アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。
個人戦では負けるイメージがない里見香奈、西山朋佳の現在「2強」が1回戦で敗れるなど、一筋縄ではいかない大会。
テニスのデビスカップや、学生将棋のレポートを読むのが大好きな「団体戦萌え」としては、将棋の内容だけでなく、ドラフト会議のやりとりや山根ことみ女流二段をして初戦負けの後、
「西山さんに、3局目を指してもらえなかったのが悔しい」
と言わしめたような、「オーダー組」の妙や駆け引きもまた、個人戦にはない楽しみなのである。
だいぶ前から「将棋でも団体戦やってよ!」と思っていた私としては、もうルンルンというか「ワシが育てた」という感じで、コメントやSNSなどが盛り上がっているのを見ると、
「民どもよ、余の大会を大いに楽しむがよいぞ」
という気分で、鼻高々なのである(←オマエだれだよ)
というわけで、今回は熱戦を見せてくれた女流棋士特集。
まずは私もその独特の玉さばきのファンである、優勝チームのリーダーから。
2020年の第2期ヒューリック杯清麗戦。
伊藤沙恵女流三段と石本さくら女流初段の一戦。
先手になった石本の石田流対伊藤の銀冠から、激しくねじり合って最終盤。
図は石本が▲32金と銀を取ったところで、ここではすでに振り飛車が勝勢。
なら、あとはどう決めるかだが、先手の美濃も食いつかれているうえに端歩が突いてないためせまくて、プレッシャーをかけられている。
このあたり、アベマトーナメントでも見せた伊藤流の逆転術が発揮されているが、次の手もまたしぶといのだ。
△41桂と打つのが、手筋の犠打。
これが恐ろしい罠で、ウッカリ▲同金などと取ると攻め駒の金が遠ざかるため、その瞬間に△39銀打とされてしまう。
そこから決めるだけ決めて、最後△49との流れで金を取り、必至をかけられて先手が負けてしまうのだ!
こういうところが評価値では測れない終盤戦のむずかしさで、竜取りもかかっていたり、特に秒読みだと「先手勝ち」と言われても、なかなかうまくもいかないもの。
伊藤もそれはわかっているから、あれこれとねばるわけで、石本は試されているところでもある。
ここは迷う。冷静に▲22角成は詰めろだが、もし読み抜けがあれば、取り返しがつかないおそれがある。
ならばと一回▲58竜で自陣を楽にする手も見え、なんにしても、駒がゴチャゴチャしていて、どこに穴が空いてるかを読みつぶすのは困難極まりない。
地雷原の真っただ中、石本は▲23銀から寄せに入り、△同玉に▲22角成。
△14玉に▲33馬。一番シンプルなせまり方で、いわゆる「これで勝てれば話は早い」という手順。
伊藤は一回△39銀打と王手して、▲18玉。
さあ、ここである。
先手玉に詰みはなく、後手玉は▲26桂、△25玉、▲34馬までの詰めろ。
△33桂と馬をはずしても、やはり▲26桂、△25玉に▲33竜として、△34の地点を受けても、▲42馬の応援があって、後手に受けはない。
守備駒を足す場所もなく、絶体絶命に見えたが、ここで伊藤がギリギリの返し技を見せる。
△26桂と打つのが、まさに、
「敵の打ちたいところに打て」
というアクロバティックなしのぎ。
▲同歩しかないが▲26桂の筋が消えたので、そこで△33桂と取って、きわどく耐えている。
土壇場で技を連打する伊藤に、石本も懸命にしがみつく。▲46馬と質駒の金を補充して、△同飛に▲16歩が接近戦特有の突き上げ。
俗に詰められた方の端歩を突いて逆襲するのを「地獄突き」なんていうが、玉頭からのそれなど、ふつうはありえない。
とは言え「取ってみろ!」とやられると、△同歩は▲15歩、△同玉に▲27桂や▲55竜の筋が怖すぎて、とても指せないだろう。
とっ散らかりすぎた局面を前に、もうなにが正義かわからないが、ここで落ち着いて△26飛と活用したあたりで、どうやら逆転していたようだ。
以下、▲15歩、△同玉、▲16歩、△同飛、▲17歩。
石本も懸命にふんばってきたが、ここでは後手が勝ちになっている。
先手玉に詰みがあるからだ
△28銀成、▲同玉、△39角、▲18玉、△17角成、▲同桂、△同飛成、▲同玉。
銀に飛車角も全部ぶった切って、局面を整理していく。
おたがいの玉がツノを突き合わせているが、ここでは手番を握っている後手が勝ち。
△25玉の空き王手に、▲28玉、△39角まで、石本が投了。
「中段玉のスペシャリスト」である伊藤の腕力が発揮された、実におもしろい終盤戦であった。お強い。
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