世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

憤慨

2015年10月20日 | Weblog

FUSO | The World Without.



クマのぬいぐるみを愛する者として、目を背けたくなるような動画だった。

父親から子どもへの誕生日プレゼントである「クマのぬいぐるみ」を主人公に、それを運­ぶトラックがない世界と、トラックがある世界の2つの世界を表現。

トラックがない世界では、クマ自身が倉庫のプレゼント箱から抜け出し、街に繰り出すな­かで様々な災難にあいながら、子どもの元へと向かう道程を表現。
一方、トラックのある­世界では、トラックの配送によって、スムーズに届けられるクマのプレゼントを子どもが­笑顔で受け取るストーリー。

トラックがない世界=悲しい、というよりも、ボロボロになってもお嬢さんのところへ辿り着こうと懸命なクマが、最後ごみとして扱われる、その遣る瀬無さが強烈すぎて後味が悪かった。

もっとコミカルであったり、トラックがない世界のクマが報われるような要素がある結末だったら「ああ、トラックって便利だし、あった方が断然いいよねえ」って思えるのだけれども。

うちのクマたちがボロボロになっても、私はごみになんかしない。

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「白線流し」、いつまでも

2015年10月19日 | Weblog
いつもあの面子とカラオケに行くとき、トリはこの歌だった。


スピッツ / 空も飛べるはず


高校時代の友達。男女10人弱。
昼休みはいつも前のほうの席で話していたメンバー。
最前列の席に鎮座していた尊師を囲むようにしてうだうだしていた。

卒業しても毎年夏かGWに遊んでいた。
構成員のほとんどが男子だったのでボーリング場やゲームセンターやカラオケが多かったような気がする。

携帯がまだ普及し始めた頃だ。

大学3年生のときの夏休みはみんなで日光に行った。
日光線に揺られて、東照宮を見てまわった後、宇都宮の居酒屋で飲んだ。
勿論そのときもこの歌で締めていた。


一人減り、二人減り・・・だんだんと連絡が取れなくなってしまった。

耳鼻科検診で医者に「鼻毛が伸びすぎだよ、君」と指摘された天然ボケのI江君なんて、真っ先に連絡が取れなくなった。
無口だった和尚も、サークル活動が忙しくなり疎遠に。
K子ちゃんも何度かアドレスを変えていて連絡が取れなくなっていた。

社会人になりその様相は一層顕著になり、それぞれ家庭を持つようになり、連絡すら取るのが難しくなった。

それでも正月はなんとか数人で飲んでいた。
それもここ数年はやっていない。

来年の正月は音頭をとって、久々に飲み会開催をしたい。

尊師、ばっちゃん、ちんぴ☆くん、ハルくん、和尚、K子ちゃん、I江くん、カズマくん、みんな元気かな?


ドラマ「白線流し」の登場人物たちと我々は同学年。
我々にはあんなドラマティカルな出来事は起きなかったけど、世代的なことや環境(田舎っぷり、男女共学の学校など)がすごく似ていて、あのドラマは他人事とは思えない。

私の「白線流し」、いつまでも・・・。




2.5キロ

2015年10月19日 | Weblog
シャンプーもついに業務用のものをネットで購入するようになった。
「すっきりしたい日のシャンプー」

普段500ミリリットルのものを月に一度購入していたのだが、今回は2500ミリリットル。
コンビニに送ってもらったのを自宅に運ぶとき、あまりの重さでよろけてしまった。
恐らく2.5キロはある。
よろよろ歩きながら、
「2.5キロ太るって、この重さが体内に付きまとうということなんだな。ガクブル・・・」
と思った。



これで毎月買わずに済むし、しかも割安。


今日は制服の申請が多くて大童だった。
衣替え第三波。
10/1の衣替えで冬服を出したんだけど、ちょっときつくね?あれ、ここ綻びてね?・・・な人々への対応。

中には前回の申請から数ヶ月しか経っていないものもあり、その都度注意の電話をせねばならない。
台帳(アクセス)への入力、返却者のチェック。
そして在庫数の管理。
気が狂いそうである。

でも月曜日はまだ元気。

夕御飯はパン。
キッシュで不足しがちな栄養素の補給。

吉熊とはんぶんこすると美味しさ2倍。

もう一つは明太味のパン。


美味しかった!!

昨日ラーメンを食したら体重が増加した。
せめて今夜は軽いものを食して、質量保存の法則的を信じ、夜の体重測量時の精神的負担を減らそうかと・・・。


食欲の秋、怖い。
この業務用シャンプーの重量ぐらい軽く増えるからね。
もう、容赦ないからね。ひぇええ。




わらべは見たり 野中の薔薇

2015年10月18日 | Weblog
旧古河邸庭園へ。
秋薔薇を見に行ってきた。

快晴。




青空を背景に。純白の薔薇が眩しい。





どの薔薇も一つ一つ表情が異なるので見てて飽きない。

























小ぶりの薔薇「緑光」


蜜に吸い込まれていきそう。美味しそう。
「きらり」という薔薇。


秋っぽい色合いがクラシカルで素敵。



私は「琴音」という淡いピンクの薔薇が好き。


吉熊&琴音



旧古河邸庭園というと洋館。
洋館と薔薇って本当に合う。















窓辺の黄色い薔薇も素敵。



水受け(?)に花弁一舞。


トンボが薔薇で休憩していた。秋だなあ。



薔薇園を上から撮影。大混雑。



雲ひとつない真っ青な空の下、多種多様な薔薇を鑑賞できて大満足。
香りを嗅いだり、花弁一枚一枚を愛でたりし、すっかりリフレッシュできた。
花を撮影しているときが一番楽しいし、ストレス解消になる。



マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展 「印象、日の出」から「睡蓮」まで

2015年10月18日 | Weblog
続いて、上野に上陸。
東京都美術館で開催中のモネ展に行く。
本当は違うものを見に行く予定だったのだが、昨晩、母が「モネの『日の出』が明日までらしいよ」と言っていて、気になって調べてみたら、そちらの方を見たくなったのである。




上野公園では盆栽のイベントが開催されていた。



東京都美術館に到着。






オブジェであろうミラー状の球体に接近。




チケットを買うまで20分待ち。入場するまで10分待ち。
大混雑。映画「タイタニック」の終盤のシーンを彷彿させる。


入場後も「あれ?ここはディズニーランドだったけ?」と思うぐらいの大混雑っぷり。
どの展覧会も終盤のほうだと皆疲れていて流れやすいんじゃないかと考え、人ごみを突っ切り、まず上の階へ急ぐ。




先に今日まで展示されている「印象、日の出」を見ることにした。
その絵が置かれている部屋に入った途端、周囲の人々が「ああ・・・」と言っていた。
私も思わず「ああ・・・」と口にしてしまった。

絵が、ぼんやりと光を放っているのである。
特に、絵の太陽の部分が光っている。
本当に不思議な絵。



絵一枚でこんなにも心が動かされるだなんて。
衝撃的過ぎる。





「睡蓮」


これも大人気でもみくちゃにされながら見た。
でも見る価値がある。
見ていると心の角が丸くなった。




「ジヴィェルニーの黄色いアイリス畑」


光、風、そして風に乗って運ばれてくるアイリスの香りまで漂ってきそうな作品。
暫し見とれてしまった。
できればこの絵の中に行ってみたい。いいなあ。



「オランダのチューリップ畑」

この風車なんて近くで見ると線なんだぜ?
だけれども、どう見ても風車じゃん。すげー。印象派ってすげー。



「トゥルーヴィルの海辺にて」

これも女性の奥の人たちが「人」に見えるんだもの。近くで見ると線なのに。

ストライプのドレスがイカしてる~。ファッショナブル。




晩年の絵は赤を主に使用した作品が多い。
家族を失った悲しみがにじみ出ているようだった。見てて胸が痛くなるほどに。
白内障を患ったモネだったが、最後まで「光」をその手で描き続けたという執念に脱帽。
愛用していた眼鏡やパイプ、そして絵の具を置くパレットまで展示されていた。






最後に・・・田辺誠一画伯の作品。
カワユス。



外に出ると、すっかり夜。
細い月が見えた。鐘を突く音が聞こえてきて、大変風流だった。



お腹が空いた。
上野に来ると最近必ず寄ってしまう一蘭に向かう。
とんこつラーメンの店で、大好きな華原朋美さんが一蘭でよく食事をすると知って、私も通うようになった。

ここも大混雑。
30分ほど並んだ。



オーダーシート。本日は「基本」をチョイス。替え玉なし。



隣の席が気にならないように仕切り板が施されている。


キター!!

スープ一滴も残さずに完食!!やっぱり美味しいよ、一蘭。大好き!!




芸術の秋、食欲の秋を堪能できた。
素晴らしい作品は心を浄化してくれることを実感。
また、親の言うことは正しいのだなと言うことも、よく分かった。

さて、明日からまた新しい一週間が始まる。
上手に乗り越えられますように。頑張ろう!!!!






デーモン小暮閣下「地上の星」with群馬交響楽団

2015年10月18日 | Weblog
デーモン小暮閣下「地上の星」with群馬交響楽団


昔からその魅力は感じていたけど、この動画を見て痺れた。
広い音域、甘い声、そして安心して聴ける「強さ」のようなものをひしひしと感じる。
美声に酔いしれて朝からヘビロテ。
「上手い」と表現するのが失礼に当たるんではなかろうか?と思わせるぐらい上手いを超えている。



10年ぐらい前、たまたま見ていたNHK番組で「ZUTTO」を歌っていたのを見て「あれ?こんな歌も歌うんだ」と思った。
アジアっぽいメロディラインに一目ぼれ。歌詞も泣ける。
デーモン小暮閣下 - ZUTTO



「いざ戦場へ」も好き。
会社に行きたくない、怖い・・・と思っていた10年ぐらい前にこれ聴いて辛うじて出勤していたという・・・。
http://www.nicozon.net/watch/sm6746640


閣下の生歌を聴いてみたい♪


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新生活2015

2015年10月17日 | Weblog
昨日の分のブログを更新した後、布団が恋しくなり、布団にリターン。
軽く頭痛がする。昨日、飲みすぎたのだろう。生ビール1杯、ジントニック5杯は自分にしては飲みすぎの領域だ。

寝転びながら角田光代の「真昼の花」を読んでいた。
バックパッカー女子の話で、計画性というか危機感がないので痛々しいぐらい悲惨な目に遭遇する主人公。
アジアというだけの記載だったが恐らくベトナムでの話なんではなかろうかと思いながら読んでいる。
今年の夏にホーチミンに行ったのだが、同じベトナムのハノイやフエやハロン湾にも行きたい。
それだけ魅力的な国であった。

そんなんだったので、企てていた衣替えと部屋の掃除ができず。
非生産性という文字が1Kアパートに満ちている。

「そうだ。ご飯を炊いてみよう」
と思った。

先日後輩女子Cちゃんとご飯をした際
「そういえば○○さん。今年の目標は、『ご飯炊く』って言っていましたよね?」
と言われた。
あーそうそう。言った言った。節約の話になって、したっけ、そんな話。てかよく覚えているよね、Cちゃん。
O型蟹座の彼女は基本的に他人に無関心なのだが、ミクロ的規模なことをたまに覚えててびっくりする。

「約束を果たそうじゃないか」
とむっくり起きて、まずは炊飯器を出した。

いやー、懐かしい。
15年前、上京したときに母に買ってもらった一人前用の炊飯器。
新卒の1週間ぐらいは活用していたのだが、程なくして使用しなくなった。
面倒になり、天袋に仕舞って早15年。

「おう!久しぶり」

炊飯器に話しかける。




「お前老けたな」
と炊飯器が言っているよう。・・・粗大ごみで捨てるぞ!!


実は先日、実家に帰省した際、母にお米を分けてもらった。
私が米を炊くかもしれないという行為は彼女的に妹の結婚ぐらいの驚きを与えたようで、かなり興奮し、また喜んでいた。
「持って行きな」
と米を1合という単位にセパレートして袋に入れてもらったうえ、
「これを炊飯器に入れて指の第一関節の部分ぐらいまで水を張りなね」
というアドバイスまでもらった。


内釜に米をインしてみる。


水を入れる。


ぼんやりしていると米が溢れた水とともに排水溝に流れていってしまう。



このとき「ああ、私、大人になったんだなあ」と強く思った。
15年前も同じことを思ったことを思い出した。

成 長 性 な し 。


そして再び炊飯器にセットし、ボタン「おいそぎ」をオン!!
どきどきわくわく。

そこで母から電話がキター。
「今さ、もらったお米を炊いてるんだが」と言った途端、母が「うわああ!凄い!!亮ちゃん、やれば出来る子!」と。
絶賛炊飯祭り開催中の様相を呈していた。
米を炊くぐらいで親をこんなに喜ばせるって何なんだろうな。
普段から親孝行していない表れじゃないか。すまん。

電話を切ると、さっきまで「コポコポ・・・ふぁぁああ」と呟いていた炊飯器は黙り込み、「保温」ボタンだけが煌々と光っていた。
無言の炊飯器に近寄り、「おい、大丈夫か?」と恐る恐る蓋を開けてみた。


吉熊「ああああ!!見て見て!!ご飯だよ。ご・は・ん~♪」


ほ、本当だ~!!



ふっくらしたご飯から、湯気がぶっは~と立ち上がり、なんとなく感無量。
やりきった感、満載。

おかずは、いただきものの日比谷の松本楼のレトルトカレー。
6種類の野菜ときのこ・豆が入った完熟トマトチキンカレー。


「私にも出来るんだ」
という興奮と、カレーの美味しさで、思考能力が停止した。

カレーは甘くてまろやかなのだが、きちんと辛くて、味に深みがあった。
さすが松本楼である。まいうー。
御飯はふっくらと炊き上がっていた。水を入れてボタンを押すだけでこんなに簡単にできるだなんて。

2000年春。
栃木から上京し、新生活を始めたあのときの新鮮な気持ちが蘇ってきた。


いつも買うレトルトご飯の相場が3個で350円。
そんなに得したという感じはしないのだが、ちりも積もれば・・・である。
これからも気が向いたら炊いてみよう。
そしてお金を貯めてまたどこかに行きたい。



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喪女の喪バッグ

2015年10月16日 | Weblog
寒さが一段と増した。
社内は暑いのでインナーは半そでだが、外はひんやりとするので、スーツを着用。
それでも心許無いので、母ヨーコたんからもらったエルメスのスカーフを着用。

以前、父が海外出張の際に母への土産として買ってきたものを譲り受けた。
首元を暖めていれば、まだコートを着用しなくてもいける。


退社後、友人わたと飲んだ。
わたは小学校3,4年のときに同じクラスだった。5年生になる前の春休み、市外に引っ越してしまったのだが、その後もずっと文通でつながっていて今に至る。

半年前、わたの親戚が亡くなった際、葬式用バッグのサブバッグ的なもの(黒のナイロン製のバッグ)を貸した。
昨日、一人で寿司を食しているときに、彼女から
「サブ喪バッグ、返そうと思うんだけど・・・」
というメールが着て、まず吹いた。
「サブ喪バッグ」って。響きがウケる。
しかも「喪っていう感じってバルタン星人に似てね?」なんてわたが続けるので、一人で寿司食べながらニヤニヤしてしまったではないか。

そんなこんなで会うことになった@居酒屋。

再会するとき、開口一番は「やっと会えたね(By辻仁成)」がデフォ。


わたはこの夏、サザンオールスターズのライブで沖縄に行った。
その際、この黄色いクマさんを見つけたので私に買ってきてくれたとのこと。
ありがとう。

「かわいい~」
を連呼する私に
「沖縄でクマって珍しいよね。しかもパイナップル持ってるからね。謎だよね」
と淡々と言う。
30年前、初めて会ったときから彼女のこの淡々とした様子は変わらない。




名前はハッピーちゃんにした。
YELLOW YELLOW HAPPY - ポケットビスケッツに肖って。

また、わたの実家から送られてきたという柿をいただいた。ありがとう。



今回も思い出話が芋蔓式に出てくる・・・出てくる。

4年生の県民の森への遠足。班分けのときの我々の策士っぷりについてで30分は話せる。
じゃんけんのグー、パーを出し続けて班の人員を決めたのだが、我々と含めて仲の良い女子で結託し、そっと口裏を合わせて「グー、パー、グー、パー・・・」の順序で出し合って見事同じ班になれたこと、とか。

放課後の駄菓子屋巡りをしたこと、その際の100円玉の有効活用について、とか。

あと、わたが家に来てくれた際、うちの母ヨーコたんがジャガイモのてんぷらを出したのだが、それが美味しかったらしく、わたはお母さんに作ってと言った。そんなことを母ヨーコたんに聞かせたら喜ぶであろう。



また、小学校時代、ジャージの素材が嫌いだと、私とわたはずっと体育の時間を半袖&ブルマで過ごしていた。
そんな子、学年、いや全校生徒(当時1,000人いた)のなかで我々だけだった。

結婚をしたくなく、超子供嫌いな私とわた。
あのときのジャージの素材が、今は「結婚」「出産」になった。

嫌なものは嫌。絶対回避。
価値観を押し付けられるなんて真っ平ごめん。

あれこれ言ってくる外野に私は「キーっ」となっていたが、わたは「マイノリティは迫害されるんだよ」と静かに悟りの境地に至っていた。


もう私たちも40歳目前。

どんな迫害が待ち受けていようとも、わたがわたでいてくれるだけで、私は生きていけそうだよ。
また「やっと会えたね(By辻仁成)」、しようね。
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深夜のピクニック

2015年10月15日 | Weblog
日記系ブログナビ
http://www.vandekul.com/category/information/13/


こちらのサイトで「世界の中心で吉熊が叫ぶ」を紹介していただいているもよう。
ありがとうございます!!





今日は、寝不足で午前中は辛かった。
昨日、結局寝たのは午前2時半だった。

よく考えると、0時に診察室に呼ばれるって、すごい。
シンデレラだったら馬車がかぼちゃに戻る時刻である。

昔、あの心療内科に通い始めた当初は、名前を呼ばれるのが21時でも遅いって思っていたのに。
それが22時を過ぎ、最近では0時に名前を呼ばれるようになってしまった。

他の患者さんは何をしているのだろうかと周囲を見渡すと、スマホをいじったり、読書をしたり、イヤホンで音楽を聴いたりしている。
中には死角で腕立て伏せなどの運動をしている人、震えている人、犬を連れてくる人、勉強をしている人・・・などがいる。

22時を過ぎる頃、みんな、一様にバッグから食料を取り出してモゾモゾと食べだす。まるでピクニックである。
♪丘を越え行こうよ~、口笛吹きつつ~・・・

私も昨日は心療内科への道すがら、売店でおにぎりやお稲荷さんを購入してきたので、22時半にそれらを食した。

お稲荷さんの中は飽和状態の炊き込みご飯。重量感半端ない。

吉熊「美味しいね!もぐもぐ。僕、お稲荷さんが一番好きだよ」


・・・やべぇ。これホント、ちょっとしたピクニックだわ。
しおりを作りたくなるレヴェルである。

名前を呼ばれたので診察室に入場。
精神科医クマ医師にこの2週間を報告。
前回の診察で、「考えないようにしましょう。考えるのはこの診察室で私と一緒に考えましょう」と言われた。
しかし、この2週間、考えないようにすることの難しさを体験した。その旨を切々と訴えた。

するとクマ医師は、
「白黒はっきりさせる必要がなく、また期間が迫っているということでないのならば、一度、物事を棚上げしてみてはいかがですか?」
と言った。

その言葉に激しく納得。

思わず、
「私、先生がいなければ、もっともっと考え込んでいました。ありがとうございます」
と礼を述べた。

するとクマ医師は、少し微笑んで
「今まで荒波を潜り抜けてきたあなたですもの。大丈夫。大丈夫ですよう!!」
と激励してくださった。

そのはにかみっぷりが、まるでツキノワグマみたくて、萌えた。


薬の確認は漢方薬が余っていることを報告。
処方箋を調整してくださった。

「ありがとうございました」
と椅子から立とうとしたとき、クマ医師が
「はいこれ」
と何かを渡してきた。

・・・野菜ジュースである。
おお~!!キタコレ!!!!!
いつも何かをもらってしまい、恐縮である。
今度何か差し入れしてあげようかな。
・・・おにぎりやお稲荷さんとか。





今日は退社後、寿司店へ。
ポイントが溜まって1000円のグルメクーポン券をゲットしたのである。

現金約200円と合わせて、豪華な食事にありつくことができた。ひゃっほー!!


吉熊「美味しいね!もぐもぐ。僕、お寿司が一番好きだよ」

・・・ん?



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巨大クマ

2015年10月15日 | Weblog
先日、北海道でメタボクマ(体重400Kg)が撃たれたそうだ。

ヒグマ:メタボ体形? 400キロ、北海道で射殺 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20151011k0000m040047000c.html




そのクマに引けをとらぬクマがamazonで買えるらしい。



ぬいぐるみ 特大 くま/テディベア

価格: ¥ 24,425

◆カラー:写真通り
◆長さ:約250cm
◆素材:アクリル、コットン、ポリエステル


長さが約250cmだと!?



この存在感!!



思い存分戯れることが可能。




家に帰ってこの光景が目に入ってきたら、私はあまりの至福に感激し、身悶えるだろう。



かわいい!と、思わずポチりそうになったのだが、この子がいたら、私は住むスペースがなくなるわけで。
自粛した。


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深夜のプレゼント

2015年10月15日 | Weblog
心療内科デー。
今日も0時に名前を呼ばれた。
そして先ほど、帰宅。

今日も心療内科医・クマ医師にジュースをもらった。
私があまりにも肩を落としているので「これ飲んで元気だせ」ということなのだろうか。




吉熊は、独り占めできる!と思っていたらしいのだが、ナグに見つかって、ちょっとがっかりしている。
仲良く飲みなね。

ではこれから風呂に入ってくるでござる。
2時までには就寝したいでござる。

おやすみなさいませ。


秋唄

2015年10月13日 | Weblog
昨日から、左目の上瞼の縁にものもらいが発生している。
私の場合、季節の変わり目だとか疲れたときによく発生するのだが、これが発生しているということは、今は疲れてるんだなと思う。
自分では気づけないことを体が教えてくれることってある。そして、年を重ねるとその頻度が増すこともここ10年ほどで学習した。

まあ病院に行くほどでもないし、と思いつつ、どうも左上瞼に違和感がある。瞬きをすると、ほんのりとかゆみがある。
ものもらい、関西ではめばちこと呼ぶらしい。また、東北に嫁いだ友人が言うには、彼女の旦那さんはものもらいを「目が馬鹿になる」と言う。
そんな話で経営管理室は今日も盛り上がり、私のものもらいを「俺がつぶしてやろうか?」とからかい、みんなで大爆笑をした。
制服関連で業者の対応をし、午後は稟議書の処理をした。

残業後、後輩女子Cちゃんと駅まで歩いていると声をかけられた。見たら先日退職した他部署の後輩女子だった。辞める寸前、彼女の自宅に呼ばれて夕ご飯をご馳走になったのはいい思い出。元気そうでなによりだ。

帰宅して、食後、勉強をする気満々でいたのに・・・また読んでしまった。
「おまえじゃなきゃだめなんだ」(角田光代)
ついに読了。
最後の「消えない光」が良かった。
親に結婚を反対されて現実を見始めた若い二人と、離婚を決めた大人の二人。それぞれの思いが形になる光景が胸に響く。
特に後者の夫婦。
離婚をするのに御揃いの指輪を買う理由が自然に描かれている。
何の不満もなかった二人だったのに、回っているはずの生活の中に互いの姿を見つけることが困難になってきた。
離婚を決めた二人は宝石売り場で離婚指輪を買う。店頭で二人でかざしたプラチナの細いリングに互いの姿を納め、これから別の人生を歩む。余韻が最高に素晴らしかった。


勉強しようとしても小説に手が伸びてしまうクセは中学生のときからあったと自覚している。
テストの前だから小説は面白くなる、読みたくなる、ということを嫌と言うほど味わってきた。

大江千里の「秋唄」状態である。

「秋よ 秋の秋みだれし日 冷たいコーヒー鼻にしみて
 テストの時期に限って いつも夜明けまでラジオを聞いてます
 きみの住んでいる 街に向かうバスを見て
 ちょっと人恋しくて ため息なんかついちゃって」

そうそう。テストの時期に・・・って激しく同意だ。
私の場合、ラジオじゃなくて小説なのだけれども。


早くものもらいを治さなければ・・・。




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おまえじゃなきゃだめなんだ

2015年10月12日 | Weblog
今日の昼食は、昨日母が持たせてくれたカップラーメンを食した。
仕出し弁当代500円が浮いたので、夕御飯は豪勢にステーキ弁当にした。


うまい!うますぎる!!
肉汁とたれが絶妙に絡み合い、そして咀嚼していると肉と白米からにじみ出てくる甘みも加わり、それらが口内で混じりあう様子は筆舌しがたい。多幸感半端ない。昨日のステーキ宮のハンバーグも美味しかったが、今日のステーキも上等であった。

会社の先輩が、難関の国家資格の1科目に合格したようだ。
とても嬉しい!!
彼女と私は同じ誕生日なので他人事とは思えない。
一人暮らしで働きながら勉強をするって本当に大変だ。
その上、あのような難関の資格合格を目指して地道にこつこつと取り組むだなんて尊敬に値する。
私も頑張らないと!と思う。
テキストを開く。が、横に置いてある角田光代の小説「おまえじゃなきゃだめなんだ」に手が伸びる。


父クマパパが時々言う。
「角田はいいよな」と。その言い方は父に角田という友達がいてその人を指しているのかと一瞬錯覚するぐらいに、ナチュラルに彼の口から漏れ出る。ああ、確かに。父のその言葉に頷きたくなるほど、角田光代の小説はいい。


「おまえじゃなきゃだめなんだ」は23編で構成された短編集。
その中で一番好きなのは、というか印象的なのは「おまえじゃなきゃだめなんだ」だ。

バブル期と青春期が重なっている主人公女子。
コーヒー豆を輸入販売する会社に勤めている芦川さんは、あまり個性のないグレイの車で、待ち合わせの駅へやって来た。
車中での芦川さんとの会話は特別盛り上がったわけでもなかったけれど、不思議と楽しいものだった。

芦川さんが昼食場所に決めたのは、「山田うどん」だった。店内はお洒落でなく、色気も情緒もない。
主人公の女子は、男の人にこんな店に連れてこられたことが一度もなかった。食事と言えばフランス料理かイタリア料理、懐石料理だった。

「芦川さんは、私に、ここでランチを食べろって言っている?」
うどんと天丼。うどんとかつ丼。うどんとカレー。セットはすべて炭水化物と炭水化物、値段は一杯200円から300円台。

子供の頃よく通ったという芦川さんが注文したのは、かつ丼とうどんのセット。
こんな店で食事をしようと言った芦川さんは、私を恋愛相手と見なしてなどいない。見くびられている、安く見積もられていると感じる主人公。

うどんが運ばれてきて、やがて天を仰ぐように顔を上げた芦川さんは「やっぱり山田うどんじゃなきゃだめなんだよなぁ」と呟き、照れたように笑って、ものすごい勢いでうどんをすすりはじめるのだった。うどんは、まずいわけでもなく、ふつうだったのである。


やがてバブルは崩壊し、当時の華やかさの欠片もなくなった(モテなくなった)38歳の主人公はまたふらりと山田うどんに入ってみる。
当時の高慢な自分、不誠実な自分を思い出し、うどんをすすりながら泣くという顛末。


色々と考えさせられた。
山田うどんでさえ「やっぱり山田うどんじゃなきゃだめなんだよなぁ」と言われるのに、私、私ときたら・・・という下りでは身につまされるものがあった。そして「いつか、おまえじゃなきゃだめなんだ」と言われる人間になるとうどんをすするところでは、熱いものが胸に迫ってくる勢いだった。悲しくもあり、そして清々しい。淡々とした文章なのに、読者に情景や心情を想像させる筆力は半端ない。

あと何編かで読み終える。いつもシリアスなものばかりを書く角田さんだが、今回は笑ってしまうものもあり、お徳感がある。



山田うどんには、私も幼少期に連れて行ってもらったことがある。おそらく柳田街道店だ。


平出に住んでいた母方の祖父母、私たち兄弟3人は、母が運転する車で連れて行ってもらった。
メニューは覚えていないけど、コの字型のカウンター、その奥のガラスに行き交う車が湯気越しに見えたような気がする。
当時、母は親孝行な娘で、足腰が悪くなった両親(私の祖父母)を自ら運転する車に乗せ、あちこちに連れて行っていた。

今日、母に電話をした際、山田うどんについて尋ねてみた。
母も当時のことを覚えていて、嬉しかった。


今度、山田うどんに行きたい。
そして、うどんをすすりながら、むせび泣きたい・・・。
私は誰かに「おまえじゃなきゃだめなんだ」と言われる存在なのかと自問しつつ。


Kalafina 『storia』

2015年10月12日 | Weblog
ツイッターで「Kalafina」がトレンド入りしてる!

Kalafinaというと、これが好き。

Kalafina 『storia』


ヒストリアでこれが流れると涙が出る。

秋の庭

2015年10月11日 | Weblog
昼に起きた。昨晩は寝つきが悪く、そして明け方も何度か目が覚めた。薬はちゃんと飲んでいるのだが。

中途覚醒したとき、「ここはどこ?」と思ったことを強烈に覚えている。私が帰省中に使用しているのは生前の祖母が使用していた介護用ベッドで、横に転落防止用の柵がある。その鉄製の柵のひんやりとした感触が足に伝わってきて「嗚呼、ここは実家だ」と安堵をし、そしてまた意識が落ちていったことも覚えている。

昼に起きたとき、窓が曇天を感じさせるような色をしていたのと、漣のような音で、雨が降っているのを感じた。

コンタクトレンズを入れて1階に降りると両親は食事を終え、テレビを見ていた。
出された朝食を摂り、化粧をする。

その後、家の庭に咲いている花々を撮影。

噂の石臼。どっちり。


「吉熊、落ちないように気をつけてね」










来る度に植物が増えていく。
母ヨーコたんはターシャ・テューダーを目指しているっぽい。
家を建て替えて、好きな花々を買い求めて世話をすることが至福らしい。


萩は雨のしずくを纏って、ひっそりと佇んでいた。

花言葉は「思案」「内気」「柔軟な精神」。
私の気質とは対極にあるような花である。


玄関の置物。
父の中学校時代の友人が石垣島に住んでいて、昨年遊びに来た際のお土産・シーサー。
何とも言えない表情にいつも心がほっこりする。



両親とハードオフに行く。
本以外に色々な物が売っていて面白い。
店内は大変混雑していた。

父クマパパは室井佑月の本を購入した。
室井佑月は石橋高校出身で、父の後輩、私の先輩になる。
「最近よく朝のワイドショーで見るので一冊ぐらいは読んでみようと思って」とのこと。
私は角田光代、姜尚中の本を購入。


ステーキ宮へ。


少し早めの晩御飯。ハンバーグ、美味しい。


宮のたれは絶品。私はこの味で育った。たれだけでご飯3杯はいける。
宮のたれ味のポテトチップスも出している。恐るべし、宮のたれ。


ここはステーキやハンバーグもおいしいのだが、ドリンクバーのアイスコーヒーが絶品。
喫茶店のコーヒーよりもコクがあるので、三人でいつもお代わりをしている。



食後、店外で一服。
子ども科学館のH-Ⅱロケットが遠くにかすんで見える。


ご覧の通り、すごい湿気。




帰宅し、両親とお茶を飲みながらゆっくり話す。
次回会うのはきっと、妹の結婚式になりそうだ。
薄給である私を案じ、母はカップラーメンなど、様々なものを持たせてくれた。
救援物資・・・助かる。ありがとう。


父の車で駅まで送ってもらい、18時48分発の電車で雀宮を発つ。
ホームで電車を待っていたとき、そこら中で何かを焼いたにおいがした。
きっと田畑で何かを燃やしたにおいなのだろう。
この時季特有の秋のにおいだと思い出す。

脳の中、海馬あたりに幼き頃の秋が舞う。
どんぐり拾い、秋の遠足、マラソン大会、運動会。
それらの思い出は引っ張り出すと、高くなった青い空、吸いこむと鼻の奥がつんとする冷気をも巻き添えにして脳に広がる。

秋の帰省は、帰京の際、少し寂しくなる。



さようなら、雀宮。





明日からまた仕事。
頑張ろう~。