若い頃、車に秋田犬とテントを積んで、日本縦断旅行を夫と二人でしたことがありました。
最南端駅の「西大山駅」を経て枕崎を経由、坊岬を見たら、本州にリターンする計画でした。
九州に入るなり、来る日も来る日も雨や台風に合い、濡れたテントが渇くのは人吉の河川の中州(今思えば危険だけど)の2泊くらいでした。
雨ばかりのやるせなさから、お互いに苛立ちが積もりに積もっていました。
指宿に入って信号待ちしている時に、ふと突然に夫が車を降りて、向こうに消えてしまいました。
何でもないことの、些細なケンカが原因で。
その時の夫の捨て台詞が強烈でした。
「坊岬で僕は消えてなくなるよ」と。
そうして私はその夜、予定していた鰻池にテントを張り、愛犬とふたりで、泣きながら一夜を過ごしました。翌朝、枕崎駅に向かうと「夜に駅のベンチで泊まった男性がひとりいた」と聞き、まさかと思いましたが、特徴が違うので胸を撫で下ろしたものです。
その頃はカーナビという便利なものがなく、地図を見ながらの移動でした。
近くの枕崎立神郵便局で、「東北に車で帰るのだけど、どうしたらよいか」漠然とした気持ちで、聞きに入りました。
郵便局員さんは、それはそれはすぐには理解できないほど驚いていましたが、フェリーでは犬は車から出してはいけないことから、主に、陸上で帰るしかないことを教えてもらいました。
私は、話を少し聞いて貰っただけで、ホッとしたものです。
呼吸を整えて、いざ覚悟の思いで、車を走らせました。
その夜思ったことがあります。
鹿児島で夫と連絡がつかなくて会うことができなかったら、私は東北に帰り、新しい道で自分の生き方で生きて行く、と。
1時間走ったところで、夫の携帯に電話してみました。
繋がりませんでした。
まだメールがなかった時代です。
それから20分したら、夫からの着信がありました。
指宿の「砂むし会館 砂楽」に歩いて向かっているからそこで仲直りしよう」というんです。
私の心はもう踏ん切りがついて冷めかけているのに、それも知ってか知らずか、何事もなかったような感じでさらりと言ってきたんですね。
そう考えると「行ってあげなかったらかわいそう」と思えてきました。
そもそも私もイライラが原因だったし、お互いに今なら許しあうことができるのなら、お互いに認め合って許してあげようと思いました。
そうして砂湯で再会して、昨晩の出来事を水に流しました。
西大山駅に着きました。
鹿児島県最南端及びJR日本最南端の駅である「西大川駅」は無人駅です。
近くには日本百名山で「薩摩富士」とも呼ばれる開聞岳が見えます。
それはそれは、遠目に見ても美しい山です。
最南端の駅のホームに立ち、嬉しそうに写真を撮ったりしている夫を見て、あの時携帯が繋がらなかったら、この人の傍には私はいなかったなぁ~、と思い出します。
どちらが良かったか?って自分にあらためて、質問してみます。
答えは「今でしょ♪」
こうして今までのふたりで旅ができたのも、許しあうことができたからと思っています。
ささやかだけど、楽しい時間。
あの時、約束していたことがあるんです。
「私たちが分かれることなく何十年も続いたら、いつか鹿児島でリベンジ旅行しようね」と。
約束から、数十年経ったとは思えないくらい、アッという間に時が過ぎましたが・・・。
この旅の最後は「鰻湖」です。
辿りつくあいだに、些細なケンカをしてしまおうものなら、元も子もありませんね、リベンジ旅だけに。
さあ、最後の目的地「鰻池」に参りましょう!
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