世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

酒と涙とクマとまーすけ

2012年03月24日 07時36分27秒 | Weblog
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花金。



後輩女子Cちゃんを含め、他の面々で飲んだ。
ジントニックを10杯飲んだ。
とにかく飲み過ぎた。
しかし、悪酔いはしなかった。
「ウコンの力」、絶大。

吉熊、いるし!



社内の噂話など語ること4時間。


最後、だらだらと飲んでいたら、某殿方と二人きりになってしまった。


彼の両親は離婚後、すぐに病気で他界をしている。
家族の唯一の思い出が小学校時代、九十九里浜に行ったことらしい。
後にも先にもたった一度だけだったという。

行商をして土日も働きづめの父親。
寒い日は湯タンポがわりに彼を布団に入れて寝ていたこと、
そんな父親が教えてくれた唯一の遊びがパチンコだったこと、
良い父親だったが良い夫ではなかったらしい。
可愛がられていたにも関わらず、一緒に住んでいた母親の手前、父親の死に目に会いに行かなかったこと、
そして洋裁をして働きづめだった母親、疎遠になってしまったお兄さん。
今、一人。

両親とも彼のことを「まーすけ」と言って可愛がっていたことを聞いて、なんだが涙が出てきた。
離婚をしてしまったが、彼のお母さんもお父さんもきっと彼を愛していたに違いない。

「たしかに愛されていたかもしれません」
とは言いつつ、彼は人を愛したことがないとも言う。
よく分からないんだそうだ。
また、自分も父親のようになってしまうことへの恐怖心もあるとのこと。

そして親孝行していなかったことの後悔が、他人への愛情を阻んでいるのかもしれない。
でも、親にとって、子供が生まれてきたことだけでも最大の親孝行だと私は思う。
その子が笑って泣いて学校行って働いて…その過程を私の両親はいつも喜んでくれた。
吉熊上司や周囲の友達の子供への愛情を見ててもそう思う。


そんなことを熱く語ったジントニック11杯目。

「僕が泣かしたと思われるじゃないですかー。ふふふ」
とニコニコ笑う彼。
「まーすけ」と呼ばれていた幼少期の彼は本当に可愛かったと思う。
そんな彼を置いて早々と他界してしまった彼の両親。
さぞかし無念だっただろう。


小雨の中、泣きながら帰宅。
雨か涙か分からぬものが頬を止めどなく伝う。
なぜ泣いているのか自分でもわからなかった。
ただ、すぐにでも宇都宮の実家に帰って両親に会いたかった。

ポストを開けると一枚の葉書。
母ヨーコたんからだ。


それを見て、私はまた泣くのだった。

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