そして面。「童子」や「中将」も選択肢には入っていますが、これはよほどのことがない限り選びにくい面です。「敦盛」という名の面があって、それが面の選択の基準になているようですが、多くの場合「十六」を使う方が普通でしょう。「十六」も十六歳で死んだ敦盛を想定して作られた面で「敦盛」面と使途はまったく重なるのですが、印象はずいぶん変わります。
タイトル画像が「十六」です。その中ではちょっと変わり型ですが…。「十六」は見るからに若い公家の相貌で、描き眉のうえにお歯黒までしています。面の白さもお化粧なのでしょう。『平家物語』には「練貫に鶴縫たる直垂に、萌黄匂ひの鎧着て、鍬形打つたる甲の緒を締め、黄金作りの太刀を佩き、廿四差いたる切斑の矢負ひ、滋藤の弓持ち連銭葦毛なる馬に、金覆輪の鞍置いて乗たりける武者一騎…薄化粧して鉄漿黒なり」とありますから、まさにその相貌を再現した面です。一方、「敦盛」面は、これも「十六」とほとんど同じ細工なのですが、「十六」よりも少し強い感じ…公家よりも武者としての印象を優先したような面です。作にもよりますが、描き眉でない面も多いようですね。「敦盛」の面よりも「十六」が好まれているのも、「可憐」という印象のうえで「十六」の方が勝っているからでしょう。
がしかし…残念ながら「十六」「敦盛」とも、あまり名品の面は多くないように思います。「美少年」と言うべき「十六」って、なかなかないものですね…。そのうえ総じて「十六」という面は薄く作られているものが多くて、まあこれは支障というほどでもないですが、常の面と比べても掛けるときの違和感のようなものがつきまとう…そんな面です。そういえば『敦盛』の面の選択肢の中に「童子」が入っていますが、「童子」の方がよっぽど名品があり、柔らかい相貌が『敦盛』の人間像にマッチしていると古来考えられてきたのでしょう。…とはいえ「童子」は毛描きが白鉢巻・梨打烏帽子に合わないのですよね…難しいところです。
ところが ぬえが大好きな「十六」があります。これは出目満永(古元休)という人の作品で、兵庫県・篠山市にある「能楽資料館」に収蔵されています。画像は…探したのですが なかなか見つからなくて…PDFファイルですが、以下のサイトに画像が載っています。13ページ目にちょっとだけ。
→十六画像
この「十六」は、ぬえのルーツのような面ですね…能面の名品の美しさに触れた最初がこの面でした。この画像ではこの「十六」の良さが半分ぐらいしか伝わらないと思うけど…ちなみに書籍では、もう絶版かもしれませんが保育社のカラーブックスの「能面」に画像が載っているほか、「能楽資料館」から刊行された所蔵品を紹介するいくつかの本の中にもこの「十六」は必ず載せられています。
そしてタイトル画像の「十六」。これは ぬえの所蔵品で、今回の『敦盛』でもこの面を使います。前回画像をご紹介した『朝長』でも、まったく同じ面を使っております。
この「十六」は現代の作ですが、とってもユニークな女流能面師・中村光江さんの手によるものです。さきほど「変わり型」と書きましたが、まさに中村さんの打つ能面は「変わり型」の面ばかり。その中でこの「十六」は出色の作品だと思います。
「十六」という面を使う場合は白鉢巻をしているので、それがないこの画像では、やはり「良さ」が出ませんね。白鉢巻をつけると、この面もかなり大きく印象が変わります。