「攻め弾正 真田幸綱/幸隆」
真田 幸綱(さなだ ゆきつな) / 真田 幸隆(さなだ ゆきたか、こうりゅう)は、戦国時代の武将。信濃の在地領主で、甲斐国の戦国大名である武田氏の家臣。息子三人と共に、武田二十四将にも数えられる。
*Wikipedia より
真田といえば、豊臣秀吉に「表裏比興の者(表裏があって信用ならない者の意味)」と呼ばれた謀将・真田昌幸(さなだ まさゆき)と、その子で徳川家康を後一歩までに追いつめ「真田日本一の兵」と讃えられた勇将・真田幸村が有名だ。
しかし、ここで紹介する昌幸の父親・真田幸隆(さなだ ゆきたか。正しくは幸綱(ゆきつな))もその活躍では彼らに負けていない。忍者を使っての情報戦や裏切り工作などの謀略を得意とし、武田信玄の軍師として活躍した彼は、外様衆でありながら譜代家臣と同等の待遇を受けており、家中でも「攻め弾正」の異名で一目置かれていた。
*https://blog.kojodan.jp/entry/2022/05/30/170000 より
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