ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

千葉県・野田市「和のおけいこ講座」~『鵜飼』についての雑談(その1)

2010-05-21 01:05:15 | 能楽

もう2年近く続けている千葉県・野田市での「和のおけいこ講座」…名称はそうなんですけれども、実際には能楽講座に体験がついた感じの催しです。野田市はご存じお醤油の街で、キッコーマンの本社や工場がひしめいています。その中にある市民会館というのが、通い慣れた会場です。「市民会館」とは名前こそお堅い感じでコンクリート造りの地域コミュニティホールを想像しちゃいますけれども、これがキッコーマンの中心的な創業家だった茂木佐平治家の旧邸宅でして、大正時代に建てられた純和風の豪邸です。戦後野田市に寄贈されて市民会館となったわけですが…国の有形文化財にも指定されている建物なので、もう少しウツクシイ名前をつけてあげないとかわいそうかも…

この場所で、毎月1回 ぬえは能楽講座を開いています。もうパターンも決まってきまして、毎回1曲の能を取り上げて、その曲の見どころを説明して能の魅力を知って頂き、併せて体験程度の実技をやってみる、というもの。

毎回冒頭の30分で ぬえが演じたその曲のビデオを見て頂きながら演技の内容を解説していくのですが、今回は「なんとなく」能『鵜飼』を取り上げてみました。まさに「なんとなく」で、もう2年も続けていると、さすがに自分が舞ったビデオのストックも先が見えてきまして…いや、まだ録画はたくさんあるのですが、さすがにずうっと以前の、まだまだ未熟だった頃の録画はとても見せられたものではないんで…、それで、毎回 次はどの曲を取り上げようかなあ…と考えるのも、ビデオに記録された自分の演技のよしあしと相談しながら、なのです。ですから今回も「あ、鵜飼をまだ取り上げていなかったか…」と気づきましたが、この曲を取り上げて説明して、さてその中から能の魅力や、日本文化の特質をわかりやすく理解して頂くのには…ちょっと不利な曲かなあ、とも同時に感じました。おそらく、この2年の間には何度か『鵜飼』を取り上げようと思ったけれど、同じような理由で、ほかの曲を選んでいたと思います。

そうやって段々とストックが少なくなってきて、あまり理由もなく今回は『鵜飼』を取り上げました。それでも、「鵜之段」がビジュアル的に面白く感じてもらえるかな? という思いもあったのですが、ところが今回は実際にお話をしてみると、意外や 多くの問題を秘めている曲だな、と ぬえ自身も面白く感じましたし、新しい発見もありました。『鵜飼』についてはすでにこのブログで取り上げていまして、それをまとめたものをサイトにアップしてあります→能『鵜飼』について

が、これは作品の読み込みとしてはまだまだ浅かったようです…今回は割と印象に残った…と自分で言うのもナニですが、講座になりましたので、しばらくこの話題を続けてみようと思います。

ところで、この「和のおけいこ講座」ですが、1曲の見どころを30分にまとめたビデオを流しながら、型について細かく解説をしています。「あれ?と思って松明を少し下げて二足下がりました」「すぐ松明を上げてそれをしげしげと見ています。おかしいな…松明はちゃんと燃えているのに…という心です」「その松明を上げたまま、再び水面を見下ろします…やっぱり水底が見えない…と思っているんですね」「あ…とふと気づきます。こういう時は正面を見るのです。松明を下ろすのは、これが不要になったことに気づいた事を表しています」「ぼんやりと左上を見上げて月が上ったのを見ます…つまり、月影の明るさに水面が鏡になってしまって、松明を灯してもその水の下にいる魚の姿が見えなくなったのですね」「月になりぬる悲しさよ、と地謡が謡うとき、面を伏せて二足下がります。絶望しているのですが、彼はこれから地獄に帰らなければならないのです。ワキに言われて懺悔のために鵜飼の漁の有様を再現していたのですから…」

…これらが毎回参加者には好評を頂いております。「こういう解説を聞くと、実際の舞台が見たくなってきました」という声もよく寄せられます…のですが、ううむ、考えさせられる意見です。

公演の前に、事前に学習会を開いて能の見どころを解説したり、一部を実演して見せたり、ということは かなり広く行われていると思います。とくに地方公演の場合には、主催者となり当日シテを勤めるシテ方の役者は積極的に行っていると思いますが、もっともっと、根本的なところから、お客さまに能の魅力の解説を行うべきなのではないかな? と考えたのです。