ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

扇の話(その22) ~どの鬘扇? なぜ修羅扇?<11>

2008-03-19 03:03:23 | 能楽
もう明日には、伊豆の子どもたちの初稽古が始まります。今日はその資料作りで一日を使い果たしました。「子ども創作能」の稽古のために、模範とする謡を自分で録音してCDに焼き、これまた自分で作った謡本をもう一度チェックしてからプリントアウトし。。これらも20数名分を作るのは結構シンドイ作業でした~。まあ、あの伊豆の子どもたちのためならば苦ではないんですけどもね~

さて扇の話題もそろそろ終盤になってきました。

この負修羅扇について、もう一つ、ぬえは思うところがあるのです。この扇って。。年齢不詳だなあ、と。

ぬえの師家では催しの際に使うお装束をお蔵から出すのは、たいがい申合が終わってから、と決まっていて、この時に修羅扇が出されると ぬえ、いつも同じ事を思うのです。

たとえば装束では「紅入」「無紅」(いろいり、いろなし)が厳格に区別してあって、それはシテやツレの役の年齢。。つまりそれぞれの役が掛ける面の種類と厳密に連動しています。年齢が高い役には絶対に赤の入った装束は使わない。もっとも、なかには紅入か無紅かよくわからない装束、というのもたまにはあります。それはたいがい茶地の装束の場合です。古い装束であれば、もともと赤地だったものが退色して茶色に見える場合もあるわけで、こういう時はちょっと困りますが、それでも ぬえの師匠は、たとえばその装束の文様の中に。。それこそ一輪の花の花弁に朱が認められれば、即座に「これは紅入だから今回は使えない」とおっしゃいますね。

また、装束の中には紅入・無紅の区別のどちらにも属さない装束、というものも まれにはあります。たとえば白水衣がそれで、これは『松風』の若いシテ(とツレ)にも、また『葛城』の前シテ~中年女性の役~にも使います。白は基本的に年齢を選ばない色なんですかね。そういえば白練(しろねり)は『翁』の着付にも、小書がついた場合の『葵上』や『道成寺』(ともに若い女性の役)にも使いますし、一応若い役であろう『盛久』にも使えば、『大原御幸』の法皇(後白河)にも、『砧』の後シテにも使います。また紺の色大口も、男性の役に年齢を問わず使われているな。。それでも唐織や厚板、縫箔といった能装束を代表するような装束は、必ず紅入・無紅の区別がつけられています。

ところが、さて ああでもない、こうでもない、と散々試行錯誤しながら色を合わせて装束が決まって、さて中啓を出す場面になると、割とどの曲でもサッサと決まるのです。多くの場合は その曲に使われる扇は装束付けによってハッキリと決められているからで、前にも書きましたが装束と比べれば扇のバリエーションというものは無視できるほどに小さいと言えるでしょう。

そして武運尽きて敗北する武将の役を演じる修羅能の場合は、必ず負修羅扇を使うわけです。しかし。。負修羅扇を使う役には『敦盛』『経正』『清経』といった若い公達の役もあれば、『実盛』『頼政』のような老武者の役もあるわけで。。これらが み~んな同じ負修羅扇を持つのです。まあ、前にも書いたように「運命的な滅亡」をイメージさせる負修羅扇ですから、役が想定している年齢との整合性よりも、その運命を予感させる、という意味で実演上の違和感はないのですが。。でもねえ。。負修羅扇にはその中心部分にしっかり大きな夕日が描かれてあるんです。。「真っ赤」な夕日が。これって、装束ではその役によって厳密に紅入・無紅が区別されている事を思えば大きな矛盾ではないのでしょうか。。

でも、さらに大きな「矛盾」が能の扇にはあるのだった。。