デヴィッド・フィッシャー『スエズ運河を消せ』を読む。
第二次大戦のイギリス軍をあつかった物語だが、皆さまは戦争ものの主人公といえば、どんな人物を思い浮かべるであろうか。
ナポレオンのような英雄や、諸葛孔明のような天才軍師。
『レッド・バロン』のような手練れの戦闘機乗りか、はたまた『硫黄島からの手紙』のような名も無き一兵卒とか。
いやいや、この『スエズ運河を消せ』に出てくるのは、そんな軍人らしい軍人ではありません。
これがまあ突飛も突飛で、なぜにてこんなもんが戦場にと首をひねるものなのだ。
その正体は、なんとマジシャン。
クルセイダー戦車でもなく、スピットファイアでもなく、手品師が、そのあざやかなトリックでドイツ軍と戦うのだというのだから、なんとも驚きだ。
こっちでいえば、マリックさんが日本海海戦で、バルチック艦隊をやっつけるようなものであろうか。
ものが手品だけに大ハッタリというかケレン味たっぷりというか、あらすじ読んだときにはどう考えても創作の小説かと思ったものだが、これがノンフィクションというのだから恐れ入るではないか。
主人公ジャスパー・マスケリンは、イギリスで活躍する人気奇術師。
ドイツとの戦争が勃発すると、愛国心あふれる彼は「祖国のために、いざ!」と志願するが、兵役検査で、
「手品師なんかが、戦場でなにすんねん」
けんもほろろに、かつ実にまっとうな理由で、あしらわれてしまう。
だが、打倒ドイツに燃えるジャスパーはさすがは芸人というか、口八丁手八丁で、
「いかにマジックが、戦場でのカモフラージュ工作に役立つか」
を熱心にプレゼンしまくり、ついには日参が実って入隊OKの返事をもらうことに成功するのだ。
とはいえ、さすが百戦錬磨のイギリス軍も、熱意だけはあふれまくる
「手品のうまいオッチャン」
これをどうあつかっていいかわからず、暫定的に
「イギリス陸軍工兵隊カモフラージュ訓練開発部隊」
なるものに放りこむことにする。
この部隊、名前は大層であるが、実際には使い道の見つからない兵士の吹きだまりであり、そのメンツというのも、
婦人服デザイナー
画家
彫刻家
動物の擬態専門家
サーカス団のマネージャー
動物学者
美術マニア
舞台装置家
宗教美術の修復士
ステンドグラス職人
電気技術士
シュールレアリズムの詩人(!)
などなど、兵隊というよりも大阪芸術大学のOBみたいなのがズラリ。
この連中がまたそろいもそろってスットコで、敬礼も行進もロクにできず、上官からも匙を投げられる逆フルメタルジャケット状態。
英軍は各地で、最強ドイツ軍に押されまくって大苦戦中なのに、ここだけ町のお祭りみたいなノリで、なんだかものすごく楽しそうなのだった。
その中から、厳選して選ばれたジャスパーの仲間というのが、
心優しき大学教授で、つっこみ役のフランク。
若くて血気盛んな、実行部隊のマイケル。
大工仕事ならまかせろの職人ネイルズ。
カモフラージュに必要な絵を描く、陽気なマンガ家ビル。
妻との不仲に悩む影のある男フィリップは色彩のエキスパート。
規則を重んじながらも、いつしか「はみ出し部隊」になじんでいく軍曹のジャック。
こうして並べると、思わず
「我ら九人の戦鬼!」
とでも大見得を切りたくなるが、こういった「スペシャリスト」たちの集団というのが、実に少年マンガ的に燃えるシチュエーションではある。
これ名づけて「カモフラージュ実験分隊」。
ところが人生はわからないもので、この戦場ではお荷物必至の
「ボンクラ帝国軍」
が目を見張る大活躍を見せ、北アフリカ戦線をはじめとするイギリス軍の勝利になくてはならない存在となるのだ。
(続く→こちら)