将棋 ポカやうっかりのメカニズム 羽生善治vs森下卓 1999年 第48期王将戦 第1局

2021年04月25日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 「ポカに理由はない」

 というのは将棋を見ていて、ときおり聞く言葉である。

 前回は「スーパーあつし君」こと宮田敦史七段の、驚異的な終盤術を紹介したが(→こちら)、今回はタイトルホルダーが見せたミスのお話。

 将棋というのは不思議なもので、われわれからすれば神のごとき存在であるトッププロすら、ときに信じられないウッカリが飛び出すことがある。

 そういうのを見ると、われわれ野次馬は、

 

 「不調なのかな?」

 「疲れてるんだろうな」

 「私生活に悩みがあるとか」

 

 なんて、ワチャワチャ推測してしまうが、当の本人や他の棋士の話などを聞くと、特にそういうことでもなく、やらかしたほうも、よくわかってないことも多いらしい。

 たしかに、以前あった菅井竜也八段の「角のワープ」など、理屈でははかれないウッカリ。

 

2018年の第77期B級1組順位戦。
橋本崇載八段と菅井竜也七段一戦だが、ここで先手の次の手が▲46角(!)。
もちろん、△68のと金がいるため反則なのだが、なんと橋本はこれに対して△55銀(!)。

 菅井のウッカリもすごいが、橋本も「いい手だな」と感じただけで気づかなかったというから(記録係が指摘したらしい)、その意味でも信じられないエアポケットである。

 

 ふつうに考えれば財布を落とそうが、恋人に捨てられようが、明日地球が終わろうが。

 どれほど動揺しようと、あんな手はありえないわけで、まあミスに理由なんてないことはよくわかる事例といえる。

 そこで今回は、そういった「たぶん理由なんてない」ウッカリについて。

 

 舞台は1999年、第48期王将戦

 羽生善治王将に、森下卓八段が挑戦したシリーズ。

 事件が起こったのは、第1局の序盤だった。

 

 

 先手の羽生が、▲37桂と跳ねたところ。

 相掛かりから、羽生が早々に横歩を取る積極策を見せ、高飛車にかまえる力戦形に。

 まだ駒組のなんてことない局面に見えるが、実はすでに羽生はやらかしている。

 ここからわずか3手で、ほとんど将棋は終わりなのだ。

 

 

 

 

 

 △88角成、▲同銀、△66歩で、升田幸三風に言えば「オワ」。

 角を換えて歩を突いただけで、なんとこれにて試合終了

 ▲同歩はもちろん、△34角飛車金両取りだ。

 かといって、放置して△67歩成と取られるのも、中住まいの急所中の急所を食い破られては、とても指す気にならない。

 結局、▲同歩と取るしかないが、やはり△34角が激痛。

 

 

 

 タダではないとはいえ、こんな形で飛車をめしあげられては、かなり苦しい。

 実際の形勢はともかく、気分的にはすでに先手が勝てないところだ。

 以下20手ほど指して、羽生は投げた

 不利とはいえ、ずいぶんとアッサリしたもので、△88角成に変な形だが▲同金と取れば、一応すぐには終わらなかった。
 
 また、ねばるなら、△66歩には▲同歩の代わりに、まだしも▲29飛だろう。
 
 しくじったとはいえ、これでまだ終わるまで時間がかかりそうに見えるが、あまりのバカバカしい見落としに、拍子抜けしてしまったのだろうか。

 なんにしろこの羽生のポカは、これはもう、どうにも理屈のつけようもないものであって、まさに「理由などない」の最たるではあるまいか。

 タイトル戦の初戦を、それも先手番をこんな形で落としてしまっては、さすがの羽生も苦戦をまぬがれないと思われたが、なんとこの後は、あぶなげなく4連勝して防衛

 この勝ちっぷりからして、羽生になにか原因があったとも考えにくい。

 やはりポカというのは理由がなくて、見ている方は首をひねるしかないのであった。

 

 (郷田真隆の大トン死編に続く→こちら

  

コメント (2)
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