平成30(し)332 再審開始決定に対する即時抗告の決定に対する特別抗告事件
令和2年12月22日 最高裁判所第三小法廷 決定 その他 東京高等裁判所
再審請求を棄却した原決定に審理不尽の違法があるとされた事例
いわゆる袴田事件です。
NHKの報道です。
袴田巌さん(84)は、昭和41年に今の静岡市清水区でみそ製造会社の役員の一家4人が殺害された事件で、死刑が確定しましたが、無実を訴えて再審を申し立てています。
平成26年に静岡地方裁判所が、事件の1年余り後に会社のみそのタンクから見つかった犯人のものとされる衣類の血痕のDNA型が袴田さんのものとは一致しなかったという鑑定結果などをもとに再審を認める決定をした一方、おととし、東京高等裁判所は「DNA鑑定の信用性は乏しい」として再審を認めず、弁護団が特別抗告していました。
最高裁判所第3小法廷の林道晴裁判長は、衣類の血痕のDNA鑑定について「衣類は40年以上、多くの人に触れられる機会があり、血液のDNAが残っていたとしても極めて微量で、性質が変化したり、劣化したりしている可能性が高い。鑑定には非常に困難な状況で証拠価値があるとはいえない」として、弁護側の主張を退けました。
一方で、衣類に付いた血痕の色の変化について「1年余りみそに漬け込まれた血痕に赤みが残る可能性があるのか、化学反応の影響に関する専門的な知見に基づいて審理が尽くされていない」として、23日までに再審を認めなかった東京高裁の決定を取り消し、高裁で再び審理するよう命じる決定をしました。
一方、決定では、5人の裁判官が、3対2で意見が分かれています。
2人の裁判官は反対意見の中で、DNA鑑定などを新証拠と認め、血痕が袴田さんのものではないという重大な疑いが生じているとして、再審を認めるべきだとしています。
事実認定を見ていきます。
Aは,昭和41年6月30日午前1時過ぎ頃,静岡県清水市(当時)所在のみそ製造販売会社専務であった男性の居宅に侵入して金員を物色中,同人に発見されるや金員強取の決意を固め,殺意をもって,所携のくり小刀で同人の胸部等を突き刺し,物音に気付いて起きてきた同人の妻,長男,次女の頸部等をそれぞれくり小刀で突き刺し,店の売上金等を強取した上,さらに,上記4名を住居もろとも焼いてしまおうと考え,混合油を4名の身体に振りかけてマッチで点火して放火し,よって4名を殺害して金員等を強取するとともに住宅1棟を焼損した。
Aは,同年8月18日,本件で逮捕され,同年9月9日に起訴された。第1審の公判が続いていた昭和42年8月31日,同社みそ製造工場において,従業員が1号タンクの仕込みみその搬出作業中,タンク底部から麻袋に入った5点の衣類(白ステテコ,白半袖シャツ,ネズミ色スポーツシャツ,鉄紺色ズボン,緑色パンツ)を発見した。
第2 B鑑定について
1 B鑑定は,5点の衣類から採取した試料のほか被害者着衣から採取した試料から血液細胞を他の細胞と分離して抽出するという細胞選択的抽出法を採用した上でDNA型鑑定を実施し,STR型検査によって検出されたアリルの多くが血液由来のアリルであり,白半袖シャツの右肩部分に付着した血液のDNA型がAのDNA型と一致しないなどとするものである。
原々決定は,B鑑定が信用できるとし,その根拠として,5点の衣類及び被害者着衣の本件試料を採取した部位以外の部位から採取した試料(以下「対照試料」という。)からアリルが検出されなかったこと,本件試料には血液が付着している蓋然性が認められること,PCR増幅回数が28回でありアリルドロップインの可能性が低いこと,外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,細胞選択的抽出法を用いてDNA抽出を行ったことを挙げた。
みそ製造タンクの中に入れてあった衣類についた血痕を証拠としたのですよね。血液はタンパク質ですから、変質していると思うのですが。さらに昭和41年の技術で?
血液をみそ漬けにすると血液中のDNAの分解が進むとの実験結果や,DNAは高熱で処理されると分解されて検出困難になり,炭化すると分解されて残らないとの専門家の意見も考慮すると,5点の衣類及び被害者着衣に血液由来のDNAが付着し残存しているとしても,極めて微量でかつ変性・劣化している可能性が高く,また,本件試料が外来DNAに汚染されている可能性も相当程度あるものと考えられる。
やはりそういうツッコミは出ますよね。
B鑑定における本件試料のチャート図を見ると,外来DNAによる汚染を疑うべきものが複数存在し,B教授自身も本件試料の一部に外来DNAによる汚染があることを認めている。・・・微量かつ劣化した試料のDNA検査の困難性を克服しているとはいい難く,B鑑定において検出されたアリルが血液由来のものであると確定することはできないといわざるを得ない。
そりゃそうなりますよね。
原審で実施されたD教授による鑑定(以下「D鑑定」という。)は,裁判所の定めた鑑定事項に沿って行われていないという問題もある。しかし,上記2で検討したところによれば,B鑑定において検出されたアリルは,血液由来のものであるとは確定することができない上,検出されたアリルの型判定の正確性についても疑義があるといわざるを得ない。したがって,B鑑定は,DNA型により個人を識別するための証拠価値があるということはできず,5点の衣類が犯行着衣であるとの確定判決の認定に合理的な疑いを差し挟む証拠とはいえない。
え?手続きを踏んでないものが物証として採用?それは採用したら駄目でしょう。
B鑑定が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるとした点で刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があるとした原決定は,結論において正当である。
当然そうなりますよね。
5点の衣類が発見された当時の実況見分調書やE鑑定書には,血痕の色について,「濃赤色」,「濃赤紫色」,「赤褐色」等の記載があり,確定審において,複数の証人が一見して血痕であると分かった旨証言していることからすれば,少なくとも5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っていたものがあったことは否定できないから,このような血痕の色合いが1年以上みそ漬けされた血痕として不自然かどうかを検討すること自体が失当とまでいうことはできない。・・・1号タンクで製造されたみその色を正確に再現したものとはいえないとした判断に不合理な点はない。そして,みそ漬け実験報告書について,同実験で使用した赤みその色合いは,原決定が認定した1号タンクのみその色より相当濃いことは明らかであり
ん?1年味噌に使った布地についた血痕がそう簡単にわかります?同じ原材料の醤油をかけてみればすぐわかると思いますが、ありえないでしょう。
検察官が提出したF准教授の意見書の添付写真を見ると,衣類に付着させた血液の色は,遅くともみそ漬けから30日後には黒くなり,5か月後以降は赤みが全く感じられない。
ですよね。
血液の色の変化について,G教授の意見書は,血液の量や濃度,温度,湿度,日光へのばく露,貯蔵媒体のPH,水分量やアルコール含有の有無等により,どの程度の時間が経過するとどのような色調になるかについても一定せず,一,二年以上を経ても赤みが保持されていることは日常的に経験されるとしており
醸造中のみその中で起こる褐変反応であるメイラード反応が,5点の衣類に付着した血痕の色に影響を及ぼす可能性のある要因として初めて主張された。H教授の意見書は,みその色が醸造中に濃くなるのはメイラード反応によるものであり,糖とアミノ酸が縮合して窒素配糖体が生ずることから始まり,アマドリ転位生成物が形成され,ケトアルデヒドが生じ,これがたんぱく質のポリペプチド鎖に重合し,メラノイジンという褐色物質が生ずること,みそ原料の大豆が多量のたんぱく質を含み,メイラード反応が進行する条件が整っていること,血液もたんぱく質により構成されたものであるから,みそ漬けされた血液にもメイラード反応が起こり得ること,
専門家の間でもかなり違う結果が出たようです。
1号タンクのみそについて,メイラード反応の進行の程度を的確に推測する資料がないとしながら,みその色だけを根拠に,メイラード反応がさほど進行していなかったことがうかがわれるとしたものであって,その推論過程に疑問があり,
原決定の上記判断は,みそ漬けされた血液の色調に影響を及ぼす要因,とりわけみそによって生ずる血液のメイラード反応に関する専門的知見について審理を尽くすことなく,メイラード反応の影響が小さいものと評価した誤りがある。このことは5点の衣類に付着した血痕に赤みが全く残らないはずであるとは認められないとの原決定の判断に影響を及ぼした可能性があり,審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
5人中3人が賛成し、2人が反対意見となりました。あまりにも長いので補足意見は次回に回します。
令和2年12月22日 最高裁判所第三小法廷 決定 その他 東京高等裁判所
再審請求を棄却した原決定に審理不尽の違法があるとされた事例
いわゆる袴田事件です。
NHKの報道です。
袴田巌さん(84)は、昭和41年に今の静岡市清水区でみそ製造会社の役員の一家4人が殺害された事件で、死刑が確定しましたが、無実を訴えて再審を申し立てています。
平成26年に静岡地方裁判所が、事件の1年余り後に会社のみそのタンクから見つかった犯人のものとされる衣類の血痕のDNA型が袴田さんのものとは一致しなかったという鑑定結果などをもとに再審を認める決定をした一方、おととし、東京高等裁判所は「DNA鑑定の信用性は乏しい」として再審を認めず、弁護団が特別抗告していました。
最高裁判所第3小法廷の林道晴裁判長は、衣類の血痕のDNA鑑定について「衣類は40年以上、多くの人に触れられる機会があり、血液のDNAが残っていたとしても極めて微量で、性質が変化したり、劣化したりしている可能性が高い。鑑定には非常に困難な状況で証拠価値があるとはいえない」として、弁護側の主張を退けました。
一方で、衣類に付いた血痕の色の変化について「1年余りみそに漬け込まれた血痕に赤みが残る可能性があるのか、化学反応の影響に関する専門的な知見に基づいて審理が尽くされていない」として、23日までに再審を認めなかった東京高裁の決定を取り消し、高裁で再び審理するよう命じる決定をしました。
一方、決定では、5人の裁判官が、3対2で意見が分かれています。
2人の裁判官は反対意見の中で、DNA鑑定などを新証拠と認め、血痕が袴田さんのものではないという重大な疑いが生じているとして、再審を認めるべきだとしています。
事実認定を見ていきます。
Aは,昭和41年6月30日午前1時過ぎ頃,静岡県清水市(当時)所在のみそ製造販売会社専務であった男性の居宅に侵入して金員を物色中,同人に発見されるや金員強取の決意を固め,殺意をもって,所携のくり小刀で同人の胸部等を突き刺し,物音に気付いて起きてきた同人の妻,長男,次女の頸部等をそれぞれくり小刀で突き刺し,店の売上金等を強取した上,さらに,上記4名を住居もろとも焼いてしまおうと考え,混合油を4名の身体に振りかけてマッチで点火して放火し,よって4名を殺害して金員等を強取するとともに住宅1棟を焼損した。
Aは,同年8月18日,本件で逮捕され,同年9月9日に起訴された。第1審の公判が続いていた昭和42年8月31日,同社みそ製造工場において,従業員が1号タンクの仕込みみその搬出作業中,タンク底部から麻袋に入った5点の衣類(白ステテコ,白半袖シャツ,ネズミ色スポーツシャツ,鉄紺色ズボン,緑色パンツ)を発見した。
第2 B鑑定について
1 B鑑定は,5点の衣類から採取した試料のほか被害者着衣から採取した試料から血液細胞を他の細胞と分離して抽出するという細胞選択的抽出法を採用した上でDNA型鑑定を実施し,STR型検査によって検出されたアリルの多くが血液由来のアリルであり,白半袖シャツの右肩部分に付着した血液のDNA型がAのDNA型と一致しないなどとするものである。
原々決定は,B鑑定が信用できるとし,その根拠として,5点の衣類及び被害者着衣の本件試料を採取した部位以外の部位から採取した試料(以下「対照試料」という。)からアリルが検出されなかったこと,本件試料には血液が付着している蓋然性が認められること,PCR増幅回数が28回でありアリルドロップインの可能性が低いこと,外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,細胞選択的抽出法を用いてDNA抽出を行ったことを挙げた。
みそ製造タンクの中に入れてあった衣類についた血痕を証拠としたのですよね。血液はタンパク質ですから、変質していると思うのですが。さらに昭和41年の技術で?
血液をみそ漬けにすると血液中のDNAの分解が進むとの実験結果や,DNAは高熱で処理されると分解されて検出困難になり,炭化すると分解されて残らないとの専門家の意見も考慮すると,5点の衣類及び被害者着衣に血液由来のDNAが付着し残存しているとしても,極めて微量でかつ変性・劣化している可能性が高く,また,本件試料が外来DNAに汚染されている可能性も相当程度あるものと考えられる。
やはりそういうツッコミは出ますよね。
B鑑定における本件試料のチャート図を見ると,外来DNAによる汚染を疑うべきものが複数存在し,B教授自身も本件試料の一部に外来DNAによる汚染があることを認めている。・・・微量かつ劣化した試料のDNA検査の困難性を克服しているとはいい難く,B鑑定において検出されたアリルが血液由来のものであると確定することはできないといわざるを得ない。
そりゃそうなりますよね。
原審で実施されたD教授による鑑定(以下「D鑑定」という。)は,裁判所の定めた鑑定事項に沿って行われていないという問題もある。しかし,上記2で検討したところによれば,B鑑定において検出されたアリルは,血液由来のものであるとは確定することができない上,検出されたアリルの型判定の正確性についても疑義があるといわざるを得ない。したがって,B鑑定は,DNA型により個人を識別するための証拠価値があるということはできず,5点の衣類が犯行着衣であるとの確定判決の認定に合理的な疑いを差し挟む証拠とはいえない。
え?手続きを踏んでないものが物証として採用?それは採用したら駄目でしょう。
B鑑定が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるとした点で刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があるとした原決定は,結論において正当である。
当然そうなりますよね。
5点の衣類が発見された当時の実況見分調書やE鑑定書には,血痕の色について,「濃赤色」,「濃赤紫色」,「赤褐色」等の記載があり,確定審において,複数の証人が一見して血痕であると分かった旨証言していることからすれば,少なくとも5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っていたものがあったことは否定できないから,このような血痕の色合いが1年以上みそ漬けされた血痕として不自然かどうかを検討すること自体が失当とまでいうことはできない。・・・1号タンクで製造されたみその色を正確に再現したものとはいえないとした判断に不合理な点はない。そして,みそ漬け実験報告書について,同実験で使用した赤みその色合いは,原決定が認定した1号タンクのみその色より相当濃いことは明らかであり
ん?1年味噌に使った布地についた血痕がそう簡単にわかります?同じ原材料の醤油をかけてみればすぐわかると思いますが、ありえないでしょう。
検察官が提出したF准教授の意見書の添付写真を見ると,衣類に付着させた血液の色は,遅くともみそ漬けから30日後には黒くなり,5か月後以降は赤みが全く感じられない。
ですよね。
血液の色の変化について,G教授の意見書は,血液の量や濃度,温度,湿度,日光へのばく露,貯蔵媒体のPH,水分量やアルコール含有の有無等により,どの程度の時間が経過するとどのような色調になるかについても一定せず,一,二年以上を経ても赤みが保持されていることは日常的に経験されるとしており
醸造中のみその中で起こる褐変反応であるメイラード反応が,5点の衣類に付着した血痕の色に影響を及ぼす可能性のある要因として初めて主張された。H教授の意見書は,みその色が醸造中に濃くなるのはメイラード反応によるものであり,糖とアミノ酸が縮合して窒素配糖体が生ずることから始まり,アマドリ転位生成物が形成され,ケトアルデヒドが生じ,これがたんぱく質のポリペプチド鎖に重合し,メラノイジンという褐色物質が生ずること,みそ原料の大豆が多量のたんぱく質を含み,メイラード反応が進行する条件が整っていること,血液もたんぱく質により構成されたものであるから,みそ漬けされた血液にもメイラード反応が起こり得ること,
専門家の間でもかなり違う結果が出たようです。
1号タンクのみそについて,メイラード反応の進行の程度を的確に推測する資料がないとしながら,みその色だけを根拠に,メイラード反応がさほど進行していなかったことがうかがわれるとしたものであって,その推論過程に疑問があり,
原決定の上記判断は,みそ漬けされた血液の色調に影響を及ぼす要因,とりわけみそによって生ずる血液のメイラード反応に関する専門的知見について審理を尽くすことなく,メイラード反応の影響が小さいものと評価した誤りがある。このことは5点の衣類に付着した血痕に赤みが全く残らないはずであるとは認められないとの原決定の判断に影響を及ぼした可能性があり,審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
5人中3人が賛成し、2人が反対意見となりました。あまりにも長いので補足意見は次回に回します。
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