そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『帝国議会』 久保田 哲

2019-05-03 20:22:17 | Books
 
「公儀公論」は、明治維新の理念の大きな柱の一つであり、また維新後の新政府においても五箇条の御誓文の第一条に「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とある通り、議会開設は明治政府における一貫して推進すべき課題であった。
しかし、実際に第一回帝国議会が召集されるには明治23年(1890年)まで待たねばならず、その間総論では議会開設が支持されながらも、様々な路線対立があり、また議会政治という未体験の制度設計を行うにあたり膨大な情報収集と研究・検討が行われた。
本書は、新書一冊を費やして、その間の歴史を振り返るものである。

路線対立とは、主に、急進的に民選議院設立をす主張する民権派と、まだ機が熟していないとそれを抑えようとする政府の間のものであり、民権派に対する弾圧的な政策も採られたことが記される。
制度設計においては、伊藤博文自身が渡欧してドイツなど立憲君主国の制度を学びに行った件り、師事しようとしたグナイストに冷たくあしらわれた伊藤が不満を表明した記録が残っているあたりなどがなかなか興味深い。

それにしても、国会開設の勅諭が発布されたのが明治14年で、9年後に議会開設することが謳われているという点、現代ではとても考えられないスピード感。
時代が違うといえばそれまでだが、それだけ壮大な制度設計・機関設計・利害調整を伴う大事業であった(何といっても憲法を作るのとセットであったのだから)ことが改めて偲ばれる。
今の日本であれば、立憲君主制をやめて大統領制に変えるくらいの大改革か。
いや、基礎がなかった分それ以上だろう。
これだけのことを成し遂げるには、ある程度強力なトップダウンが必要で、民権派に配慮していては実現できなかったというのもわからなくはない。
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『ニムロッド』 上田岳弘、『1R1分34秒』 町屋良平

2019-05-03 11:45:53 | Books
第160回芥川賞受賞 ニムロッド
上田 岳弘
講談社

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒
町屋 良平
新潮社

直近の第160回芥川賞受賞作2作品を文藝春秋2019年3月号Kindle版にて読了。

文藝春秋2019年3月号[雑誌]
立花隆,塩野七生,上田岳弘,朝吹真理子,浅田次郎,町屋良平,田原総一朗,松本人志,笑福亭鶴瓶,宮城谷昌光,有働由美子,篠山紀信
文藝春秋

何というか、2作品とも読後感が似ている。

いずれも(世代は若干異なるが)若い男性が主人公。


『ニムロッド』は、「仮想通貨」という実感を伴わない世界を背景に、生身の人間から乖離した「制度」の在りようを描いている。

『1R1分34秒』は、逆に生身の肉体に徹底してフォーカスしていく。
ボクシングにおける身体の使い方、減量の過酷さ。

いずれも、主人公の身の回り、半径5メートルの世界を内省的に描く。
最近の芥川賞受賞作ってこういう作品が多い気がする。
自分が読んだのは『火花』『異類婚姻譚』『死んでいない者』『コンビニ人間』くらいだが。
本2作も含めて世界観はどれも悪くないのだが、スケール感が乏しいんだよな。
なんか小粒化してるというか、昔は受賞作なしってことも結構あったけど、最近はコンスタントに選ばれ、しかも2作品同時というのも珍しくない。
粗製乱造という気もしなくもないが。

『ニムロッド』
仮想通貨のマイニングという、一般社会では理解されづらく極めて無機的で犠牲的な世界の物珍しさが評価された感もあるが、そこから“ニムロッド”が書く小説内小説へと敷衍していく構成は悪くない。
制度やシステムから疎外されていく生身の人間、という新しくて古いテーマだが、現代はそれが極めて強い実感を生じる時代なのだろう。
主人公と恋人との関係性がもう一つの軸となるが、このすれ違いぶりも古典的だが切なくてよい。
恋人の女性はかなりのハイグレード層に描かれ、主人公と明らかに不釣り合いなのは、ある種のファンタジーであるように感じた。
選評では、まとめサイトからの引用の多用が賛否を呼んでいたようだが、個人的にはそのような編集技術も含めて作家の技量なのではないかと思う。

『1R1分34秒』
主人公がちょっと性格が悪いというか素直じゃないところがスパイスになっている。
伝統的な、ストイックなボクサー像とは異なる、現代的でリアルなボクサーの在りよう。
それでも現代では絶滅種ではあるとは思うが。
この小説の白眉は、ボクシングにおける肉体の使い方・感覚を徹底的に文字で表現しきったことだろう。
読んでいて、像を頭で描くことはなかなか難しいが、その感覚が伝わるだけでも新鮮な体験ができる。

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