渡辺美佐子さんとご一緒させていただくさい、ふとしたことから彼女がこれまで仕事をしてきた先輩たちとの繋がりを感じることがあるが、今回はひときわそれが多い気がする。 今回特に多いのは、井上ひさしさんと斎藤憐さんである。 稽古中に安田純平氏が解放されたが、彼が十四年前にも拘束され解放されたとき、私も関わったその帰国報 告集会で、ファルージャの女性の手記を朗読したのが美佐子さんであり、「安田氏らこそが自己責任を果たし ている」という講演をしてくれたのが井上さんだった。舞台袖でもいっぱい喋った。
『サイパンの約束』での、海外を舞台にしている故の国籍喪失者の話の感じが不意に『上海バンスキング』を思い起こさせる瞬間があった。 斎藤憐さんは『サイパンの約束』が幕を開ける杉並区立の劇場「座・高円寺」の初代館長である。劇作家協会と 杉並区がパートナーシップ協定を結んだこの劇場がオープンしたのは、私が協会会長だった十年前。憐さん や劇作家協会の仲間と作ったNPO「劇場創造ネットワーク」がこの劇場の指定管理団体である。十周年。そ のことにも様々な思いが去来する。 井上さんが美佐子さんに書き下ろした『化粧』も、東京最後の数回の上演は、この劇場でだった。
「座・高円寺」は地下に稽古場がある。仕込日にも、一階の劇場でセットが作られてゆく舞台のことを確認しな がら、合間に階下に降りて部分的な稽古を行うことができる。今回も美佐子さんと間宮啓行さんお二人の場 面を、出演者と演出助手と四人だけであたっていたのだが、微妙な修正のたびいろいろと異なる演技を繰り 出してくる間宮さんが、一瞬、「演じ分けの天才」と呼ばれた草野大悟さんのように見えてきたりした。美佐子 さん大悟さんが初演に出ていた『グレイクリスマス』は、憐さんの代表作の一つである。私はこの初演を見損 ねているが、憐さんから聞かされた逸話が幾つもあり、なんだかすっかり観たような気になっている。 この劇には、「サイパン劇場」という、劇場の場面があり、美佐子さん演ずる少女が生まれて初めて舞台に立っ て観客席を見つめるシーンがある。それは彼女の回想なのだが、現在と過去とも、同じように観客席の、人々 の視線を含んだ闇に、対峙する。 そんな中で思わず口にしたことでもあるが、舞台から見た観客席の闇には、時に死者たちの視線も含まれてい て、その感じというのは、彼方に広がる夜の海や深い森に似ている。現世だが、異なる時空に通じているのだ。 世阿弥の昔から、劇は霊たちと出会うためのものであり、そのように作られた場なのだと、あらためて思う。
サイパンについての劇である。語り始めれば、きりがない。あえて解説せず、そのまままるごとを観ていただ くことにしよう。 過去に幾つか沖縄についての劇を書かせていただいたが、沖縄本島を舞台とすることが多かった。最近、南西 諸島、そして今回のサイパン・テニアンと、他の南の島々について取り上げる機会を得て、あらためてこの現 実の、一筋縄ではいかない複雑さに出会っている。
美佐子さんとの仕事は、これで八回目になる。末広がりの「八」であると、いま、ある種の幸福感をもって思う ことができる。劇場という場所で、井上ひさしさんや憐さんとの繋がりを取り戻しているような気がしてい るからでもあるのだろう。
どうやら演劇がある限り、私たちは孤独ではない。
写真右端=渡辺美佐子
続けて、右より、中山マリ、咲田とばこ、和田美沙、樋尾麻衣子
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明日は岡山公演です。
12月11日(火)午後7時 開演 岡山市立市民文化ホール
受付開始○開演の60分前 客席開場○開演の30分前
※受付開始時より整理券を発行し、客席開場時にその番号順にご入場頂きます。
全席自由 前売 2,700円 当日 3,000円 大学生以下1,500円
※大学生以下は要証明書提示。おかやま燐光群を観る会と燐光群でのみ取り扱い。
http://rinkogun.com/Saipan_Okayama.html