鉄道の廃線跡のルートを高速道路に転用した例を先日の記事に書いたが、現場検証に行って来た。 以下、先日の記事を再掲。
京都駅から東海道本線上りは、現在は東山トンネル-山科駅-逢坂山トンネル-大津のルートだが、明治の開業時は現在のJR奈良線稲荷駅南方から東進するルートだった。
上画像で奈良線は稲荷駅から南下、名神道をくぐって府道35号をオーバーパスするが、その東側で府道35号が不自然に南側にカーブした後に名神道と併走してるのがお解りだと思う。
交差部分のアップ。 府道35号の深草谷口町交差点から北西方向に走る道路があるが、これが旧東海道本線の跡。
旧線はここから東へカーブして現在の府道35号を進み、現在は名神道となったルートで大津まで走ってた。 ←ここまでが再掲記事。
上画像の深草谷口町交差点から北西方向を撮影。
進むと名神道にぶつかる。 名神道をくぐったあと、道なりに進むとJR奈良線稲荷駅。
駅前の道は北行き一方通行1.5車線の狭路。 日曜日なので、駅前の伏見稲荷大社への観光客で大混雑。
駅構内には準鉄道記念物のレンガ造りのランプ小屋。 明治時代に石油ランプや石油の保管庫として使用されてた。
この辺りの鉄道敷設事情はかなり複雑である。 現在の路線図。
上画像で、先述の通り、東海道本線は元々現JR奈良線稲荷駅南方から現在の名神道ルートを東へ。
旧国鉄奈良線は、現在の近鉄京都線東寺-伏見-JR桃山駅ルートだった。
桃山駅以東と京阪宇治線が東側へ迂回しているのは、旧巨椋池を避けるため。 近鉄京都線は池の干拓後なので、真っ直ぐ南下している。
東山TN開通後、東海道本線が京都駅より東へ直進したので、旧国鉄奈良線の京都-桃山間を近鉄(当時は奈良電気鉄道)に売却。
旧国鉄は稲荷-桃山間を新たに敷設して、ほぼ現在の奈良線の姿になった。
伏見方面へ行ったついでに、大手筋商店街にある献血ルームに寄る。 いつもは京都駅前の献血ルームだが、2015年3月以来、久しぶりの訪問。
近くの鴨川沿いの疎水。
かつては大阪から淀川-伏見港・三十石船の水運路。
坂本龍馬襲撃事件の寺田屋の近くだが、当時の建屋ではない(焼失後に復元された)。 詳細は2015年3月の記事に書いたので割愛する。
廃線跡ネタの続き。 R24近鉄伏見駅東方の加賀屋敷町交差点を南下した【棒鼻】交差点。
ここから南と南南西に分岐する細い道があるが、左側は北行一方通行・右側は南行一方通行。
棒鼻交差点を北へ合流する地点。 赤いクルマが出て来た北行一方通行道路は、もと京都市電伏見線専用軌道だった。
狭そうに見えるが、(実際1.5車線くらい) ここを複線で!市電が現在の京阪電鉄中ノ島駅まで通っていた。
途中にある疎水を渡る橋を東側の道路より撮影。
市電運行時のネット画像を拝借。
水路は変わってしまったが、現在の道路の橋桁と当時の線路下の橋桁(デッキガーダー)と、左岸の石造りの法面がかろうじて当時の面影を残している。
北上してJR奈良線京都-東福寺間の鴨川橋梁をくぐり、京都駅前に出る。
前回と前々回ツーリングの給油トリップ479.6km 給油量8.51L 燃費56.36km/L。 前回雨に降られたので、グローブとシューズにニベアクリームでお手入れw
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