一昨日7月27日の日経新聞朝刊・経済教室は、「選択09 歴史の視点」と題した2回シリーズの1本目。
現在の政治状況を幕末日本に照らして、野口武彦・神戸大学名誉教授が論じたもの。
以下、印象に残ったところをメモ。
いろいろな個性がぶつかった面もあるが、根本にあるのは、幕府と西国雄藩との死活的な利害対立だった。長い鎖国の時代、海外貿易が長崎一港で管理されていたころは長州も薩摩も密貿易で莫大なもうけを得ていた。相次ぐ開港は、幕府が拡大された貿易で強力なライバルになることを意味していた。
幕末政治の争点は、基本的に「開国か攘夷か」にあったが、その意味は現実に即して変化する。「開国」とは幕府(徳川家)による貿易利益の独占にほかならなかった。薩摩藩はその理由から兵庫開港に反対した。”御公儀”だったはずの幕府は私利私益の代表者と化していた。膨大な官僚機構を擁し、既得権を手放そうとしないばかりか、利益を分かち合おうともしない。
「攘夷」もまた、外国とドンパチやることではなくなっていった。薩摩藩は文久3年に鹿児島でイギリス艦隊と戦って相手の実力を知る。皮肉なことにはそれをきっかけに薩英同盟というに近い蜜月関係に入るのだ。「攘夷」は単なる幕府攻撃の口実に変わっていた。その勇ましいスローガンを一枚めくれば、貿易利潤の配分を幕府に求める生々しいホンネが隠されていた。
以前岩波新書の「幕末・維新」を読んだ時にも、幕府と雄藩の争いはイデオロギーの衝突などではなく権力闘争だったのだ、という理解をしましたが、改めてそのことを確認できた感じがします。
今の政治情勢において「安心実現社会」だの「脱官僚」だのといったスローガンが空虚に響くのにも通じるような。
野口氏の論考では、現在の政治状況と幕末の類似性を指摘しつつ、たとえ今回の総選挙で民主党政権ができたとしても、それは形を変えた「政権たらい回し」でしかなく、明治維新のような「政体」の変革とはレベルが違う、と断じます。
明治維新を担った若きリーダーたちは、権力闘争に勝って権力を手に入れるとともに、「開国による世界市場への強制編入に伴う未曾有の政治的・経済的・社会的混乱を解決する責務を負っていた」のだと。