たいへんな逸材。
イム・ユンチャンを聴いて、世界のトップにいる若いピアニストたちに何ら詳しくはなくとも、そう感じました。
このお二人は、なにせお顔の感じがそっくりなので、ただそれだけの理由で聴きに行きました。なんか面白そうだと。
しかし、
ユンチャンのソロを聴いて、目も耳も釘付けでした。
ユンチャンはショパンのエチュードを7曲演奏しました。
まるで物語のように続けて。
最初の3つの新しいエチュード第1番は暗い音色で、ユンチャンの音は初めて聴いたので、こういう音なんだなと聴いていました。
最初に弾いた亀井さんが明るい音なので、特にそう感じるのかなと思いながら、でもショパンはこういう音が合ってるかな、と思いながら聴いておりましたが、そんな余裕は2曲目で既になくなりました。
声楽で母音の響きが言葉でバラバラにならないようにするようなレガートで、まずそれに感心し、信じられないくらいの弱音のレガートと美しく芯のある音。
音も素晴らしいのですが、内向的な音楽から伝わる力が凄まじい。
ショパンはこんな演奏をしたのではないかと思えてしまって、弾いているのはユンチャンではなく、私にはショパンでした。
内に向かうような音楽に感じるのですが、どこかにナイフも持っているようで、いつ襲いかかって来るかわからないので目も耳も離せない。
彼がショパンコンクールに出たら優勝してもおかしくないなと思いました。
スリリングさも持ち合わせ、何をするかわからないところは現代の感覚とも合っているかもしれません。
Op.25-5はコミカルに演奏されることも多いかもしれませんが、彼の演奏は胸に刺さりました。悲しい曲でした。
そしてその後のOp.25-6、あの重音の難曲。聴いたことのないスピードでしたが、ただ速いわけではなく、その前の曲の表現と対なのかと思うような音楽。諸行無常の言葉が浮かんできました。生まれては消滅する儚く虚しいもの。
2台ピアノは大いに楽しめました。
最後に予定されていたラフマニノフはサン=サーンスの動物の謝肉祭に変更されました。
この曲だけユンチャンはファーストであとはセカンドでした。
セカンドでは、弱音でも強音でもピリリとした音が時折聴こえ、それがとても効果的でした。
3階席の中央で聴いていたのですが、弾いている本人が3階席で聴いているのかと思うような耳で、よくピアノ同士の音のアンサンブルでそれができるなと感心しかなかったです。
動物の謝肉祭は面白い演奏でした。
ファーストのユンチャンは自由でした。セカンドの兄貴なら何をしても大丈夫と面白がっている気がしました。
ユンチャンの間や強弱は読めない、というか予想外というか、プレトニョフかという感じで、亀井さんがよく付いて行っていたな、というかそれを楽しんでいる感じで、このような即興性に彼は慣れているように思いました。
亀井さんはユンチャンと共演できたことが感慨深いと感動されていました。
このお二人、最初に2台で一緒にステージに出てこられた時に、どちらがどちらか遠目からはわかりませんでした。
お辞儀をしてやっと、あ~、ファーストが亀井さんで、セカンドがユンチャンかと分かったくらい似ていました。
動物の謝肉祭はこのお二人で、どこかの音楽祭で演奏出来たら良いのにと思いました。1回だけではもったいない。
今年最初のコンサートがこのお二人で良かったです。
もしや投稿されているかなとXを見てみましたらありました。
聴いていて即興性を感じたのは間違いではなかった。