そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『ザリガニの鳴くところ』 ディーリア・オーエンズ

2024-07-08 23:03:00 | Books
著者ディーリア・オーエンズの本業が動物学者であるということに、まず驚かされる。小説家としてのデビュー作で、こんなにも壮大で奥深く完成度の高い作品を生み出してしまった。終盤は、ページを繰る手を止められなくなる。


その一方で、この小説は、動物学者である彼女だからこそ書くことができのだとも強く思う。


青年の不審死を巡るミステリを縦糸として通しながら、家族に捨てられ天涯孤独となった主人公の少女のサバイバルストーリーが骨太に語られる。


崩壊した家族の悲壮、共同体における理由なき差別の醜悪、救いの手を伸べる善意の尊さ、思春期における異性への押さえきれない欲望の純粋さと残酷…人の世における苦しみと希望が多面的に描かれると同時に、湿地の環境に溶け込んで暮らす主人公は、生き物たちと交流する中で、人智を超えた自然の真理を学び取っていく。その見地からすれば、所詮人間の営みやエゴなど、人の意識が生み出した幻想でしかないと思えてくるのだ。


この崇高さ。

格の違いを感じさせてくれる小説だ。

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『朝鮮半島の歴史: 政争と外患の六百年 (新潮選書)』 新城道彦

2024-06-15 23:28:00 | Books
14世紀終わりの李成桂による朝鮮王朝創始から、20世紀の朝鮮戦争までを扱った朝鮮通史。

日本の中等教育における「世界史」で「朝鮮」が採りあげられるのはそれこそ朝鮮戦争くらいで、「日本史」においても秀吉の朝鮮出兵、江戸時代の朝鮮通信使、明治期の征韓論や韓国併合などが部分的に登場するくらいだろう。それ故、このように朝鮮半島を主体にして体系的に歴史を外観するのは新鮮な知的体験ではあった。

本著から受ける印象は、「おわりに」において著者が自ら記している以下の引用部が的確に言い当てている。

(以下引用)
朝鮮半島は、まるで二匹の蛇が絡み付くケーリュケイオン(ギリシア神話の神ヘルメスが持つ杖)のように、政争と外患が互いに引き寄せ合って螺旋構造を作り出し、きつく締め付けながら歴史を紡いできたように見える。
(引用ここまで)

まさにサブタイトル通り「政争と外患の六百年」なのであり、それは21世紀の今にも通じていて、この先も永遠に続きそうに思えてくる。

まずは「政争」の側面。どの時代を切り取っても、権力闘争の繰り返し。政敵を徹底的に殲滅し、容赦のない残虐な粛清のオンパレードで、読んでいて嫌になってくる。これを読むと、今の北朝鮮・金正恩王朝の残虐性や、政権交代の度に前大統領が訴追され失脚させられる韓国の不毛な政治慣行が然もありなんと思えてくる。

そして、おそらくそんな「政争」の要因でもあり帰結でもあるのが「外患」。大陸の諸民族列強と日本列島に囲まれた地理条件ゆえに悲劇的なポジションから逃れられない地政学的運命には同情を禁じ得ない。
成立当初から明の属国としてのポジションを自ら引き受けて始まった朝鮮王朝。明が清に滅ぼされた後は宗主国を清に替え、日清戦争後の下関条約でようやく独立帝国となるが、10年余りで日本が保護国化した後に併合。第二次大戦終戦により日本の植民地統治は終わるが、米ソ対立と朝鮮国内の権力闘争から南北分裂する形で独立国家を樹立、朝鮮戦争を経て休戦状態のまま分断国家は固定化されるとともに南北対立は深刻の度を増している。

この通史の範囲において、日本は二度朝鮮半島に浸出している。一度目は豊臣秀吉の朝鮮出兵、二度目は明治期の保護国化からの併合。
秀吉の出兵は、全国統一の余勢を駆っての領土的野心をもってのものとされているが、明治政府の浸出は、海を隔てて接する半島を緩衝地帯とすべく近代化した友好国家を作ろうとした安全保障的意図が強かったものと認識している。21世紀の今となっては、韓国がそのポジションを引き受ける形となっていると言えるだろう。それはつまり韓国が東アジアのウクライナとなるリスクを孕んでいることなのかもしれない。

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『ラウリ・クースクを探して』 宮内悠介

2024-05-07 22:44:00 | Books
エストニアの天才プログラマー少年が時代に翻弄されながら歩んだ半生を辿る。日本の作家が、こんな小説を書いてしまうという想像力(創造力)の豊かさにまず恐れ入る。

読んでいると、いろんな想いが想起される。

今や小国ながらIT先進国として有名になったエストニア。ソ連崩壊の時代に、バルト三国の一国として独立の闘争があったことはもちろんニュースでは知っていたが、その背後にこの小説で描かれるような苛烈な背景があったとは全く考えたこともなかった。
IT化に成功したのではなく、国が生き延びるためにIT化を成功させるしか途がなかったのだ。

そして、国家と民族の間の軋轢と衝突は、純粋だった少年少女たちの仲を引き裂き、人生の隘路に迷い込ませていく。
早熟の才能の持ち主が「消えた天才」となっていく姿は切ないが、すべてを洗い流すようなラストに向かう展開は安らかさを漂わせる。

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『成瀬は信じた道をいく』 宮島未奈

2024-04-28 20:29:00 | Books
成瀬シリーズ第二作。
受験を経て京大生となり、近所のスーパーでバイトを始め、びわ湖大津観光大使に選ばれる成瀬あかり。
幼馴染の相方・島崎みゆきが東京に引っ越して距離が遠くなる代わりに、成瀬と出会い、その特異なキャラに戸惑いながらも魅了され影響を受けていく人々の輪も広がっていく。

そんな成瀬を取り巻く人々が最終話では一堂に会し、またその中で島崎との絆も改めて確かめられる。この構成が実に心地よい。

そして、こんな侍みたいな喋り方をし、あらゆる方面で才能を発揮し、ブレずに定めた道を真っ直ぐに進む女子は、どんな家庭で育ったのだろうという前作以来の疑問に、本作は成瀬父の視点に立ったエピソードを設けることで応えてくれる。
これがまた平凡な、愛情に溢れた家庭なのが嬉しい。
一方で、成瀬母については本作終了時点で未だミステリアスさを残しており、この点については続編に期待。

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『成瀬は天下を取りにいく』 宮島未奈

2024-04-28 20:22:00 | Books
西武大津店閉店を巡るローカル色濃厚な一話目と、女子中学生の即席ペアがM-1に挑戦する二話目で、成瀬と島崎の幼馴染ペアの絶妙なコンビネーションの魅力に心掴まれる。特に二話目はど素人がゼロから漫才を作り上げていく過程が丁寧かつ爽快に描かれていて抜群に面白い。

ここまでで成瀬と島崎の2人の物語だと思わせておいて、三話目以降は視点がいろいろな人に移っていく。
他人の目を全く気にすることなく、やりたいこと、正しいと思う道を真っ直ぐに突き進んでいく成瀬。その行動を最初は疎ましく感じる人も、次第にその純粋さに魅了されていく。

で、最終話は成瀬自身の視点に立って語られる。それまで感情のないサイボーグのように描かれてきた成瀬も、親友と離れ離れになることに激しく動揺し、ハートを持ったごく普通のティーンエイジャーであることが印象付けられる。これによって彼女を巡る一連の物語が一気に深みを増す。

成瀬というある意味寓話的な、極端なキャラクタを中心に据えながら、地元愛やノスタルジーや10代の自意識など、誰もが思い当たる甘酸っぱい情感をさらりと紡ぎ出す。
傑作と思う。

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『人事変革ストーリー (光文社新書 )』 高倉千春

2024-04-15 22:14:00 | Books
著者は、農水省の官僚として社会人人生をスタートし、MBA留学からの帰国後コンサルタントに転身、外資系コンサル会社で働いていた際にファイザーの日本法人からスカウトを受けて事業会社のHR部門でのキャリアを歩むことになる。複数のグローバル企業の日本法人、そして日系グローバル企業を渡り歩き、HRを専門とする経営人財へとステップアップした。

グローバル企業と日本企業、それぞれの人事制度や考え方の違いと融合、改革を経験してきた人物だけに、示唆を得られるところも多い。

人事は戦略そのものであり、将来を洞察して人財のポートフォリオを動的にマネジメントしていくこと、組織風土を将来に向けて意図的に適切に創る動的な組織能力を育むことといった戦略性のマネジメントの重要性が語られる。
一方で、人的資源はココロを持った「厄介な」経営資源であり、現場社員の目線に立って一人一人が自身のパーパスを実現できる機会を提供することも極めて重要。
経営者には、そんなまさに「鷹の目、蟻の目」とも言うべき視点を備えるとともに、企業の行く末を多様なメンバーに腹落ちさせるコミュニケーションの力が求められる、というのが著者の主張の要点。

著者が各社で推し進めてきた人事制度改革の事例も多数紹介されているが、ジョブディスクリプションを等級も含めてオーブンにしたという味の素の事例と、目標管理制度の代わりに年に2回全社員に「自分が創出した仕事の価値」を点数カさせてそれをベースに評価を決めるというロート製薬の事例は特に興味深かった。

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『冬に子供が生まれる』 佐藤正午

2024-04-05 22:44:00 | Books
佐藤正午らしい読者を翻弄するギミックは健在だが、『鳩の撃退法』『月の満ち欠け』ほどの興味を掻き立てられなかった。

今さらUFO?という題材の新鮮味の無さにまず興醒めするし、マルユウ・マルセイとその周囲の人々の運命をもって何を描こうとしたのかが伝わりにくい。
偶然に左右される人生の不確かさという普遍のテーマを描こうとしているようにも思えるが、それと双子のような同級生、UFOという特殊な要素の食い合わせが良くない。

途中で語り部の正体が明かされるトリックも、人称が徹底されていない印象で、鮮やかさに欠ける。

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『続きと始まり』 柴崎友香

2024-03-07 20:37:00 | Books
何か特筆するような出来事が起こるわけではない。2020年3月から2022年2月にかけての期間、コロナ禍で全ての人の生活が影響と制約を受けていた期間における、ごくありふれた一般市民である男女3人の身の回りで起きたことを、それぞれが主人公となる章を交互に重ねることで描いていく。
確かに、コロナ禍の生活ってこんな感じだったよなあと、ほんのちょっと前のことなのに、時を隔てた異世界のように感じられるのが不思議だ。
あの時期の暮らしや感覚を、後に記録として残す意味でも貴重な価値を持つ小説と言えるかもしれない。

登場人物たちに、ふとしたきっかけで蘇る過去の記憶、それがこの小説のテーマである。阪神大震災や東日本大震災など多くの人が共通に体験した記憶と、両親や同級生、別れたパートナーとの間で交わした会話の断片などのプライベートな記憶。
ありふれた一般市民といっても、人に歴史ありというか、記憶を紐解くことで立ち現れる、それぞれの人生の複雑性や個別性、それを丁寧に紡いでいく筆致の確かさはさすがで、読み応えがある。

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『質問の一流、二流、三流 』 桐生稔

2024-02-12 20:48:00 | Books
人と人との会話において、話題や流れをリードするのは実は質問なのだ。よい質問を投げかけるスキルを磨けば、会話のクオリティが上がり、相手との関係性が深まって、ビジネスでもプライベートでも成果につながる。

ネタバレになってしまうので内容まで書くのは控えるが、この本で紹介される質問のスキルは以下のような類型に分類される。

・会話にスムーズに入るための質問
・会話が途切れた時に使える質問
・相手との信頼関係を築く質問
・相手へのリスペクトを伝える質問
・相手の考えや本音を引き出す質問
・こちらが望む結論に相手を導く質問
・ディスカッションをまとめるための質問
そして…
・自分自身の人生の質を高めるための自問

質問力を向上させるためのヒントを期待して読んだが、思った以上に実践的な一冊だった。

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『祝福 (河出文庫)』 長嶋有

2024-02-06 20:18:00 | Books
2003年〜2010年に各誌で発表された短編を集めた一冊。それぞれに共通のテーマや関連はないが、どれをとっても長嶋節という感じ。
穏やかならぬ展開を見せる作品も中にはあるものの、日常の他愛ない場面を切り取って、誰しもが心にちょっとだけ引っかかっている感情を呼び起こすテイストが通底している。

PHS、オザケンの『LIFE』を録音したMD、木村カエラの『sakusaku』、「四角いニカクがまあるくおさめる」やつ、などスマホ前時代の風物がちょっと懐かしい。
さらには、浅香唯の『セシル』や夕方の『特捜最前線』再放送など、作者と同い年の自分からするとノスタルジーも甚だ。

高校時代の不良との甘塩っぱい思い出をクールかつエモーショナルに描く『マラソンをさぼる』と、非日常シチュエーションに似つかわしくない由無し事がつい頭に浮かんでしまう女性主人公のアンビバレントさが面白い『噛みながら』が特に印象に残った。


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