モーツァルト「不協和音」
西東三鬼の半生を描いたNHKドラマ「冬の桃」、もう30年以上前の作品ではあるが、この話のなかで、ドラマで流れたいた曲のなかで、三鬼をめぐる不穏な雰囲気にマッチしていた曲として、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番K465 通商「不協和音」について、面白い説明をしている。
曲の冒頭から本当に不協和音、低音のチェロの歩みから始まって、ビオラ、第2バイオリン、第1バイオリンへと少し遅れながら入ってゆくのですが、その音が、「ド」「ラ♭(ラの半音下)」「ミ♭(ミの半音下)」「ラ」となっており、「ラ♭」と「ラ」は半音違いなので、調和していない濁った響きになります。これが「不協和音」と呼ばれる所以なのです。
川田氏は、「この不協和な響きは、調和的な『勝利』に導かれることなく、突然未解決のままに終わる。その後に展開されるのは、このうす気味悪い響きとはまったく隔絶した、いつものモーツァルト、『神の秩序』ともいうべき響きの均整だ。それはあたかも、現実の世界がはらんでいる不条理をあるがままに見せておきながら、『いやいや失礼、これではありませんでしたね』ととぼけて、皆がお気に入りのフィクションをあらためて演じ直す、といったパフォーマンスのようだ。」と指摘している。「この曲がつくられたのは、フランス革命の4年前である(1785年)。18世紀の市民革命は、理性と合理、啓蒙による新しい調和が社会を超克していく、精神的、文化的大転換でもあった。この前後の時期に普及するソナタ形式(序―提示―展開―再現―結尾の構成からなる)の、展開と相克を経て、最終的に調和的大団円を迎えるというスタイルは、まさにこの時代の精神を反映したものだ。」と、歴史ののなかで、この曲をとらえている。
これまでの曲の解説と異なるわけではないが、わかりやすい解釈だ。
だが、次の分析は素晴らしい。
曰く「K465は、その序奏部分に『不協和』なものを置くことによって、古典派的調和にたいする、ある種の懐疑と疑念を付加している。そして、そのことによって、完結した時代の勝利ではなく、実はその中に孕(はら)まれている矛盾を暗示し、特定の時代の枠を超える、普遍的な響きをもたらしているのである。」
そして、「三鬼の作品は、軍国主義と和解することのできない『きしみ』であった。『大東亜共栄圏』『八紘一宇』の旗印のもとに、新たな秩序の形成に社会が雪崩をうっていくなか、特高警察の監視下におかれながらも西東三鬼は、その奔流の底にこびり付くように生きる人々と暮らす。」と。
そうして、あらためて、この曲を聞くと、現在の暮らしにあえぐ、多くの人の声が聞こえるような気がする。「不協」は「不況」に通じるか。

西東三鬼の半生を描いたNHKドラマ「冬の桃」、もう30年以上前の作品ではあるが、この話のなかで、ドラマで流れたいた曲のなかで、三鬼をめぐる不穏な雰囲気にマッチしていた曲として、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番K465 通商「不協和音」について、面白い説明をしている。
曲の冒頭から本当に不協和音、低音のチェロの歩みから始まって、ビオラ、第2バイオリン、第1バイオリンへと少し遅れながら入ってゆくのですが、その音が、「ド」「ラ♭(ラの半音下)」「ミ♭(ミの半音下)」「ラ」となっており、「ラ♭」と「ラ」は半音違いなので、調和していない濁った響きになります。これが「不協和音」と呼ばれる所以なのです。
川田氏は、「この不協和な響きは、調和的な『勝利』に導かれることなく、突然未解決のままに終わる。その後に展開されるのは、このうす気味悪い響きとはまったく隔絶した、いつものモーツァルト、『神の秩序』ともいうべき響きの均整だ。それはあたかも、現実の世界がはらんでいる不条理をあるがままに見せておきながら、『いやいや失礼、これではありませんでしたね』ととぼけて、皆がお気に入りのフィクションをあらためて演じ直す、といったパフォーマンスのようだ。」と指摘している。「この曲がつくられたのは、フランス革命の4年前である(1785年)。18世紀の市民革命は、理性と合理、啓蒙による新しい調和が社会を超克していく、精神的、文化的大転換でもあった。この前後の時期に普及するソナタ形式(序―提示―展開―再現―結尾の構成からなる)の、展開と相克を経て、最終的に調和的大団円を迎えるというスタイルは、まさにこの時代の精神を反映したものだ。」と、歴史ののなかで、この曲をとらえている。
これまでの曲の解説と異なるわけではないが、わかりやすい解釈だ。
だが、次の分析は素晴らしい。
曰く「K465は、その序奏部分に『不協和』なものを置くことによって、古典派的調和にたいする、ある種の懐疑と疑念を付加している。そして、そのことによって、完結した時代の勝利ではなく、実はその中に孕(はら)まれている矛盾を暗示し、特定の時代の枠を超える、普遍的な響きをもたらしているのである。」
そして、「三鬼の作品は、軍国主義と和解することのできない『きしみ』であった。『大東亜共栄圏』『八紘一宇』の旗印のもとに、新たな秩序の形成に社会が雪崩をうっていくなか、特高警察の監視下におかれながらも西東三鬼は、その奔流の底にこびり付くように生きる人々と暮らす。」と。
そうして、あらためて、この曲を聞くと、現在の暮らしにあえぐ、多くの人の声が聞こえるような気がする。「不協」は「不況」に通じるか。
