ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

「狩野川薪能」の稽古(その4)

2006-07-04 01:27:00 | 能楽
今回の『船弁慶』は「前後之替」の小書つきでの上演です。じつは~~意外や意外、ぬえは小書がついた能のシテを勤めるのはこれが初めてなのです。小書能自体も『石橋・大獅子』のツレ・子獅子を勤めたことがあるほかは皆無で、まあ『乱』を『猩々』の小書と考えれば、これのシテを勤めさせていただいた事が唯一の例外かしらん。能のシテを勤める機会が少ないわけではないと思いますが、『羽衣・和合之舞』さえ正式な演能の催しとしては勤めた事がありません。あ、舞囃子では『松風・見留』を勤めた事があったっけ。。(/_;)

さて その「前後之替」ですが、常の場合とどこが違うかというと。。

前シテは「袖うち振るも恥ずかしや」のあとのイロエがナシになり、すぐにサシとなります。初同(最初に地謡が謡う箇所=『船弁慶』では上歌「波風も」)とクセは常より少し静かめになるのが本来ですが、現在ではあまり意識されていないように思います。もっとも、「前後之替」ではクセの中で「御身の咎のなき由を」とシテが子方に向いて打込をしながら下に居る(=座る)ので、常の通りに地謡が謡うと、型が少し苦しくなります。ぬえの師家ではクセの中で、もうひとつ違う型も伝わっているのですが、これは実見に接したことがありません。

中之舞は二段ヲロシでシテが子方を見込んでシオリをする型があり、これが「前後之替」の前シテの特徴的な型として有名ですね。ヲロシの囃子の寸法も少し変わり、笛も独特の譜を吹きます。この部分の型にも、シテが舞台にいるままで子方に向きシオリをする型や、舞の二段目で橋掛りに抜けて一之松でシオリをする型、さらにそのシオリも立ったままでする型と、下居してシオル型があります(現在ではほとんどの場合、一之松で下居てシオリ、の型で勤められるようですが)。なお初段ヲロシあとにツマミ扇をする型が時折行われる事があり、さらに ぬえが調べた限りでは、イロエ掛り中之舞で勤める事があるそうです。実見はしていないのですが、このやり方ならば、クセの前のイロエが省略される事にも意味が出てきますね。ただ『熊野』『松風』と同じ型でイロエ掛り中之舞を始めるのは『船弁慶』では ちょっと無理が出てくるようには思いますが。。中之舞のあと、さらに常とは少々型が替わって、やがて中入となります。

さて今回 ぬえが勤めさせて頂く後シテは、これは常とはかなり型が変わります。まず装束が変わって、常の場合の法被・半切ではなく、狩衣を衣紋着けに着て、太刀は「真ノ太刀」と呼ばれる公家太刀になります。この「真ノ太刀」は非常に豪華で、『雲林院』や『小塩』、また『融』に小書がついた場合に、また女性の役でも『西王母』のほか『井筒・物着』や『杜若・恋之舞』などでも使われます。もちろん『船弁慶』で使う「真之太刀」と『井筒・物着』のそれとは少し大きさや装飾が異なったものが選ばれますが。。しかし「真之太刀」の特徴は、じつは刀身を抜くことができないところにあるのです。

無論『井筒』や『融』で太刀を抜くはずもないのですが、『船弁慶』では常の場合は、後シテ平知盛ははじめは長刀を持って義経に立ち向かうのですが、途中で長刀を捨てて、太刀を抜き持って奮戦します。これは常の太刀を身につけていからこそできる型で、「前後之替」の場合は刀身が抜けない「真之太刀」を着用しているため、徹頭徹尾 長刀だけで戦います。

。。ちなみに。仕舞や舞囃子の『船弁慶』(後)ではシテはやはり長刀だけを使います。これは仕舞・舞囃子では長刀は使っても、わざわざその上に太刀までは着用しないためで、つまり仕舞・舞囃子の時には実際には「前後之替」の型で演じるのです。常の演出ではなく小書の演出で仕舞・舞囃子を勤める曲は。。おそらく『船弁慶』だけではないとは思いますが、希有な例でしょう(もっとも似た例はほかにもあります。『安宅』『正尊』『木曽』の「三読物」は、常の上演では省略<または連吟>となる事になっていて、その上演はそれぞれの小書「勧進帳」「起請文」「願書」が付けられた場合に限る事となっています。しかし、これらの曲では「読物」の箇所が「聴き所」として演出の中心的な部分を占めていて、これを省略する事は実際には皆無。そこで能はもちろん、素謡であっても小書の演出で上演されるのが普通になっています。。しかしながら、この「読物」の場合は能でも素謡でも、必ず番組に小書を明示する事になっているので、仕舞・舞囃子の『船弁慶』のように、番組に断りがなくとも小書の型で演じるのは、やはりあまり例は多くないと思いますが。。)。

薪能についてはこちら→  PR/第七回 狩野川薪能

【本日のお題】
  今日はサイト開設の準備のために、所蔵の面や小道具をずう~~~っとデジカメで撮影していました。やっぱり自宅でキレイに撮影するのは難しい。ベランダに出て撮影したんですが、後ろに家並みが写り込んだり。。面や小道具でさえこの始末なのに装束の撮影なんてどうすれば。。? 広いおうちが欲しいのよん。。
。。というわけで、これは撮影した所蔵の面の一つ「筋怪士<すじあやかし>」です。今週末に迫った「狩野川薪能」の『船弁慶』ではこの面を使います。

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【おしらせ】
  『朝長』おわりました の画像を更新しました