我輩は。

　

我輩は、イヌである。
名前は、まだ、ない。

今朝までは、母がいて、もっと兄弟が、いた。
まだ、母の乳がスキなのだが、今朝早く、母から剥ぎ取られるようにして白い兄弟と共に箱に入れられた。
日のヒカリの元、箱から出てみると、先ほどまでと景色は全く違っていた。

なぜか、母もいない。
もっといたはずの兄弟も、白いのだけになっていた。
しばらくの間は白いのと遊んでいたのだが、猛烈な空腹感に襲われ始めた。

箱の周りを探してみたが、母は、いない。
白いのと箱に入って母を待つ。

急に寒くなってきた。
空腹感も増してきた。
喉も渇く。

大きな何かが箱の脇を、ひどいイキオイで走り去っていく。
空腹だ。
こんなに空腹なのに母はいない。
今朝ほどまでは、すぐソバにいたのに。
母を求めて、白いのと声を上げた。
空腹だ。

大きな何かが、今度は、むこうに停まった。
ヒトがひとり、何かの中から、こちらを見ている。
我輩と白いのは、箱から顔を出して声を上げた。
空腹だ。

「お？おまいら、どーした？」
ヒトは何かの中から何か言ってる。
「ステイヌか？おまいら（笑）。」
ヒトはこちらに無遠慮に近づいてくる。
我輩を持ち上げ、カオを寄せる。独特のにおいがする。
白いのはヒトの足元におそるおそる近寄っていく。

ヒトは我輩を箱の脇におろした。
見上げるその姿は、知らない。
ヒトは何かをクチに咥えて、何かをした。
あの、独特のにおいだ。

「おまいら、どーすんのよ、こんなトコロで？」
我輩と白いのと、交互に、頭を気安く撫でながら、いう。
「はぁ～ぁっ。ったく、もーっ。しょーがねぇなぁ」
あのにおいが、ヒトのクチから出てくる。不快だ。
そして、空腹だ。

ヒトは、懐からなにやら取り出し、話す。
我輩と、白いのはまた、声を上げた。
母がいない。
空腹だ。

ヒトは、また、何かを咥えて、何かをした。
また、あのにおいだ。

ヒトはしばらくして、声をあげた。
「おっし、コレも何かの縁だな。」
大きな何か、コレは動く箱だと後からわかったのだが、箱を開けた。
我輩と、白いのは抱え上げられ、また、狭い箱に入れられた。

大きな唸り音と、左右に押し付けられ、我輩と白いのは悲鳴を上げた。
程なくして、また、抱え上げられ、少し大きな箱に入れられた。
だが、今度は箱から出れない。

何か、いいにおいのものが置かれた。
我輩と白いのは、それをむさぼり喰った。
母の乳とは異なるが、満腹になった。
今度は、同じ器に水が入れられ、置かれた。
我輩と白いのはそれを飲み干した。

ヒトは、箱の上から、じっと、見ている。

ヒトは、我輩と白いのを左右の掌に載せて目前に顔を寄せた。
「今日から、おまいらは、ウチのイヌだ。」
「オレが、おとーちゃんだから覚えておくように（笑）。」
このヒトは、おとーちゃんで、我輩と白いのはウチのイヌとなった。

我輩はイヌである。
名前は、まだ、ない。
だが、身分は「ウチのイヌ」である。