JR東海が10月17日に東海道新幹線のN700系に設けられていた喫煙ルームを2024(令和6)年春以降、廃止し、そのスペースを非常飲料水を配備することになったと発表しました。東海道新幹線の車両を乗り入れるJR西日本も同様、全面禁煙となります。山陽新幹線に乗り入れるJR九州の「さくら」「みずほ」も同じく喫煙ルームは廃止することになりました。JR東日本およびJR西日本の北陸新幹線はもともと喫煙ルームを設けていなかったので、新幹線開業60年目でやっと全面禁煙となります。
1964(昭和39)年10月10日 東海道新幹線(東京~新大阪開業)全車両喫煙可
1976(昭和51)年 嫌煙家の運動もあり、12年後の1976(昭和51)年、16両編成のうち、たった1両のみ禁煙車。しかも16号車とか、極端に遠いところにおいやられる。禁煙の指定席をお願いしますと申し出ても、禁煙は自由席なので、確実に座れる保障なし。たばこを吸われない方の待遇はかなり低かった。
1981(昭和56)年 禁煙車両を1号車に移す。まだまだ自由席。
1985(昭和60)年 やっと禁煙の指定席(10号車)ができる。1号車、2号車の自由席が禁煙。グリーンは1両の半分は禁煙と喫煙に分かれたが、仕切り板もなく、車内のにおいは禁煙席でもたばこのにおいで充満していた。
1987(昭和62)年 4月 1日 昭和24年に発足した日本国有鉄道は38年目で幕を閉じ、JR6社に引き継ぎ。
1992(平成 4)年 300系「のぞみ」デビュー。禁煙と喫煙の比率は2分の1。
2007(平成19)年 新しいN700系デビュー。全車両禁煙にする代わりに、喫煙ルーム設置。
2023(令和 5)年 N700系ではない古い700系で運用する「こだま」の一部に喫煙車がまだ残っている。
2024(令和 6)年 3月16日 東海道新幹線、山陽新幹線、九州新幹線 全車両禁煙。
昔の国鉄時代・・・山陰本線を走っていたDD51牽引のレッドトレイン(50系)の車内ではどうなっていたのか思い出してみると、当時は禁煙の「き」すらなかった時代なので、客室で紫煙をくゆらしても、当たり前の風景だった。1985(昭和60)年あたりから、朝夕の通勤通学時間帯は禁煙タイムが設けられていた(私の記憶では、7:00~9:00 17:00~19:00だったような?)。1990(平成2)年頃、改札鋏を廃止する代わりにチケッターを配備した頃から、山陰本線の車両についていた灰皿を全部撤去。(最初に改札チケッターを配備したのはJR西日本管内で1990(平成2)年8月から。)
今の時代、吸える場所探しにかなり苦労してしまいます。ニコチンに服従されたくなければ、もうたばこを断つするしかありません。断ってしまえば、あとはもう楽。本当にたばこは百害あって一利なし、なんだから。
まもなく三峰口駅です。熊谷駅から三峰口駅中心地までの距離は56.8キロ。100m手前で「熊谷から56.7(コロナ)地点」といったような看板が・・・。なるほど、56.7は中国ウイルスの語呂合わせ。2020(令和2)年1月16日、年末年始の帰省で中国からの帰国者に国内で初めて中国ウイルスの患者が出ました。瞬く間に全国に拡がり、2023(令和5)年10月現在、亡くなられた方は累計7万人以上。
後ろにぶら下がっていた、電気機関車。主役は蒸気機関車のSLだけど、万が一の故障に備えているかも知れません。
現在は秩父市になっていますが、もともとは「秩父郡大滝村」。風景が「村」にふさわしく、のどかなところです。
12系客車が4両だというのに、ここから見ると何両も連なっているかように見えます。
すぐ客車から切り離して、機回し。バックで転車台に入り、方向転換。最後尾だった車両に連結し、熊谷へ戻ります。
国鉄時代、転車台は全国各所でも見られました。山口県の長門市駅でもまだ残っているような気がします。
SL蒸気機関車で来て、すぐこの電車で帰ってしまうお客さんは大半だけど、機回しの様子とかをじっくり見たいので、およそ30分後の西武秩父駅行きの路線バスを選択。