件から国と国との関係を考える地政学の上で緩衝地帯(バッファーゾーン)とよばれている。安和さんはうまく国と国の関わりを、また台本に活かした。日本が中国とアメリカの緩衝地帯のニュアンスもあり、また果たして日本が主権国家なのか、の疑問もさらっと沖縄に住む日本嫌いの本土人に語らせている。そしてこの沖縄は、中国とアメリカそして日本の対立構図の中の緩衝地帯(バッファーゾーン)ではないかという新たな概念が付け加えられた。
つまりこの「9人の迷える沖縄人」は常に斬新な現在の沖縄を更新できる脚本であり、演劇「舞台」ということになる。そしてそのような脚本や舞台は、あまり例がない。「沖縄「戦後」ゼロ年」、「沖縄「復帰」セロ年」の沖縄だからこそできるオリジナル現代沖縄演劇ということである。
冒頭の文化人(沖縄人役者/宇座仁一)が登場するや、戦争を経験した老婆の伊禮門綾が声をかけ、昨日の舞台は良かったと反応し、さらに花代を渡すのだ。以前この間なかったウチナーグチのセリフであり場面の挿入である。(2020年からの改変なのか?)ウチナーグチのセリフが増えたのはいい。字幕が必要になるのかもしれないが、そのままでもいい。
確か2015年の真和志農協ホールでの再演の時、演出家が存在した。銘苅アトリエでの公演の時も実在した。両公演共に10人のキャストを囲んで舞台を観た。その時の臨場感は格別だった。舞台と近い観客席だったので、物言いしたくなった。サクラ的にでも観客席から参加する形態は、より立体的に現実と舞台の相乗効果が出せるのではないかと以前から考えているが、実現はなかなか厳しそうだ。しかし可能性はありえる。
今回「なはーと小劇場」は259人収容だが、舞台と客席が向き合う形式になった。上から舞台を見下ろす形態だ。幾分9人が向き合うテーブルは演出の当山さんが話しているが、大きくなったという。演出の冴えは開示された演出メモを見て驚いた。細かい工夫がなされている。シーン毎の爆撃機の騒音は一部オスプレイだなと分かったが、実は更に細かい選択がなされていた。ショッキングな飛行物体の騒音だ。現状でも上空を飛ぶ金属音の爆撃機(F35やF22)に苛ついているが~。
1番目がF100D1959年6月30日、宮森小学校に墜落炎上、2番目、B52大型爆撃機(1968年11月19日嘉手納から離陸に失敗して炎上)、3番目、CH-53D輸送ヘリ(2004年、8月13日沖縄国際大学に墜落炎上)、4番目、V-22(オスプレイ)。確か「オキナワ・シンデレラ・ブルース」も場面の転換に飛行音(騒音)を使用した。
舞台を観客は大喝采で応答した。2回カーテンコールがあった。それほど、復帰50年の現状への関心が高いという事を表している。何が変わり、何が変わらないのか。
『世界』の「沖縄「復帰」ゼロ年」特集は『沖縄「戦後」ゼロ年』のコピーである。復帰の時点から変わらない沖縄がゼロ年を意味する。沖縄「戦後」ゼロ年は変わらない沖縄の戦後を意味する。「戦後日本の「平和」は、戦争では「本土」の「捨て石」に、その後は米軍基地の「要石」にされた沖縄の犠牲があってのもの。この沖縄差別の現実を変えない限り、沖縄の「戦後」は永遠に「ゼロ」のままだ。」(目取真 俊著『沖縄「戦後」ゼロ年』の著書から)。 復帰も戦後の出来事に他ならない。戦後27年間のオキナワの米軍基地機能のほとんどは保存され、地位協定も変わらず、逆に本土の基地が集中的にオキナワにもたらされた復帰後の沖縄だ。
9人の会話の中で様々な視点が開示されていく。芝居役者の宇座さんや老婆のウチナーグチはいいね。復帰論者や独立論者、有識者、ジャーナリスト、主婦、それぞれの立場のことばのあや、同調や対立が混合するところ、若者が「いつでも沖縄人は蚊帳の外」のセリフが二回繰り返される。若者たちはすでに諦めているのだろうか。考えてもむだ、のような意識的ニヒリズムも蔓延するこのご時世でもある。それはうまく時代の空気を捕まえている。
作者の安和さんが書くブレない沖縄とは?沖縄が自己決定できる未来がくるだろうか。
アフタートークの若者たち二人の発言が気になった。平和な沖縄との認識である。爆音や銃弾の炸裂する音を聞いていても、それが子守唄のように無意識に受容している事実に驚いた。沖縄・復帰50年現代演劇集の3公演が啓蒙的なスタンスを持っているのもうなずけた。
ところで舞台構成だが、不満があった。ステージに観客席を設けて皆でテーブルを囲む従来の構図にしてほしかった。アメリカやドイツ、イギリス、オーストリア、東京、インド、韓国などでも舞台を見てきたが、シェイクスピアの舞台でローラースケートが登場したり、舞台上に観客席が設置された舞台もあった。それは特異ではない。
従来の舞台構成の魅力を工夫してほしい。オープンステージはどこでも作れるのではなかろうか。
しかし今回の演出で9人の声が交差する最後の場面は、まさに迷える沖縄人の声の交差になっていて、照明による極彩色の表示(?)も、それを暗示しているように見受けられた。
進化する現代沖縄演劇作品への期待は大きくなる。ごくろうさまでした。もう少し中身に触れたいが、今から兄弟の3年忌でヤンバル詣でをしなければならない。
以下は以前書いたものです。校正が必要だが、とりあえずリンクしておきます。