御朱印を集め出して数年経ちます。もうすでに70以上の御朱印をいただいている。特に4年前は全国へき地教育連盟の副会長だった事もあって、東京、鎌倉、高知、石巻等の寺社の御朱印をいただくことができました。また、一昨年孫1号の夏休みの自由研究で秋田霊場33観音巡りにも付き合わされたので、この数になっています。
御朱印集めがブームになっていますが、その由来を知らないで集めている人が多いです。私の周りにも御朱印を集めることに夢中になっている先生が何人かおります。
御朱印はもともと、崇敬者が寺や神社に写経を納めた時に、その証としていただいていたものです。しかし写経は巻数が多く、持ち歩くのが難しくなったことから巻のうちの一部だけを奉納するようになりました。写経そのものではなく、写経をしたということを証明する納経札というもので代用したこともあったようです。時代が下っていくと写経を納めるというよりは、寺社をお参りした証として御朱印をいただくようになりました。
御朱印を受ける意味は、もう数百年も前から納経とは関係なく、寺社にお参りすることがメインになっています。そのため、参拝さえすれば御朱印は必ずしも貰わなくてもいい、ということです。「御朱印はコレクションなどという軽いものではない、もっと丁重に扱わなければならない」という論調もありますが、現代においてはコレクションに近いものとして扱っている方も多くいることは事実だといえるでしょう。寺社の側でもその空気は読み取っており、観光資源という扱いをしているところも少なくありません。
寺院の御朱印は複数の印と複雑な文字のために、価値が高いと感じる方が多いようです。
中には見開き2ページを使って文字と絵を描く手間のかかるものや、御本尊や御祭神の名だけでなく和歌を書いたりする場合もあります。御本尊・御祭神の御朱印以外にも、境内の小さな祠や限定公開の仏さまなどの御朱印を行っている場合もあります。神社の御朱印は、特に伊勢神宮に代表されるようにシンプルなものが多い傾向があります。
これは印のほうが重要であり、その印を墨で汚してはいけないという考え方があるからです。
最近は寺院の派手さに引っ張られて、神社でも寺院風の御朱印が増えてきています。
どちらにしても御朱印は「参拝の証」ですから、たくさん書いてあるから価値が高いとか、ありがたいという物ではありません。ご自身が仏さま神さまに参拝する意思があるかどうか、ちゃんと参拝できたかが重要なのです。
さて御朱印のスタートは修験者が全国66カ所のお寺を参拝した証がスタートです。御朱印の起源は、江戸時代の納経帳にあり、六十六部の「納経請取状(のうきょう うけとりじょう)」に行き着きます。納経帳は、六十六部から始まったもので、四国八十八ヶ所や西国三十三所の納経帳も六十六部の納経帳から派生したものです。ちなみに東北では出羽の国、今の山形県の湯殿山神社がそれに当たります。鎌倉時代にはすでに66部は存在していました。江戸時代になると四国88カ所など巡礼が庶民の中にも広まっています。
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このように御朱印はただのコレクションではないのです。でも、たくさんの霊場を回っていると心が浄化されます。