前回の続き。
1990年のC級2組順位戦。
先崎学五段と小倉久史四段の一戦は、三間飛車と穴熊の大激戦となった。
この将棋は特に、小倉の独特な指しまわしが印象的で、振り飛車党特有の
「なんやかやで崩れない」
という不思議な腕力が見どころのひとつだ。
▲32銀と飛車を責めたところに、△22金の受けが力強い。
▲21銀成には△33金で、▲21の成銀が遊ぶのが不本意だが、ここで▲44角成と捨てるのが先崎のひねり出した好手。
▲44角成に△32金は▲53馬。
△44同銀は▲21銀成、△同金に▲44角とさばいて先手優勢だから、小倉は▲44角成、△同銀、▲21銀成に銀を取らずに△33金とこっちの銀を支えて踏んばる。
固さを頼りに食いつこうとする先手に対し、後手も自陣飛車を打って頑強に抵抗する。
このあたりの攻防も、めったやたらにおもしろいのだが、やはり玉形の差で、少しずつ振り飛車が押され気味のように見える。
むかえた、この局面。
先手の攻めは、かなりうるさい感じ。こうなると、端を詰められている形も痛い。
穴熊ペースの終盤戦かと思いきや、ここでの3手1組の好手順でまだまだ。
△77竜、▲同銀、△35角が、小倉の腕力を見せた手順。
接近戦では働きにくい竜を捨ててからの、攻防の角打ち。
▲68歩に△53銀と取って、まだまだ戦える。穴熊の銀を一枚上ずらせたのも大きい。
序盤は定跡書や今ならAIで、終盤力は詰将棋などできたえられるが、こういう手はなかなか机上の知識では身につけにくく、やはり強い人の実戦を参考にするのがいいのだろう。
さらにもみあって、再度の自陣飛車。
このねばり強さには感嘆するしかない。負けてたまるかという執念を感じる。
▲33馬と逃げたところに△79金と置いておくのも、実戦的好手。
とにかく王手をかかる、いわゆる「見える」形にしておくのが穴熊攻略のコツである。いやあ、熱いですわ。
若手同士が、才能と勝利への執着をむき出しにした、順位戦らしいねじり合いだが、最後に抜け出したのは先崎だった。
後手が△61銀打と埋めたところだが、この局面で決め手がある。
ここで取るべき駒は、「あれ」ではなく……。
▲69飛とこちらの銀を取るのが好手。
タダで金を取れるのに、飛車銀交換に甘んじるなど損しかないところだが、△同金と攻め駒を遠ざける方が急務なのだ。
現に▲43飛成と金を取ると、△78角と強引にへばりつく筋で、先手玉は受けがむずかしい。
△79金と「見える」形にする効果が、ここであらわれており、振り飛車の常套手段である△84の香も光り輝いている。
こういう喰いつかれ方をすると、せまくて逃げ道がなく、駒を埋めるスペースも失って、穴熊の負けパターンだ。
後手は最悪、千日手に逃げられそうで、まったく油断ならない。
ところが、一回△79の金をずらされると、先手玉に王手も来ないどころか、たとえば次に△79角と打って、△88角成などしても、▲同銀の形が、やはりトン死筋どころか王手もかからない。
穴熊の深さを存分に活かした戦いぶりで、とうとう先手の勝ちがハッキリしてきた。
△69同金以下、▲52歩、△同金寄、▲53歩、△同金左、▲65桂と自然に寄せて試合終了。
……といいたいところだが、敗勢になってからの小倉の根性もまたすさまじく、先崎は「いいかげんにしろ!」とばかりに自陣に金銀をはり付け穴熊をリフォームするが、それでも投げずに徹底抗戦。
この△22銀というのも、なにやらすごい手で、ただ竜の侵入を防いだだけだが、投げきれない小倉の無念が伝わってきて胸をつかれる。
それにしても先手の穴熊玉の、なんと遠いことよ。
すでに大勢は決していたが、
「若手棋士はこうでなくっちゃな!」
そう思わせる迫力は十二分に感じられる一手。
原田康夫九段なら、
「すばらしい戦いを見せた両者に拍手、拍手」
賛辞を送ったことだろう。
若手同士のライバル心、中終盤のねじり合い、切れ味鋭い決め手と、私の好物がすべて詰まったこの一局は、『先ちゃんの順位戦泣き笑い熱局集』という本に棋譜とくわしい解説が載っています。
敗れたとはいえ、小倉久史のしぶとい指しまわし。振り飛車党には一見の価値アリです。
(先崎のうますぎる穴熊の戦い方はこちら)
(三間飛車といえばこの人、中田功の神業的さばきはこちら)
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