明日はサン・ジョルディの日なので、おめでとう。
と言ったところで、地球人のほとんどが
「はあ?」
であろうから、ここに説明すると、明日4月23日はスペインのカタルーニャ地方で
「サン・ジョルディの日」
といい、大事な人に、あるプレゼントをあげる日なのである。
お正月にはお年玉、バレンタインにはチョコレートのように、記念日といえばプレゼントがつきもの。
では、このサン・ジョルディの日に、なにをあげればいいのかと問うならば、これが本なのである。
本を贈る日。
私のような、部屋の紙含有率が異様に高い読書野郎からすると、なんともありがたい日。
同時に、だれかにおもしろい物語を教えてあげられるのも、文化系人間の大きなよろこびともいえる。
そう考えると、なかなかステキな気もするが、問題なのは、このサン・ジョルディの日の知名度。
お盆やクリスマスといった、一般になじみのあるイベントと比べると、どうにもインパクトが弱いのである。
いや、弱いなんてもんじゃない。世間ではほとんどというか、まったく知られていない。
ものの本には、
「出版業界が広めようと努力しているが、いまひとつ成果があがらない」
なんて書かれていたが、まったくその通り。
あの日本人には、まったくなじみがないハロウィンですら、もはや原型をとどめていないとはいえ、今ではすっかり定着してしまった。
なのに、サン・ジョルディの日ときたらサッパリ。
まさに、
【「サン・ジョルディの日」街頭アンケート採ったら、知名度ゼロを叩き出す説】
とかで、ネタにされそうなほどではないか。
まあ、それはしょうがないかなあとは思う。
本を贈るというのは、なんとなく地味だし、どこかキザったらしいところがある。
それに、ある程度好みが読めて、ダメならダメで横流しとか処理のしようのあるチョコなんかと違って、本は合わないものをもらったら目も当てられない。
読むのに時間はかかるし、意外と捨てにくいし、置いておくとかさばる。
つまりは、思っている以上に、贈るのにむずかしいシロモノなのだ。
私も友人に「これ、めっちゃおもろいぞ」と中谷彰宏さんの
『いい女だからワルを愛する』
とか渡されて、「どないせえっちゅうねん」といいたくなったことがあった。
自分自身でも10代のころ、好きだった女の子の誕生日に、文庫本をプレゼントして、困惑されたことがあったものだ。
バースデー・プレゼントに本。
もうこの時点で、
「おまえ、ダメだよ」
という話だが、そのとき渡した2冊が、ハヤカワSF文庫というのがまたアレである。
ちなみに、タイトルはハインラインの『夏への扉』と、フレドリック・ブラウン『火星人ゴーホーム』。
恋した女の子へのプレゼントで、『火星人ゴーホーム』を選ぶ私のセンスは実にイカしていた。
今考えると、『夏への扉』も、かなり問題の多い内容だしなあ。大反省だよ。
そんなスットコプレーなのに、きっちりとプレゼント包装までして、相手に渡した私の若さと勢いを見よ。
こういうのを、日本語では簡潔に「蛮勇」といいます。人のこと、言われへんなあ。
受け取ったときの、女の子の困ったような表情は、今でも忘れられません。
まあ、私のマヌケは別しても、
「大切な人に本を贈る」
というイベントは、考えてみれば、なんだか美しい気がしないでもない。
それこそ、アメリカあたりの、気の利いた短編小説の1シーンみたいではないか。
せっかくの絵になるイベントなので、ぜひとも日本でも定着してほしいのがサン・ジョルディの日。
微力ながら、ここに宣伝しておきたいが、今だと電子書籍になるやもしれない。
なら、amazonのギフト券とか、贈ることになるのか。
それは、なんだか興ざめかもなあ。うれしいけどね。