将棋 この大トン死がすごい! 羽生善治の竜王戦 大逆転負け2題 

2018年07月23日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。

 前回(→こちら)は、


 「将棋の悪手は、なぜおもしろいのか」


 という理由について語ったが、われわれ素人からすればのごとき存在であるプロ棋士すら、その魔物に魅入られてしまうこともある。

 これまで多くのポカ見落としによって、将棋界の歴史がぬりかえられてきたが、今回まず登場するのが羽生善治竜王

 将棋史上最高にして最強の絶対王者である羽生善治だが、過去に犯した「やらかし」といえばこれだろう。


 「竜王戦の1手トン死


 ちなみに漢字で書くと「頓死

 これは有名な局面なので、何度も雑誌などで取り上げられているが、時は2001年、第14期竜王戦挑戦者決定三番勝負。

 羽生善治四冠と対するのは、当時若手売り出し中だった木村一基五段

 事件が起こったのは、第1局でのことだった。

 木村得意の横歩取りから、難解なねじり合いに突入。

 木村も持ち味である、ねばり強い指しまわしで力を見せたが、最後はさすがの羽生が抜け出した。

 最終盤、形勢はハッキリ羽生勝ち

 木村は投げ場を求めて、いわゆる「思い出王手」をかけるが、これがいわゆる「最後のお願い」といった僥倖ねらいでなく、望みのまったくないタイプの形作りラッシュ。

 


 


 △56銀の王手に、王様が動けるマスは5つ

 そのうち4つはどう考えても詰まず、その場で投了しかないが羽生が選んだのは、まさかの残りひとつだった。

 

 

 

 

 

 ▲64玉

 一見これで入玉確定のようだが、なんとこれが上手の手から水が漏る大錯覚


 


 

 △65飛と尻から飛車を打って、まさかの大トン死

 △72歩△62桂△44の銀、そして△65の飛車が絶妙の配置になって、先手玉は作ったように捕まっている。

 まるで良質の詰将棋のような仕上がりで、そこがまたドラマチックでもある。

 将棋の世界では、たった1手で負けにしてしまう大悪手を指すことを、

 「一手ばったり

 というが、これはもう、これ以上の説明を要しない1手でバッタリと倒れている様である。

 目の前にいた木村からすると、



 「それでも平然としていてすごい」



 と感じたらしいが、現場にいた勝又清和六段によると(改行引用者)、

 


 ▲64玉が指された瞬間の控室の悲鳴はまだ覚えています。

 対局室に行くと、羽生は両手で顔をおおい、天を仰いでいました。

 目が血走り、顔面は真っ青。羽生のあんな姿を見たのは初めてです。


 

 ただ、幸いなことに竜王戦の挑決は3番勝負だったので、羽生は残りの2局に苦戦しながらも連勝し、ミスを帳消しにしたのはさすがだ。

 羽生からすれば、こんなことで竜王戦という大舞台をフイにするのは、あまりにもバカバカしかったのだろう。

 だからこそ逆にあとの2局を「全力で勝ちにいった」のかもしれない。

 実は羽生による「竜王戦のトン死」というのは、もうひとつあって、これはずいぶんさかのぼるけど1991年のこと。

 南芳一王将との相矢倉から激戦の末、終盤は羽生勝ちに。

 


 

 


 図は南が▲39飛と引いて、詰めろをかけたところ。

 持駒も豊富で手番をもらった後手に勝ちがありそうだが、実際ここで△76角と打てば先手玉は即詰みがあった。

 入玉を果たしたとはいえ、▲19香からの詰みも受けがむずかしいとあっては、とりあえずは王手でもしそうなところ。

 だが、羽生の選んだ指し手は△27桂だった。

 

 

 

 

 ▲19香を防ぎながらの飛車取りで、さあ、この場面をどう見るでしょう。

 羽生本人によると、

 


 「自信満々だった」


 

 という桂打ちだが……。

 そう、この△19の地点を受けたはずの△27桂は、なんと羽生の信じられない大ポカ

 この桂は、まったくディフェンスの役に立っていないどころか、▲29銀と打たれて、後手玉が詰んでいる。

 



 

 以下、△19玉しかなく、▲28銀引3手詰
 
 大熱戦の末、ようやくたどり着いたはずの勝利の橋を、自ら踏み抜いて奈落の底。

 たしかに入玉形は、駒がゴチャゴチャして錯覚しやすいが、それにしても天下の羽生がである。

 観戦記者の鈴木宏彦さんが聞いたところによると、投了後の羽生は、

 


 「あほらしくなって、すぐ寝ちゃいました」


 

 昔、羽生竜王はなにかの取材で、

 「印象に残る一局」

 というのに、この対南戦のトン死を選んでいたが、最近の加藤一二三九段との対談では、対木村戦のトン死をあげておられた。

 私レベルだと、この程度のトン死なんて、よくあることだけど(トホホ……)、やはりトッププロが、ここまでシンプルなウッカリをしてしまうのは、印象に残るのだろう。

 評価値「+9999」から「-9999」へ。

 まさに「将棋は逆転のゲーム」なのだ。


 (谷川浩司編に続く→こちら


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