ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『敦盛』~若き世阿弥の姿(その17)

2010-03-15 02:03:53 | 能楽


そして面。「童子」や「中将」も選択肢には入っていますが、これはよほどのことがない限り選びにくい面です。「敦盛」という名の面があって、それが面の選択の基準になているようですが、多くの場合「十六」を使う方が普通でしょう。「十六」も十六歳で死んだ敦盛を想定して作られた面で「敦盛」面と使途はまったく重なるのですが、印象はずいぶん変わります。

タイトル画像が「十六」です。その中ではちょっと変わり型ですが…。「十六」は見るからに若い公家の相貌で、描き眉のうえにお歯黒までしています。面の白さもお化粧なのでしょう。『平家物語』には「練貫に鶴縫たる直垂に、萌黄匂ひの鎧着て、鍬形打つたる甲の緒を締め、黄金作りの太刀を佩き、廿四差いたる切斑の矢負ひ、滋藤の弓持ち連銭葦毛なる馬に、金覆輪の鞍置いて乗たりける武者一騎…薄化粧して鉄漿黒なり」とありますから、まさにその相貌を再現した面です。一方、「敦盛」面は、これも「十六」とほとんど同じ細工なのですが、「十六」よりも少し強い感じ…公家よりも武者としての印象を優先したような面です。作にもよりますが、描き眉でない面も多いようですね。「敦盛」の面よりも「十六」が好まれているのも、「可憐」という印象のうえで「十六」の方が勝っているからでしょう。

がしかし…残念ながら「十六」「敦盛」とも、あまり名品の面は多くないように思います。「美少年」と言うべき「十六」って、なかなかないものですね…。そのうえ総じて「十六」という面は薄く作られているものが多くて、まあこれは支障というほどでもないですが、常の面と比べても掛けるときの違和感のようなものがつきまとう…そんな面です。そういえば『敦盛』の面の選択肢の中に「童子」が入っていますが、「童子」の方がよっぽど名品があり、柔らかい相貌が『敦盛』の人間像にマッチしていると古来考えられてきたのでしょう。…とはいえ「童子」は毛描きが白鉢巻・梨打烏帽子に合わないのですよね…難しいところです。

ところが ぬえが大好きな「十六」があります。これは出目満永(古元休)という人の作品で、兵庫県・篠山市にある「能楽資料館」に収蔵されています。画像は…探したのですが なかなか見つからなくて…PDFファイルですが、以下のサイトに画像が載っています。13ページ目にちょっとだけ。

十六画像

この「十六」は、ぬえのルーツのような面ですね…能面の名品の美しさに触れた最初がこの面でした。この画像ではこの「十六」の良さが半分ぐらいしか伝わらないと思うけど…ちなみに書籍では、もう絶版かもしれませんが保育社のカラーブックスの「能面」に画像が載っているほか、「能楽資料館」から刊行された所蔵品を紹介するいくつかの本の中にもこの「十六」は必ず載せられています。

そしてタイトル画像の「十六」。これは ぬえの所蔵品で、今回の『敦盛』でもこの面を使います。前回画像をご紹介した『朝長』でも、まったく同じ面を使っております。

この「十六」は現代の作ですが、とってもユニークな女流能面師・中村光江さんの手によるものです。さきほど「変わり型」と書きましたが、まさに中村さんの打つ能面は「変わり型」の面ばかり。その中でこの「十六」は出色の作品だと思います。

「十六」という面を使う場合は白鉢巻をしているので、それがないこの画像では、やはり「良さ」が出ませんね。白鉢巻をつけると、この面もかなり大きく印象が変わります。

『敦盛』~若き世阿弥の姿(その16)

2010-03-15 00:42:01 | 能楽


おっと、後シテの装束付けを書き落としていました!

面=敦盛(又ハ童子、十六、中将ノ類)、黒垂、梨打烏帽子、白鉢巻、襟=白・赤(又ハ白・浅黄)、着付=紅入縫箔(厚板唐織ニモ)、白大口(色大口、模様大口ニモ)、長絹又ハ単法被、縫紋腰帯、太刀、修羅扇

…という出で立ちになっています。じつは意外に『敦盛』『経正』という曲は装束を選ぶのが難しい曲だと思います。可憐でもあり、凛々しくもあり…という感じをめざし、さらに品がよくないとならないので… 装束の色合いは着付けの縫箔と長絹で決まると思いますが、あんまりハッキリした色の長絹では強すぎ、また淡すぎても女々しくなってしまって。ぬえも以前から鮮やかなブルーの長絹が欲しいな、と思っているのですが、まだ果たせておりません。そこで今回は師家所蔵の紺地の長絹を拝借させて頂くことにしました。紺地はかなりハッキリした強い色合いなのですが、中に着る着付けや、それになんと言っても腰帯の色でずいぶん印象を和らげることはできます。

そんなわけで着付けは ぬえ所蔵の雪輪の文様が刺繍された美しい縫箔を着ようと思ったのですが、なんと師匠のお見立てで、この日『敦盛』のあとに上演される『羽衣』の着付けに、その縫箔が使われることに決まり、あれれ~、ぬえは計算をし直すことに。…あ、いえ、ぬえ所蔵の縫箔が『羽衣』で使われるのではなくて、これは師家所蔵のものです。ぬえ所蔵の縫箔は、ぬえが書生から卒業したときに、その記念に新調したもので、このときは各地の博物館に所蔵されている縫箔の写真を集めて装束屋さんと何度も打ち合わせをして、そのいろいろの縫箔の良いところを集めて作ったのです。ですから意匠は ぬえと装束屋さんの共同作業で新しく作り上げたものなのですね。師家所蔵のこの縫箔は、師匠がそれを写されたものです。また少し ぬえの所蔵品とは異なった師匠のオリジナルの意匠が付け加えられてはおりましたが。考えてみると師家の所蔵品の装束を ぬえが写させて頂いて復元新調させて頂いたことはあるのですが、ぬえの装束を師家で写された、というのは珍しいことですね~。それくらい、ぬえの、ではなくて、装束屋さんの技量が良かったのでしょう。

ということで ぬえは今回の着付けは、これまた師家所蔵の鬱金地=淡いクリーム色の地に雅楽の楽器を刺繍で散りばめた縫箔を借用させて頂きます。楽器の文様は『敦盛』には映えるでしょう! …ただし、残念ながら笛の刺繍は大口に隠れてしまって見えなくなってしまうようですが… この淡い色の縫箔に、薄い茶地に蝶の紋を刺繍した腰帯を取り合わせれば、紺地の長絹の「強さ」が半減されると計算しています。

さらに大口も白無地のものではなくて、千鳥を刺繍し、さらに摺箔で青海波の文様が施された模様大口です。普通には白大口であるところ、全体にゴージャスな感じだと思いますが、白大口というのは意外に「強い」印象を受けてしまうものなので、『敦盛』には模様大口の方が似合うようにも思います。

ついでながら太刀は ぬえ所蔵のもので、これは若気の至りで鞘に家紋を入れてしまい、今は後悔…。それを入れるだけで15年ぐらい前でしたが、7~8万円だったかな、掛かってしまいました。柄糸が白(じつは薄~~い浅黄なのですが…白にしか見えない)なのは品があって良いとは思うのですが、値段がねえ。

タイトル画像は、ぬえが2006年に勤めた『朝長』の写真ですが、今回の『敦盛』もイメージとしては大体同じ感じの装束の取り合わせになります。このときも上着は紺地の…しかも長絹よりもさらに強いイメージの単法被でしたが、着付けに「金春縞」…と言いますが、なんというかパステルカラー調の、小模様の入った縞でできた文様の厚板唐織を着て、大口も紅葉の文様の模様大口を着たことで、全体的に強くなりすぎず、少年のイメージを出せたかなあ、と思っております。