燐光群「くじらと見た夢」、名古屋公演を終え、本隊は、伊丹に入っております。
あす15日(金)から17日(日)まで、AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)での公演です。
私たちは毎年、師走は、伊丹なのです。
なんせ、関西はくじらを食べてきた土地柄。
そして、劇中に登場するイルカを捕るための「パチンコ」は、兵庫の業者が開発し、沖縄の名護に持ち込んだものです。
その会社はなんと四半世紀以上前に「クジラの解体ショー」を盛んにやっていたと言います。
びっくりです。
お見逃しなく。
写真は、秋定史枝。
関西出身です。旅に出る前の稽古のとき、いつになく楽しそうでした。
劇団という場所はときに、自分の仕事に出会ったという手応えがあると、すべてが報われる気がします。
撮影・姫田蘭。
続いて来週、岡山公演もいたします。
そちらの情報も御覧ください。
………
ふたつの海。
クジラのいる海、いない海。
でも忘れちゃいけない。
海はひとつ。
必ずどこかで繋がってる。
燐光群創立35周年記念公演 VOL.1
────────────
燐光群『くじらと見た夢』
作・演出○坂手洋二
http://rinkogun.com/
────────────
国際的な捕鯨問題と日本社会の現状をリアルに描く、鯨捕りに携わる家族たちの「伝承」と「共存」の物語。
佐々木梅治 Benjamin Beardsley 円城寺あや 南谷朝子
中山マリ 鴨川てんし 川中健次郎 猪熊恒和 大西孝洋
杉山英之 東谷英人 武山尚史 山村秀勝 樋尾麻衣子
宗像祥子 田中結佳 秋定史枝 橘麦 中瀬良衣
【伊丹公演】
12月15日(金)19:00
12月16日(土)14:00/19:00
12月17日(日)14:00
AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
伊丹市伊丹2-4-1
JR伊丹駅西へ徒歩1分
阪急伊丹駅東へ徒歩約10分
http://rinkogun.com/kujira_to_mita_Itami.html
全席指定 一般前売料金3500円
大学・専門学校生/U-25(25歳以下) ¥2,500 高校生以下 ¥1,500
もございます。※当日受付にて証明書を提示いただきますようお願いいたします。
【岡山公演】
12月19日(火)19:00
岡山市立市民文化ホール
岡山市中区小橋町1-1-30
路面東山行「小橋」下車徒歩1分
全席自由席 18:00より整理券を発行します。
客席開場前にロビーで整理券の番号順にお並び頂き、18:30よりその順にご入場頂きます。
一般前売 2,700円 当日3,000円
大学生以下 1,500円 ※当日受付にて証明書を提示いただきますようお願いいたします。
http://rinkogun.com/kujira_to_mita_Okayama.html
……………………………………
新作『くじらと見た夢』、パンフレットに掲載したご挨拶文です。
沖縄でのイルカ(ヒートゥー、ピトゥ)漁は、伝統的なものとして知られているが、戦後の一時期、名護西岸で本格的な捕鯨をしていたことを、最近になって本格的に調べた。十五年近くにわたって、年間数十頭のザトウクジラを捕っていたのだ。昭和二十六年、「戦後初めての捕鯨」と思しき漁にも参加した、八三歳で現役を誇るイルカ撃ち漁師の一家にも、詳しく話を聞いた。
名護東岸、島の反対側に位置する海では、米軍基地キャンプ・シュワブに、普天間基地代替施設としての空港建設が強行されようとしている。この劇の上演が始まる週、大浦湾を埋め立てる石材の、海上輸送による大量投入が始まった。
イルカ漁の豊かな歴史を抱く平和な名護漁港と、米軍基地に占拠された辺野古。同じ名護市なのに、海の風景は、西岸と東岸で、まったく違うのだ。
昨冬、かつて『くじらの墓標』を書くため訪れた捕鯨村・鮎川を、震災後には初めて、再訪した。津波の猛威を受けた町並みはすっかりなくなってしまったが、捕鯨は変わらず続けられていた。
『南洋くじら部隊』の舞台、レンバダ島の捕鯨村ラマレラを、久しぶりに訪れた。電気も電話も貨幣経済もなかった暮らしは近代化の洗礼を浴び、変わってしまった。それでも漁師たちはクジラを捕り続けている。
そして、映画『ザ・コーブ』等によってイルカ漁が国際的な非難を浴びた和歌山・太地に、初めて行った。捕鯨反対運動は沈静化していたが、それとは無関係に、人々は未来を見つめていた。午後から夕方にかけて漁協の退職者たちが集う溜まり場で、九〇歳の元クジラ捕りに話を聞いた。かくしゃくとして、見たところ七十過ぎにしか見えない元気な人で、全世界を股にかけた捕鯨最盛期の話は、圧巻だった。
名護の八三歳、太地の九〇歳との出会いは、収穫だった。
まだだ。
まだ間に合う。
戦争・戦後の時代と、今を生きる人たちを繋ぐ、海の物語を描くことができる。そう思った。捕鯨に携わる家族たちの「伝承」と「共存」の物語が、くっきりと浮上してきた。
これほどさまざまな場所を取材し、あらゆる人々に会ったことはない。四半世紀のあいだ抱えてきた「クジラ」というテーマと、逃れようもなく関わってきた沖縄のことが、このように出会う、宿命。
おそらく今までで一番多く溢れる情報を相手に、井上ひさしさんがよく言っておられた「小説はどんなに長く書いても許されるが、戯曲はどうしても二時間半に収めなければならない」という困難が、立ち塞がった。
しんどい作業に共に立ち向かう仲間たちに、支えられた。そのありがたさ、豊かさに、これほど感謝し、教わった現場も、ない。
クジラを捕ることと演劇を作るという営為は、やはりどこか似ている。
(『くじらと見た夢』当日パンフレットより)
あす15日(金)から17日(日)まで、AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)での公演です。
私たちは毎年、師走は、伊丹なのです。
なんせ、関西はくじらを食べてきた土地柄。
そして、劇中に登場するイルカを捕るための「パチンコ」は、兵庫の業者が開発し、沖縄の名護に持ち込んだものです。
その会社はなんと四半世紀以上前に「クジラの解体ショー」を盛んにやっていたと言います。
びっくりです。
お見逃しなく。
写真は、秋定史枝。
関西出身です。旅に出る前の稽古のとき、いつになく楽しそうでした。
劇団という場所はときに、自分の仕事に出会ったという手応えがあると、すべてが報われる気がします。
撮影・姫田蘭。
続いて来週、岡山公演もいたします。
そちらの情報も御覧ください。
………
ふたつの海。
クジラのいる海、いない海。
でも忘れちゃいけない。
海はひとつ。
必ずどこかで繋がってる。
燐光群創立35周年記念公演 VOL.1
────────────
燐光群『くじらと見た夢』
作・演出○坂手洋二
http://rinkogun.com/
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国際的な捕鯨問題と日本社会の現状をリアルに描く、鯨捕りに携わる家族たちの「伝承」と「共存」の物語。
佐々木梅治 Benjamin Beardsley 円城寺あや 南谷朝子
中山マリ 鴨川てんし 川中健次郎 猪熊恒和 大西孝洋
杉山英之 東谷英人 武山尚史 山村秀勝 樋尾麻衣子
宗像祥子 田中結佳 秋定史枝 橘麦 中瀬良衣
【伊丹公演】
12月15日(金)19:00
12月16日(土)14:00/19:00
12月17日(日)14:00
AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
伊丹市伊丹2-4-1
JR伊丹駅西へ徒歩1分
阪急伊丹駅東へ徒歩約10分
http://rinkogun.com/kujira_to_mita_Itami.html
全席指定 一般前売料金3500円
大学・専門学校生/U-25(25歳以下) ¥2,500 高校生以下 ¥1,500
もございます。※当日受付にて証明書を提示いただきますようお願いいたします。
【岡山公演】
12月19日(火)19:00
岡山市立市民文化ホール
岡山市中区小橋町1-1-30
路面東山行「小橋」下車徒歩1分
全席自由席 18:00より整理券を発行します。
客席開場前にロビーで整理券の番号順にお並び頂き、18:30よりその順にご入場頂きます。
一般前売 2,700円 当日3,000円
大学生以下 1,500円 ※当日受付にて証明書を提示いただきますようお願いいたします。
http://rinkogun.com/kujira_to_mita_Okayama.html
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新作『くじらと見た夢』、パンフレットに掲載したご挨拶文です。
沖縄でのイルカ(ヒートゥー、ピトゥ)漁は、伝統的なものとして知られているが、戦後の一時期、名護西岸で本格的な捕鯨をしていたことを、最近になって本格的に調べた。十五年近くにわたって、年間数十頭のザトウクジラを捕っていたのだ。昭和二十六年、「戦後初めての捕鯨」と思しき漁にも参加した、八三歳で現役を誇るイルカ撃ち漁師の一家にも、詳しく話を聞いた。
名護東岸、島の反対側に位置する海では、米軍基地キャンプ・シュワブに、普天間基地代替施設としての空港建設が強行されようとしている。この劇の上演が始まる週、大浦湾を埋め立てる石材の、海上輸送による大量投入が始まった。
イルカ漁の豊かな歴史を抱く平和な名護漁港と、米軍基地に占拠された辺野古。同じ名護市なのに、海の風景は、西岸と東岸で、まったく違うのだ。
昨冬、かつて『くじらの墓標』を書くため訪れた捕鯨村・鮎川を、震災後には初めて、再訪した。津波の猛威を受けた町並みはすっかりなくなってしまったが、捕鯨は変わらず続けられていた。
『南洋くじら部隊』の舞台、レンバダ島の捕鯨村ラマレラを、久しぶりに訪れた。電気も電話も貨幣経済もなかった暮らしは近代化の洗礼を浴び、変わってしまった。それでも漁師たちはクジラを捕り続けている。
そして、映画『ザ・コーブ』等によってイルカ漁が国際的な非難を浴びた和歌山・太地に、初めて行った。捕鯨反対運動は沈静化していたが、それとは無関係に、人々は未来を見つめていた。午後から夕方にかけて漁協の退職者たちが集う溜まり場で、九〇歳の元クジラ捕りに話を聞いた。かくしゃくとして、見たところ七十過ぎにしか見えない元気な人で、全世界を股にかけた捕鯨最盛期の話は、圧巻だった。
名護の八三歳、太地の九〇歳との出会いは、収穫だった。
まだだ。
まだ間に合う。
戦争・戦後の時代と、今を生きる人たちを繋ぐ、海の物語を描くことができる。そう思った。捕鯨に携わる家族たちの「伝承」と「共存」の物語が、くっきりと浮上してきた。
これほどさまざまな場所を取材し、あらゆる人々に会ったことはない。四半世紀のあいだ抱えてきた「クジラ」というテーマと、逃れようもなく関わってきた沖縄のことが、このように出会う、宿命。
おそらく今までで一番多く溢れる情報を相手に、井上ひさしさんがよく言っておられた「小説はどんなに長く書いても許されるが、戯曲はどうしても二時間半に収めなければならない」という困難が、立ち塞がった。
しんどい作業に共に立ち向かう仲間たちに、支えられた。そのありがたさ、豊かさに、これほど感謝し、教わった現場も、ない。
クジラを捕ることと演劇を作るという営為は、やはりどこか似ている。
(『くじらと見た夢』当日パンフレットより)