空港にて (文春文庫)村上 龍文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
村上龍の本を読むのはかなり久しぶり。
コンビニ、居酒屋、公園、カラオケボックス、披露宴会場、クリスマスの街角、駅前、空港・・・様々なシチュエーションを背景に、それぞれの主人公が背負った重荷を、短い時間を濃密に切り取りながら解きほぐしていく。
それぞれのお話の主人公は、それぞれに人生に躓き閉塞感に苛まれている。
そして「海外に出る」ことが彼らに光を与えるという点で、共通項に括られる。
(「あとがき」によれば元々留学情報誌に書いた小説であったことからこうなったらしいが)
統一されたテーマという縛りの中で、異なるシチュエーションで、それぞれに興味深く読ませられるあたり、やはり巧いなあと思う。
が、一方で、どこか冷めた目でこの小説群を読んでいる自分もいて。
「あとがき」によれば村上龍は、この短編集で「絶望と退廃があふれかえっている」現代における「希望を書き込みたかった」ということなのだが、村上にとっての「絶望」とか「希望」とかってものが、自分にとってのそれと乖離があるような気がする。
「絶望」も「希望」も類型的すぎるというか、果たして現代がそれほど「絶望」すべきものなのか、「希望」とはそんなに単純なものなのか、そのあたり疑問に思ってしまう。
やっぱりこういう考え方って全共闘世代特有のものなんじゃないの?とか。冷めすぎかな。