そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『いつか月夜』 寺地はるな

2024-09-23 13:56:00 | Books
人は生きているとたくさんの人と出会うけれど、その人たちは、夜中にいっしょに歩いてもいいかなと思える人と、とてもそうは思えない人と、2種類に分かれるのかもしれない。
で、いっしょに歩ける人とも、完全に分かり合えることはけっしてなくて、いろんな理由でもういっしょには歩けなくなってしまうのだ。
でもそれは何かを失ったということではなくて、お互いの心に豊かなものを確かに残してくれて、だからこそちょっと切ない。

この小説を読んで、そんなことを感じた。

主人公の青年の、質素ながら真摯な人柄が、小野寺史宜の『ひと』『まち』の主人公と似ている印象で、イマドキな感じがする。

「みけねこ洋菓子店」の件りだけ、急にジブリ映画みたいなテイストになる。

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『奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき 』

2024-09-09 21:11:00 | Books
脳科学の専門家である著者が、脳卒中になり、発症から治療、リハビリの過程で自分自身の身体と精神に何が起きたかを克明に書き下した、まさに奇跡の一冊。

脳卒中が起きた朝、脳の専門家であるが故に自分の脳に何が起きているかを冷静に観察しながら、左脳の機能が麻痺していく中で論理的思考力が働かなくなっていくという矛盾。その過程を描くドキュメンタリーは生々しくも、生命と知性の不思議さに満ちていて興味深い。そして、左脳の機能を失いながら、後にこの記憶を呼び覚まして本に書いているという事実が奇跡的。

左脳と言語中枢を失うと、「自己」を認識できなくなり、自己とそれ以外を隔てる境界線が無くなっていくという体験がまた興味深い。自分・自己・自我というものは左脳が作り出した妄想なのか?
自分が流体のように感じられ、あらゆるエネルギーが一緒に混ざり合っているように感じられるという体験は、先日読んだ村松大輔氏の量子力学的世界観にも通じるものがある。

治療とリハビリを経て、左脳が正常に機能するようになると、同時にマイナス思考のループが復活するというのも皮肉なもの。
著者は左脳マインドを失った経験から、深い内なる安らぎは右脳にある神経学上の回路から生じるものだと信じるようになる。そして、右脳マインドを呼び起こし、内なる安らぎを体現するためには「いま、ここに」いることを認識するのがその第一歩になると言う。紹介される様々な手法はマインドフルネスや仏教思想にも通じるもののように感じる。

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『1947』 長浦京

2024-09-01 16:48:00 | Books
日本人を猿呼ばわりする差別主義者が主人公の小説なんて前代未聞ではないだろうか。そういう点ではかなり変わった小説。

終戦直後、占領下の東京は荒廃と混沌が渦巻いていて、小説の舞台としてなかなか魅力的だし、アクションシーンの臨場感とスピード感ある描写は秀逸なのだが、とにかく説明セリフが多くて読んでいて辟易としてくる。

主人公と数名の女性を除くと、登場する英国人も米国人も、日本人の元軍人もヤクザ者も、キャラが立っていなくて印象が被ってしまう。それでいて、説明的で理屈っぽい似たようなダイアログが繰り返されるので、誰がどんな思惑をもっているのか、その関係性が非常にわかりにくい。

読み終わった際には、ああやっと終わってくれたか、と思ってしまった。

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『最新理論を人生に活かす「量子力学的」実践術』 村松大輔

2024-07-21 20:57:00 | Books
勧められて読んだのだが、面白かった。

量子力学を謳っているが、科学の本ではなく、量子力学的なものの見方をベースにした自己啓発、心理カウンセリング、宗教哲学というか、ある意味かなり風変わりな内容。

でもまあ、素粒子レベルから見たら、自分だの相手だの、人間だの物だの、生だの死だのというのもみなこの世を説明するためのフィクションでしかないのは確か。
そう思えば、著者の言ってることもすんなり入ってくる。

一見悪いことだと思えても、「おかげで」と感謝を振りかければ好転する、他人に褒められようとするのではなく、まずは自分自身を認めて自分を褒めよう、というのは全くその通りだと思う。

占い、生まれ変わり、魂、霊など、いわゆるスピリチュアルな世界を一貫した理屈で説明してしまうのも面白い。

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宮田笙子選手の五輪辞退の件

2024-07-20 11:24:00 | Sports
彼女のことは全く知らなかったのですが、喫煙・飲酒が発覚して、直前での五輪出場辞退、世間は議論百出になっているみたいですね。
タバコくらいで…という意見も気持ちはわかりますし、処罰感情は微塵もありませんが、ルール違反した事実は変えられないので出場できないのは仕方ないでしょうね。

個人的には、五輪に出ることを絶対的に善とする価値観のほうにちょっと違和感を覚えます。
たかがタバコ、の一方で、たかが五輪、ではないかと。
今回の出来事に向き合って、長い人生、五輪に一度出られなかったなんて小さなことだと思えるくらい、よりよい人生を送るためのきっかけにしてくれたらよいなと思います。

発覚したら大きな問題になることくらい彼女も分かっていたと思うし、そもそも喫煙なんてアスリートにとって百害あって一利なし。
それなのにやってしまったというのは、彼女のこれまでの人生にどこか無理があったということなのだと思うのですよね。

気持ちを切り替えて4年後を目指すのもよし、向き合い方を変えて体操を楽しむことにするのもよし、体操をやめて別の人生を歩むのもよし。
彼女が自分自身にとって最善の選択をしてくれることを願います。


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『ザリガニの鳴くところ』 ディーリア・オーエンズ

2024-07-08 23:03:00 | Books
著者ディーリア・オーエンズの本業が動物学者であるということに、まず驚かされる。小説家としてのデビュー作で、こんなにも壮大で奥深く完成度の高い作品を生み出してしまった。終盤は、ページを繰る手を止められなくなる。


その一方で、この小説は、動物学者である彼女だからこそ書くことができのだとも強く思う。


青年の不審死を巡るミステリを縦糸として通しながら、家族に捨てられ天涯孤独となった主人公の少女のサバイバルストーリーが骨太に語られる。


崩壊した家族の悲壮、共同体における理由なき差別の醜悪、救いの手を伸べる善意の尊さ、思春期における異性への押さえきれない欲望の純粋さと残酷…人の世における苦しみと希望が多面的に描かれると同時に、湿地の環境に溶け込んで暮らす主人公は、生き物たちと交流する中で、人智を超えた自然の真理を学び取っていく。その見地からすれば、所詮人間の営みやエゴなど、人の意識が生み出した幻想でしかないと思えてくるのだ。


この崇高さ。

格の違いを感じさせてくれる小説だ。

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『朝鮮半島の歴史: 政争と外患の六百年 (新潮選書)』 新城道彦

2024-06-15 23:28:00 | Books
14世紀終わりの李成桂による朝鮮王朝創始から、20世紀の朝鮮戦争までを扱った朝鮮通史。

日本の中等教育における「世界史」で「朝鮮」が採りあげられるのはそれこそ朝鮮戦争くらいで、「日本史」においても秀吉の朝鮮出兵、江戸時代の朝鮮通信使、明治期の征韓論や韓国併合などが部分的に登場するくらいだろう。それ故、このように朝鮮半島を主体にして体系的に歴史を外観するのは新鮮な知的体験ではあった。

本著から受ける印象は、「おわりに」において著者が自ら記している以下の引用部が的確に言い当てている。

(以下引用)
朝鮮半島は、まるで二匹の蛇が絡み付くケーリュケイオン(ギリシア神話の神ヘルメスが持つ杖)のように、政争と外患が互いに引き寄せ合って螺旋構造を作り出し、きつく締め付けながら歴史を紡いできたように見える。
(引用ここまで)

まさにサブタイトル通り「政争と外患の六百年」なのであり、それは21世紀の今にも通じていて、この先も永遠に続きそうに思えてくる。

まずは「政争」の側面。どの時代を切り取っても、権力闘争の繰り返し。政敵を徹底的に殲滅し、容赦のない残虐な粛清のオンパレードで、読んでいて嫌になってくる。これを読むと、今の北朝鮮・金正恩王朝の残虐性や、政権交代の度に前大統領が訴追され失脚させられる韓国の不毛な政治慣行が然もありなんと思えてくる。

そして、おそらくそんな「政争」の要因でもあり帰結でもあるのが「外患」。大陸の諸民族列強と日本列島に囲まれた地理条件ゆえに悲劇的なポジションから逃れられない地政学的運命には同情を禁じ得ない。
成立当初から明の属国としてのポジションを自ら引き受けて始まった朝鮮王朝。明が清に滅ぼされた後は宗主国を清に替え、日清戦争後の下関条約でようやく独立帝国となるが、10年余りで日本が保護国化した後に併合。第二次大戦終戦により日本の植民地統治は終わるが、米ソ対立と朝鮮国内の権力闘争から南北分裂する形で独立国家を樹立、朝鮮戦争を経て休戦状態のまま分断国家は固定化されるとともに南北対立は深刻の度を増している。

この通史の範囲において、日本は二度朝鮮半島に浸出している。一度目は豊臣秀吉の朝鮮出兵、二度目は明治期の保護国化からの併合。
秀吉の出兵は、全国統一の余勢を駆っての領土的野心をもってのものとされているが、明治政府の浸出は、海を隔てて接する半島を緩衝地帯とすべく近代化した友好国家を作ろうとした安全保障的意図が強かったものと認識している。21世紀の今となっては、韓国がそのポジションを引き受ける形となっていると言えるだろう。それはつまり韓国が東アジアのウクライナとなるリスクを孕んでいることなのかもしれない。

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『ラウリ・クースクを探して』 宮内悠介

2024-05-07 22:44:00 | Books
エストニアの天才プログラマー少年が時代に翻弄されながら歩んだ半生を辿る。日本の作家が、こんな小説を書いてしまうという想像力(創造力)の豊かさにまず恐れ入る。

読んでいると、いろんな想いが想起される。

今や小国ながらIT先進国として有名になったエストニア。ソ連崩壊の時代に、バルト三国の一国として独立の闘争があったことはもちろんニュースでは知っていたが、その背後にこの小説で描かれるような苛烈な背景があったとは全く考えたこともなかった。
IT化に成功したのではなく、国が生き延びるためにIT化を成功させるしか途がなかったのだ。

そして、国家と民族の間の軋轢と衝突は、純粋だった少年少女たちの仲を引き裂き、人生の隘路に迷い込ませていく。
早熟の才能の持ち主が「消えた天才」となっていく姿は切ないが、すべてを洗い流すようなラストに向かう展開は安らかさを漂わせる。

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『成瀬は信じた道をいく』 宮島未奈

2024-04-28 20:29:00 | Books
成瀬シリーズ第二作。
受験を経て京大生となり、近所のスーパーでバイトを始め、びわ湖大津観光大使に選ばれる成瀬あかり。
幼馴染の相方・島崎みゆきが東京に引っ越して距離が遠くなる代わりに、成瀬と出会い、その特異なキャラに戸惑いながらも魅了され影響を受けていく人々の輪も広がっていく。

そんな成瀬を取り巻く人々が最終話では一堂に会し、またその中で島崎との絆も改めて確かめられる。この構成が実に心地よい。

そして、こんな侍みたいな喋り方をし、あらゆる方面で才能を発揮し、ブレずに定めた道を真っ直ぐに進む女子は、どんな家庭で育ったのだろうという前作以来の疑問に、本作は成瀬父の視点に立ったエピソードを設けることで応えてくれる。
これがまた平凡な、愛情に溢れた家庭なのが嬉しい。
一方で、成瀬母については本作終了時点で未だミステリアスさを残しており、この点については続編に期待。

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『成瀬は天下を取りにいく』 宮島未奈

2024-04-28 20:22:00 | Books
西武大津店閉店を巡るローカル色濃厚な一話目と、女子中学生の即席ペアがM-1に挑戦する二話目で、成瀬と島崎の幼馴染ペアの絶妙なコンビネーションの魅力に心掴まれる。特に二話目はど素人がゼロから漫才を作り上げていく過程が丁寧かつ爽快に描かれていて抜群に面白い。

ここまでで成瀬と島崎の2人の物語だと思わせておいて、三話目以降は視点がいろいろな人に移っていく。
他人の目を全く気にすることなく、やりたいこと、正しいと思う道を真っ直ぐに突き進んでいく成瀬。その行動を最初は疎ましく感じる人も、次第にその純粋さに魅了されていく。

で、最終話は成瀬自身の視点に立って語られる。それまで感情のないサイボーグのように描かれてきた成瀬も、親友と離れ離れになることに激しく動揺し、ハートを持ったごく普通のティーンエイジャーであることが印象付けられる。これによって彼女を巡る一連の物語が一気に深みを増す。

成瀬というある意味寓話的な、極端なキャラクタを中心に据えながら、地元愛やノスタルジーや10代の自意識など、誰もが思い当たる甘酸っぱい情感をさらりと紡ぎ出す。
傑作と思う。

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