「近藤誠也の、あの顔やね」
という出だしから、前回は第3回アべマトーナメント決勝で見せた近藤誠也七段の表情が、亡くなった村山聖九段を思い起こさせることを書いた。
ここではふだん、先日紹介した中村修九段の若手時代に見せた将棋のような(22歳のとき!)ヴィンテージマッチを紹介しているが(→こちら)、もちろん今の将棋もあれこれ観戦している。
せっかく今の若手の話をしたので、今回はその近藤誠也の将棋を見てみることにしようということで、2018年の第59期王位リーグ。
羽生善治竜王との一戦。
近藤誠也と言えばデビュー初年で、いきなり超難関の王将リーグに入るというスゴ技を見せつけた。
強豪ひしめくリーグ戦では陥落の憂き目に合うも、そこで豊島将之と羽生善治を破るという大金星を挙げる。
しかもこれによって、羽生はリーグ陥落を喰らってしまうのだから(この前いつ落ちたか思い出せないくらいだ)、新人らしく大いに「かき回した」と言えよう。
トップ棋士からすれば、若手との初戦は多少様子見の一面もあるだろうが、この場合はなかなかに痛い負け。
羽生はこういうとき、容赦ない復讐を敢行し「つぶし」にかかってくるが、果たしてこの将棋はどうか。
横歩取りから、後手の羽生もまた横歩を取りに行く積極策を見せ、激しい戦いに。
むかえたこの局面。
ネット中継で見ていたが、ここで解説のプロ同様「え?」となる。
ここは羽生の手番だから、△68銀成とすれば、次の△89飛成の詰めろで、▲88金などと受けても、△67成銀で一手一手なのだ。
一方、後手玉に詰みはないから、これで決まりのようだが、実戦は△89歩成。
△68銀成に、なにかスゴイしのぎでもあるのかと、思わずモニターにかぶりついてしまったが、なんとこれが両者ともに見落としていた筋。
近藤「うっかりしてました」
羽生「あっ。そうか、ひどいですね」
トッププロでも、こういうことがあるのだ。
ある意味、この2人の読みの波長が合っていたから起こった、ともいえるかもしれない。
椿事だったが、本譜は△89歩成から▲79金、△99と、▲88玉、△83銀、▲55桂、△51桂と進行。
『将棋世界』の解説によると、最後の△51桂では△74銀と攻防に活用すれば後手が良かったそうだが、この手で混戦になってしまったよう。
クライマックスはこの場面。
羽生玉には詰めろがかかっているため、近藤玉を詰ますか、受けに回るかの選択を迫られている。
詰ますのはむずかしそうだから、△32飛成で息長く指すのかなあと見ていたのだが、それには▲33歩のタタキが手筋で、これがまた悩ましい。
羽生は△89銀から、決然と踏みこんでいく。▲同玉に△77桂の王手。
ここが運命の分かれ道だった。
近藤誠也は秒に追われて▲78玉と逃げたが、これは地獄行きルートだった。
△89角と打って、▲77玉に△67角成から先手玉は逃げられない。
ここでは目をつぶって▲同金と取り、△88歩に▲79玉とかわせば詰みはなかった。
とはいえ、これは相当に難解、かつ危険な変化をたくさんはらんでおり、1分将棋ですべてを読みつぶすのは至難。
羽生によると、「1歩足りない」という変化があって、それが△77桂で、代わって△39飛成と追う変化。
以下、▲79金、△88歩、▲78玉、△89角、▲同金、△同竜、▲77玉。
△79竜、▲78歩、△65桂、▲66玉、△54桂、▲65玉、△55金、▲同玉、△37角、▲65玉、△64金、▲同銀、△同角成、▲56玉、△65銀、▲47玉、△49竜、▲36玉、△38竜、▲25玉。
ここで後手に1歩でもあれば、△24歩、▲同玉、△46馬という筋でピッタリ詰むのだが、まさに紙一重で先手の逃げ切り。
将棋の記事や本をおもしろく読むコツは、
「難解な変化や長い手順は、どんどん飛ばして読む」
ことだから、ザッと飛ばしていただきたいが、おもしろい変化だったので、ちょっと紹介してみた。
ということは、おそらくその他にも無数の王手の筋に、このような難解な手順が内包されているわけで、近藤誠也の若さと計算力をもってしても解明できなかった、すこぶるおもしろい終盤戦ということ。
敗れたとはいえ、最後までドキドキハラハラの大熱戦で、トップ棋士相手に十分力を見せたと言っていいだろう。
こういう将棋と気迫でもって、
「若くてイキのええのは、藤井聡太だけやないんやで!」
どんどん存在をアピールしていってほしいものだ。期待してます!
(中田功の「コーヤン流三間飛車」編に続く→こちら)