私が今も悔やんでいる生徒さんのこと。
それは生徒さんに対してというより、お母様に対して力になることが私でも少しは出来たのではないか、と。
これは、2005年の話です。
お子さんは3歳の男の子。
彼の体験レッスンの様子です。
「歌わない」「動かない」「叩かない(リズムを)」
よくあること。初めての場所、初めての人。
このようなことは誰にでもあります。
仕方がない。
しかし、ひとつだけこれまでの経験と違うことがありました。
何もしないのに、母親にしがみつかない。
嫌とも言わない、全く声を発しない。
ずっとピアノを見ている。全く視線が合わない。
次第に何度か視線が合うようになりますが、ゆっくりと静かにそらします。
15分くらい経ち、お母様がおっしゃいました。
自閉症と言われたと。
少し他の子供と違う態度を取ってはいましたが、それが初めての場だからなのか、自閉症だからかは私にはわかりませんでした。
それから5分くらい経ち、グズリ始めました。
お母様は懸命に本人に歌わせようとさせました。
その内、強くはっきりとした声で「バイバイ」と言いました。
初めて聞いた言葉が別れの言葉でした。
この言い方、そして自分が決めたことに大人を従わさせようとするような強い態度。これは自閉症特有のものと思われました。
一旦こうなると、続けることは出来ません。
しかし、お母様は続けさせようとしたので、今度は大声を出しかけました。
限界。
「こうなったら、〇〇くんは絶対にやりませんよ」と言って、レッスン室のドアを開けました。
ドアを開けたのは、その生徒さんにもう続けないから大丈夫とわかってもらうためです。
お母様には今すぐにレッスンを始めなくとも、もう少し待ってからでも良いのでは、と話しました。
3歳といえばピアノレッスンを始めること自体、容易ではありません。
しかしお母様は、他の英語教室で邪魔になるからと辞めさせられた、と。
お話を伺うと、この子の心を開くものがどうしても欲しいと。
グループの体験レッスンも受けていらしたので、グループでまずは始めて、様子を見て個人を始めても良いのでは、とお話ししました。
しかし、納得いかない様子。
結局、いつもレッスンに来るだけで何もできずに終わってしまうかもしれないこと、いつまで経っても同じことを繰り返していて進歩しないと感じるかもしれない。それでも宜しければ、ということで月の途中にも拘らず入会されました。
母親の必死な心情を感じたのは初めてのことでした。