こむら返りの漢方治療法
こむら返りに対しては、「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」という漢方薬が非常に効果的です。芍薬と甘草の成分が筋肉の痙攣を鎮める働きを持ち、体力を問わず誰でも使用できる点が特徴です。
この漢方薬は即効性があるため、こむら返りが発生した際にすぐに服用することが推奨されています。夜間にこむら返りを起こしやすい方は、寝室に常備しておくと便利です。
芍薬甘草湯の使用時の注意事項
過去に漢方薬の服用でむくみを経験した方や、心臓に持病がある方は、芍薬甘草湯の使用は避けるべきです。
マラソン大で30kmを超えたあたりで自分はいつも足が痙攣してしまいます。大会前に行きつけのお医者さんに処方してもらいます。
漢方薬は消費期限があるので古くなった薬は効かないそうです。よってAmazonでも購入可能ですが、医者に処方してもらうのがいいです。しかも結構市販のものは高い!
寝ていて攣るというS先生ですが、潜在的な疾患が原因である可能性があります。特に糖尿病や閉塞性動脈硬化症といった病気が関連していることがあり、中高年の方では、動脈硬化や持病の薬の副作用が原因でこむら返りが起こることも考えられます。なんちゃって!
今度自転車で長距離ライドをするので、芍薬甘草湯を処方してもらいます。
八塩山登山でしたが、コロナ禍以降初めて登山履を履きました。八塩山は何度も登っていますがとても楽しい遠足になりました。
今朝は筋肉痛もなく元気です。
今朝は横手に来ています。時間があったので、本多正純の墓を尋ねてみました。
本多正純の転封と最期について
本多正純は、徳川家康の側近として活躍し、その子・秀忠からも信頼されていた人物です。しかし、晩年は出羽の国へと転封となり、不遇のうちに生涯を閉じました。
正純が転封になった主な理由は、以下の二つが挙げられます。
- 宇都宮城の普請問題: 秀忠が日光東照宮へ参拝の際、宇都宮城に宿泊する予定があったため、正純は城の普請を行わせました。しかし、この普請に不備があるという密告が秀忠に届き、これが転封の引き金となったと言われています。
- 権勢に対する周囲の嫉み: 正純は家康・秀忠から厚く信頼されており、その権勢は周囲からの嫉みを買っていました。転封は、こうした嫉みによって引き起こされたという見方もできます。
1622年の最上改易で空いた出羽国へ正純は減転封となります。それに不服だった正純は不服申し立てをして,秀忠の逆鱗に触れ改易となって佐竹預かりとなります。
正純は、出羽国の横田城の一角で、不遇のうちに生涯を閉じました。晩年は、かつての栄光を懐かしみながら、静かに余生を送ったと伝えられています。
補足
- 正純は、転封になった後も、自分の潔白を訴え続けました。しかし、その願いは叶うことはありませんでした。
- 正純の転落は、権力闘争の悲劇として、後世に語り継がれています。
まとめ
本多正純は、徳川家康・秀忠の側近として活躍した人物ですが、晩年は宇都宮城の普請問題や周囲の嫉みなどが原因となり、出羽の国へと転封になりました。そして、不遇のうちに生涯を閉じました。正純の生涯は、栄光と転落のドラマとして、人々の心に深く刻まれています。
権力を持ちすぎた結構です。