ぬえの能楽通信blog

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【報告】狩野川薪能(その4)

2006-07-13 23:09:50 | 能楽
「狩野川薪能」の当日を迎えるまでに、『船弁慶』の子方のマリナは大変な思いをしてきたわけで、それがとうとう報われる日が訪れました。

装束の着付けの際にもまったく気後れする事なく、ぬえが楽屋で自分が使う「筋怪士」の面を見せてあげるとマリナは「わぁっ、怖―い」なんて言ってる。ようやく舞台を楽しみにするところまでたどり着いた、という感じでしょうか。今回 ぬえは『船弁慶・前後之替』の後シテだけを勤めるのだけれど、楽屋には人手が足りないので、前シテ・子方・後シテが一斉に装束を着付けました。で、いよいよ能が始まると。。ぬえは楽屋でひとりぼっち。(^^;)

そうこうしているうちに舞台で子方が謡う声が楽屋にも響いてきました。ふむふむ。自信を持って謡っているな。。もう ぬえは安心しきって聞いていました。

さて前シテが中之舞を舞いはじめた頃、ぬえも鏡の間に移動しました。やがて前シテが帰って来られて、お互いに挨拶を交わすとようやく面を掛けます。子方が「悪逆無道のその積もり」と謡う少し前に、前後之替なので幕につくように床几に掛かり、地謡「主上をはじめ奉り一門の月卿雲霞の如く、波に浮かみて見えたるぞや」と半幕で姿を現して「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤」とシッカリと謡い出します。地謡「声をしるべに出で船の」と静かに幕を下ろし、手掛かり早笛で舞台に飛び出して奮戦となります。

そういえば、この度の『船弁慶』の後シテはとっても演りやすい役でした。去年『鞍馬天狗』の後シテを舞った時にも思い、また『女郎花』のツレのような役や、後だけに出る天女や龍神のツレのお役を頂いた時に毎度感じるのですが、やはり能の後半だけに登場するのは難しいものです。それまで装束を着けたままずっと楽屋で待機していて、ずうっと進行している前場にはまったく関わりがなくて、それなのに突然後場だけに出ていくのは。。勇気が要ります。中盤まで差しかかった能は、すでに舞台上にも見所にも、何というか熱気が高まっていて、その空気にスッと馴染んでいく、というのは ぬえはあまり上手な方ではありません。

ところが『船弁慶』は、前シテと後シテではまったく人物が異なりますし、それだけでなく場面も、舞台の空気も前後ではハッキリと隔絶して作ってあって、こういう構造の曲で後シテだけを勤めるのがこれほど気分的に楽なものとは知りませんでした。普段、前後のシテを引き続いて勤める場合には、前シテは後シテの造形の虚像のようなものを段々と舞台の上に作り上げていって、後シテへの期待感を高めて中入する、と考えているのですが、そうなると前シテを他の人が勤める場合には、後シテはその前シテが舞台に「作り上げてきたもの」の上に乗って、その範囲内で舞わなければならない、という事になってしまう。考えすぎかも知れないけれど、やはり難しい事だと思います。

今回はこうして舞台の上に違和感なく登場することができました。終わって楽屋に引き上げてきたマリナは満足そうで、装束を脱いであらためて挨拶を交わすときに ぬえにひと言、こう言いました。「ぬえ先生。。怖かった」。ごめんよ~~

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【今日のお題】

ああ~~、やめよう、やめようと思っているのに、この手が、この手が勝手に~~