ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

「能面を打つ」新井達矢能面展/山口宏子写真展 行って来ました

2010-05-12 01:20:02 | 能楽
東京・銀座で行われている新井達矢くんの能面展と、彼が面を打つところを数年間にわたって撮影し続けている山口宏子さんの写真展。ぬえはその初日に行って参りました。

銀座の、小さなギャラリースペースが会場で、え~正直言って ぬえは銀座に着いてから相当迷ってしまいました。銀座には本当にたくさんのギャラリーがありますね~。久しぶりながらやっぱり驚いた。そういえば昔…ぬえの師家の戦前の舞台の調査をしたことがあって、そのとき このあたりの画廊の社長さんにとっても親切にして頂いたことがあったなあ…大学の能楽研究会出身で、まだ書生時代の ぬえは、このような調査研究には熱心だったけれど、社会の中でエライ人というのはほとんど知らなかったし、それにそういう実業という分野には興味もほとんどありませんでした…。ところがこの調査研究の結果を師家の機関誌に報告した際に、どうしても師家の舞台建造に献身的に協力してくださった恩人の肖像写真が必要になって…写真自体は芸術誌に掲載されているのが見つかったのですが、編集部に問い合わせたところ所蔵者に使用許可を得なければならない。そこで ぬえが訪ねた写真の所蔵者というのが、銀座のとある画廊の社長さんだったのです。

アポイントメントを取って、恐るおそる銀座に参りましたのですが、突然「能楽家の内弟子です」と言って単身現れた若造に、社長さんも怪訝な顔だったのを覚えています。会話もなんだかちぐはぐで、「使うのはよいが、原版なんて探すのは面倒だな」「そんな事をしてもこちらに何の得もないじゃないか」…お言葉もずいぶん厳しいものでした。でも芸術畑の人だからなのでしょうね。ぬえがその写真が掲載されている芸術誌をお見せしたところ、とたんに相好が崩れて…「ほお…これはいい写真だねえ」「ふうん…で、君はそのお師匠さんの家の歴史を調べているのだね?」そうして、「そうか…じゃ、先程も言った通り、こちらも忙しいから原版を探すことまでは協力するつもりはない。しかしこの芸術誌の編集部に版下になる画像があるはずだろう。編集部に言ってそれを借りなさい」と言ってくださったのです。

そのうえで、この社長さんが一言を付け加えました。…「その貸し出しには私の名前を出して交渉してよいから。もし編集部が面倒がって貸し出しを渋るようなことがあったら、今後一切オマエたちには協力しない、と私が言っていた、と伝えなさい」

…このとき ぬえは ようやく、世の中には人を意のままに操る人がいるんだ、と知ったのでした。まだまだ若い頃の ぬえのお話です。社会を知らなすぎ。なんせ ぬえ、就職活動さえしたことがなく、師匠の家からもほとんど外出しないで稽古に励んでいた時期ですもんね…

話が脱線しました~。さてギャラリーには新井くんも、山口宏子さんもいらして、親しく写真を見ながら歓談をさせて頂きました。いや、面白いですね。面を打つ作業は ぬえもある程度知っているつもりですが、こうして画像として切り取ると迫力が伝わります。なるほど、そういう迫力があってこそ生きた面も打ち上がるのでしょう。

この展覧会は写真展でもあり、能面展でもあります。新井くんの面の展示もあり、それを着けた ぬえの写真もあり。そうして ふらりと展覧会を覗いた人が、新井くんがまだ幼い頃に打った面を見て、作者と知らずに新井くん本人に尋ねていました。「この面は、説明に書いてあるように8歳の子どもが打ったものなの?」「ええ…8歳の頃に打ちました」「え? いま8歳の子が打った、のではないの?」その会話を見かねて誰かが「この人あ作者なんですよ」「ええっ!?」 …ま、驚かれるのも無理はあるまい。

会場では観世流シテ方の津村禮次郎師や、能楽写真家の渡辺国茂さんともお会いしまして、そうして、なんと渡辺さんからの情報で、同じ銀座のすぐ近くの別のギャラリーで、女流能面師の石原良子さんが、ご自身の能面教室の生徒さんの発表会も開催されていることを知り、こちらも拝見に伺いました。

そしたら! こちらでは、もうかれこれ長いお付き合いの狂言方の友人・奥津健太郎くんが石原さんのもとで面を打っているのを知ってビックリ! それがまた、かなり質の高い面を打っておられました! 聞けばご本人は、秘曲『釣狐』を披いたときに、自作の面を使ったのだそうです! すごいなあ。こうして自作の面を掛けて舞台を勤めるのは、本人にとってもかけがえのない思い出になりますね。

え…ぬえですか?? いえ~、面打ちが如何に大変な作業なのかを知ってしまうと…絵心のない ぬえにはとても打つ気持ちにはなれません。外国で教えているとき、面を見せると必ず「それは ぬえ先生が打ったものですか?」という質問が出ます…が、とんでもないっ!! となぜか大声になる ぬえ…(×_×;)

【「能面を打つ」新井達矢能面展/山口宏子写真展】は13日(木)まで開かれています。
詳しくは ぬえのブログのこのページを見よ!