人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。
前回(→こちら)は、
「将棋の悪手は、なぜおもしろいのか」
という理由について語ったが、われわれ素人からすれば神のごとき存在であるプロ棋士すら、その魔物に魅入られてしまうこともある。
これまで多くのポカや見落としによって、将棋界の歴史がぬりかえられてきたが、今回まず登場するのが羽生善治竜王。
将棋史上最高にして最強の絶対王者である羽生善治だが、過去に犯した「やらかし」といえばこれだろう。
「竜王戦の1手トン死」
ちなみに漢字で書くと「頓死」
これは有名な局面なので、何度も雑誌などで取り上げられているが、時は2001年、第14期竜王戦の挑戦者決定三番勝負。
羽生善治四冠と対するのは、当時若手売り出し中だった木村一基五段。
事件が起こったのは、第1局でのことだった。
木村得意の横歩取りから、難解なねじり合いに突入。
木村も持ち味である、ねばり強い指しまわしで力を見せたが、最後はさすがの羽生が抜け出した。
最終盤、形勢はハッキリ羽生勝ち。
木村は投げ場を求めて、いわゆる「思い出王手」をかけるが、これがいわゆる「最後のお願い」といった僥倖ねらいでなく、望みのまったくないタイプの形作りラッシュ。
△56銀の王手に、王様が動けるマスは5つ。
そのうち4つはどう考えても詰まず、その場で投了しかないが羽生が選んだのは、まさかの残りひとつだった。
▲64玉。
一見これで入玉確定のようだが、なんとこれが上手の手から水が漏る大錯覚。
△65飛と尻から飛車を打って、まさかの大トン死。
△72歩と△62桂に△44の銀、そして△65の飛車が絶妙の配置になって、先手玉は作ったように捕まっている。
まるで良質の詰将棋のような仕上がりで、そこがまたドラマチックでもある。
将棋の世界では、たった1手で負けにしてしまう大悪手を指すことを、
「一手ばったり」
というが、これはもう、これ以上の説明を要しない1手でバッタリと倒れている様である。
目の前にいた木村からすると、
「それでも平然としていてすごい」
と感じたらしいが、現場にいた勝又清和六段によると(改行引用者)、
▲64玉が指された瞬間の控室の悲鳴はまだ覚えています。
対局室に行くと、羽生は両手で顔をおおい、天を仰いでいました。
目が血走り、顔面は真っ青。羽生のあんな姿を見たのは初めてです。
ただ、幸いなことに竜王戦の挑決は3番勝負だったので、羽生は残りの2局に苦戦しながらも連勝し、ミスを帳消しにしたのはさすがだ。
羽生からすれば、こんなことで竜王戦という大舞台をフイにするのは、あまりにもバカバカしかったのだろう。
だからこそ逆にあとの2局を「全力で勝ちにいった」のかもしれない。
実は羽生による「竜王戦のトン死」というのは、もうひとつあって、これはずいぶんさかのぼるけど1991年のこと。
南芳一王将との相矢倉から激戦の末、終盤は羽生勝ちに。
図は南が▲39飛と引いて、詰めろをかけたところ。
持駒も豊富で手番をもらった後手に勝ちがありそうだが、実際ここで△76角と打てば先手玉は即詰みがあった。
入玉を果たしたとはいえ、▲19香からの詰みも受けがむずかしいとあっては、とりあえずは王手でもしそうなところ。
だが、羽生の選んだ指し手は△27桂だった。
▲19香を防ぎながらの飛車取りで、さあ、この場面をどう見るでしょう。
羽生本人によると、
「自信満々だった」
という桂打ちだが……。
そう、この△19の地点を受けたはずの△27桂は、なんと羽生の信じられない大ポカ。
この桂は、まったくディフェンスの役に立っていないどころか、▲29銀と打たれて、後手玉が詰んでいる。
以下、△19玉しかなく、▲28銀引の3手詰。
大熱戦の末、ようやくたどり着いたはずの勝利の橋を、自ら踏み抜いて奈落の底。
たしかに入玉形は、駒がゴチャゴチャして錯覚しやすいが、それにしても天下の羽生がである。
観戦記者の鈴木宏彦さんが聞いたところによると、投了後の羽生は、
「あほらしくなって、すぐ寝ちゃいました」
昔、羽生竜王はなにかの取材で、
「印象に残る一局」
というのに、この対南戦のトン死を選んでいたが、最近の加藤一二三九段との対談では、対木村戦のトン死をあげておられた。
私レベルだと、この程度のトン死なんて、よくあることだけど(トホホ……)、やはりトッププロが、ここまでシンプルなウッカリをしてしまうのは、印象に残るのだろう。
評価値「+9999」から「-9999」へ。
まさに「将棋は逆転のゲーム」なのだ。
(谷川浩司編に続く→こちら)