令和1(受)1968 損害賠償請求事件
令和3年7月19日 最高裁判所第二小法廷 判決 破棄差戻 東京高等裁判所
会計限定監査役は,計算書類及びその附属明細書の監査を行うに当たり,当該計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない
日経新聞の報道監査役の任務、帳簿の裏付け確認必要な場合も 最高裁によると
判決によると、横領があったのは千葉県内の印刷会社。経理担当社員が2007~16年に計2億円超を着服し、銀行口座の残高証明書を偽造した。会計監査を担っていながら横領に気づかなかったとして、会社側が監査役を訴えた。
第2小法廷は「監査役は会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として監査してよいものではない」と指摘。「帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくても、帳簿の作成状況の報告を取締役に求めたり基礎資料を確かめたりすべき場合がある」と述べた。裁判官4人全員一致の意見。
一審・千葉地裁は「漫然と監査し、監査役としての任務を怠った」と賠償を命じたが、二審は「明らかに帳簿が信頼性を欠くなどの特段の事情がない限り、帳簿に不適正な記載があることを積極的に調べる義務を負わない」と判断を覆していた。
この裁判について、弁護士法人が多くのコメントを出しています。が、法律家ですから、最高裁の判断が今後の判断に影響するので、いかに理解するかの話になっています。判断の妥当性について書いているものは今のところなさそうなので、解説していきます。
1 本件は,株式会社である上告人が,その監査役であった被上告人に対し,被上告人がその任務を怠ったことにより,上告人の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して,会社法423条1項に基づき,損害賠償を請求する事案である。
よくある話ですが、個人企業が法人成りになったものの、事実上一人親方で法人にする意味が見当たらないような会社が腐るほどあります。法廷要件を満たすために名義貸しは普通に行われております。例えば、監査役はもっとも法的責任が小さいと言って、判子貸して!の一言で仲間内でなって貰っており、報酬もないのでなったことすらよく分かっていない人がかなりいます。自動車のスピード違反並みに結構守られていない法律の筆頭でもあります。スピード違反は警察が取り締まりますが、会社は当事者が裁判を起こさない限り問題になることはありません。
(2)被上告人は,昭和42年7月から平成24年9月までの間,上告人の監査役であった者であり,その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。
随分長い間監査役だったようです。事業譲渡でもあったのでしょうか。
(3)経理を担当していた従業員(以下「本件従業員」という。)は,平成19年2月から平成28年7月までの間,多数回にわたり上告人の名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)から自己の名義の預金口座に送金し,合計2億3523万円余りを横領した。・・・本件従業員は,上記の横領の発覚を防ぐため,本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。
アニータ事件を思い出します。住宅供給公社の役員は、「名義を貸していただけだ」だとか、「知らなかったんだから仕方ない」など意味不明なことを言っていた記憶があります。
本件もかなり悪質ですね。
(3)上記各期の監査において,本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま,これと会計帳簿とを照合し,上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。その上で,被上告人は,上記各期の監査報告において,上記計算書類等が上告人の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。
うーん、本当かなという気もしますが。
(4)銀行からの指摘で横領が発覚した。
銀行からのツッコみですか。結構あるみたいですね、取引先からの請求書だとか納品書だとか。監査役の人はちゃんと見たほうがいいですよ。全部見ろとは言いませんが、乱数表を使って伝票のサンプリング調査をやったほうがいいです。
地裁は問題ないよとしましたが、最高裁は、
監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。
めんどくさいことを書いていますが、要するに監査するには基準があって最低限守らなければなりませんよ、公認会計士だけではなく監査役も同様ですよと言っています。
この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。
株主総会前までにちゃんと監査しろよ、そして取締役の圧力がかからない状態で監査しろよぐらいの意味です。
会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。
この辺りから法律家らしい悪文が始まります。
要するに、会計帳簿は取締役の責任と指示で作成される。だからと言って、その帳簿が正しいだろうという思い込みを捨てて、ちゃんと監査しなさい。場合によっては、取締役を呼びつけてでもしっかり監査しなさい。
世間では、監査役とは閑散役と揶揄されるくらいの扱いですが、法律はそうなっていませんよ。やることはやりなさいとプレッシャーをかけています。
会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。
間違ってもメクラ判は容赦しませんよ。職を執行してね。
5 これと異なる見解に立って,被上告人はその任務を怠ってはいないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
言っていることは正しいのですが、会計基準と同時に監査基準ってのがあります。公認会計士級の監査をしろとは言いませんが、少なくともこの監査基準を持ち出してもいいんじゃないですか?監査役として最低限やらなければならない指針がなければあまり意味ないと思いますが。
裁判官全員一致の意見でした。
裁判官草野耕一の補足意見
会計限定監査役は,公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上,被上告人が公認会計士資格を有していたとしても,上告人の監査に当たり被上告人にその専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないという点である(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)。
会社法の監査は公認会計士級の監査を求めているのではないと言っています。その点は同意します。監査対象となる会社の規模にもよりますけど、公認会計士を1日確保したら15万円で、毎月2日、決算期は5日間はふつうかかります。これは最低ラインです。中小零細企業には難しい話ですね。
監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないという点である。
監査役の属性って何をさしているのでしょうか。説明はありません。
上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。
この程度のことすらやってなかったのですね。そりゃ駄目でしょう。
裁判長裁判官 草野耕一 妥当判決
裁判官 菅野博之 妥当判決
裁判官 三浦 守 妥当判決
裁判官 岡村和美 妥当判決
令和3年7月19日 最高裁判所第二小法廷 判決 破棄差戻 東京高等裁判所
会計限定監査役は,計算書類及びその附属明細書の監査を行うに当たり,当該計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない
日経新聞の報道監査役の任務、帳簿の裏付け確認必要な場合も 最高裁によると
判決によると、横領があったのは千葉県内の印刷会社。経理担当社員が2007~16年に計2億円超を着服し、銀行口座の残高証明書を偽造した。会計監査を担っていながら横領に気づかなかったとして、会社側が監査役を訴えた。
第2小法廷は「監査役は会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として監査してよいものではない」と指摘。「帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくても、帳簿の作成状況の報告を取締役に求めたり基礎資料を確かめたりすべき場合がある」と述べた。裁判官4人全員一致の意見。
一審・千葉地裁は「漫然と監査し、監査役としての任務を怠った」と賠償を命じたが、二審は「明らかに帳簿が信頼性を欠くなどの特段の事情がない限り、帳簿に不適正な記載があることを積極的に調べる義務を負わない」と判断を覆していた。
この裁判について、弁護士法人が多くのコメントを出しています。が、法律家ですから、最高裁の判断が今後の判断に影響するので、いかに理解するかの話になっています。判断の妥当性について書いているものは今のところなさそうなので、解説していきます。
1 本件は,株式会社である上告人が,その監査役であった被上告人に対し,被上告人がその任務を怠ったことにより,上告人の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して,会社法423条1項に基づき,損害賠償を請求する事案である。
よくある話ですが、個人企業が法人成りになったものの、事実上一人親方で法人にする意味が見当たらないような会社が腐るほどあります。法廷要件を満たすために名義貸しは普通に行われております。例えば、監査役はもっとも法的責任が小さいと言って、判子貸して!の一言で仲間内でなって貰っており、報酬もないのでなったことすらよく分かっていない人がかなりいます。自動車のスピード違反並みに結構守られていない法律の筆頭でもあります。スピード違反は警察が取り締まりますが、会社は当事者が裁判を起こさない限り問題になることはありません。
(2)被上告人は,昭和42年7月から平成24年9月までの間,上告人の監査役であった者であり,その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。
随分長い間監査役だったようです。事業譲渡でもあったのでしょうか。
(3)経理を担当していた従業員(以下「本件従業員」という。)は,平成19年2月から平成28年7月までの間,多数回にわたり上告人の名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)から自己の名義の預金口座に送金し,合計2億3523万円余りを横領した。・・・本件従業員は,上記の横領の発覚を防ぐため,本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。
アニータ事件を思い出します。住宅供給公社の役員は、「名義を貸していただけだ」だとか、「知らなかったんだから仕方ない」など意味不明なことを言っていた記憶があります。
本件もかなり悪質ですね。
(3)上記各期の監査において,本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま,これと会計帳簿とを照合し,上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。その上で,被上告人は,上記各期の監査報告において,上記計算書類等が上告人の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。
うーん、本当かなという気もしますが。
(4)銀行からの指摘で横領が発覚した。
銀行からのツッコみですか。結構あるみたいですね、取引先からの請求書だとか納品書だとか。監査役の人はちゃんと見たほうがいいですよ。全部見ろとは言いませんが、乱数表を使って伝票のサンプリング調査をやったほうがいいです。
地裁は問題ないよとしましたが、最高裁は、
監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。
めんどくさいことを書いていますが、要するに監査するには基準があって最低限守らなければなりませんよ、公認会計士だけではなく監査役も同様ですよと言っています。
この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。
株主総会前までにちゃんと監査しろよ、そして取締役の圧力がかからない状態で監査しろよぐらいの意味です。
会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。
この辺りから法律家らしい悪文が始まります。
要するに、会計帳簿は取締役の責任と指示で作成される。だからと言って、その帳簿が正しいだろうという思い込みを捨てて、ちゃんと監査しなさい。場合によっては、取締役を呼びつけてでもしっかり監査しなさい。
世間では、監査役とは閑散役と揶揄されるくらいの扱いですが、法律はそうなっていませんよ。やることはやりなさいとプレッシャーをかけています。
会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。
間違ってもメクラ判は容赦しませんよ。職を執行してね。
5 これと異なる見解に立って,被上告人はその任務を怠ってはいないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
言っていることは正しいのですが、会計基準と同時に監査基準ってのがあります。公認会計士級の監査をしろとは言いませんが、少なくともこの監査基準を持ち出してもいいんじゃないですか?監査役として最低限やらなければならない指針がなければあまり意味ないと思いますが。
裁判官全員一致の意見でした。
裁判官草野耕一の補足意見
会計限定監査役は,公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上,被上告人が公認会計士資格を有していたとしても,上告人の監査に当たり被上告人にその専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないという点である(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)。
会社法の監査は公認会計士級の監査を求めているのではないと言っています。その点は同意します。監査対象となる会社の規模にもよりますけど、公認会計士を1日確保したら15万円で、毎月2日、決算期は5日間はふつうかかります。これは最低ラインです。中小零細企業には難しい話ですね。
監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないという点である。
監査役の属性って何をさしているのでしょうか。説明はありません。
上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。
この程度のことすらやってなかったのですね。そりゃ駄目でしょう。
裁判長裁判官 草野耕一 妥当判決
裁判官 菅野博之 妥当判決
裁判官 三浦 守 妥当判決
裁判官 岡村和美 妥当判決