ピート・サンプラスはフレンチ・オープンのタイトルだけは、取ることができなかった。
そこで前回(→こちら)まで、彼が全仏で優勝できなかったのは、実力よりも
「周囲の信用」
がなかったせいだと語ってみたが、実は一度だけ大きなチャンスがあったのである。
それは1996年の大会。
この年は、よほど調子がよかったのか、それとも本気でねらってマトをしぼってきたのか、土の上でも、その攻撃的なプレーが発揮されていた。
試合内容を見たかぎりでは
「これは、ひょっとすると、ひょっとするかも」
期待させるだけのものはあり、おそらく世界中のテニスファンも、
「一度はピートをパリで優勝させてあげたい」
という判官びいきもあったと思うが、そこにテニスの神様は大きな試練をあたえたもうたのである。
それは、強烈にキビしいドロー。
トーナメント戦ではあたりの運不運というのがあるが、96年のピートはまちがいなくハードラックの方であった。
それも頭に「超」をつけたくなるほどの鬼みたいな当たりだから、たまらない。
まず、2回戦の相手がセルジ・ブルゲラというのがすさまじい。
すでに全盛期の力はなく、ノーシードでの出場となってはいたが、クレーコートでは異常な力を発揮するスペシャリストで、1993、94年大会のチャンピオン。
早いラウンドで戦うには、あまりにもタフな相手である。
ピートの攻撃力なら、芝やハードコートの上ならストレートであっさり勝てる相手だが、土の上となると勝手はちがう。
こっちだと、むしろ8・2くらいでセルジ乗りだ。
それくらいコートの相性というのは勝敗を左右する。
だが、このときのピートは強かった。
要所要所で得意のサービスが火を噴き、かつてのチャンピオンをフルセットの末に振り切った。
放送時間の関係で最後までは見られなかったが、かなり良い内容の勝利であったようだ。
ところが、休む間もなく3回戦で当たったのが、アメリカの同僚トッド・マーチン。
こちらもノーシードからの出場だが、94年のオーストラリアン・オープンでは準優勝している強豪。
これまた、こんな早いところで当たる相手ではない。
この試合も、マーチンの長身からくり出されるサービスに手を焼き、もつれにもつれ、連日のファイナルセットに突入。
苦しんだが、地力で勝るサンプラスが最後は突き放した。
これでようやっと4回戦進出。
とりあえず、ベスト16でシードは守ったことになった(当時は16人がシード)。
4回戦は、オーストラリアのスコット・ドレイパー。
これまでの相手とくらべると、ようやっと楽な相手が出てきた。ここは力を発揮して、ストレートで退ける。
ついにベスト8。そろそろ頂上が見えはじめるころだ。
だが、そこにさらに大きな山が立ちはだかる。
準々決勝の相手は、第7シードのジム・クーリエ。
サンプラスの前の世界ナンバーワン。
オーストラリアン・オープン2回、そしてこのローラン・ギャロスも2連覇している強敵中の強敵だ。
正直、勘弁してよと言いたくなったことだろう。次から次へと、大ボスクラスが立ちはだかる。
今でたとえれば、2回戦でフェレール、3回戦でベルディハ、準々決勝でマレーくらいのイメージか。
無茶苦茶にきっつい山なのだ。
過酷なクレーでこの当たりは、今のジョコビッチでも泣くよ。
ジャンプのマンガか、それもとドラクエのダンジョンか。しかも、勝つにはこれを乗り越えて、さらにまだ2つあるのだ。
サンプラスはクーリエには相性は良いイメージであったが、いかんせん相手は「土の王者」。
下馬評では、クーリエ乗りの声が多かった。
果たして、試合はその通りに進んだ。
サンプラスもせいぜいがんばったが、クーリエのストロークが随所に決まり、7-6・6-4と接戦ながらも2セットを奪う。
サンプラスの奇蹟の進軍もここまでか。
さすがに、このドローじゃあなあ。これだけ仕上げてきたのに、こういうときにくじ運が悪いとは、まさに縁がなかったとしかいいようがない。
シメに入ろうとしたところから、ピートの逆襲が始まった。
第3セットからストローク戦で主導権を握りだし、リードしてゆるんだか、クーリエがヨレ出したこともあって形勢は急接近。
2セットを奪い返してセットオール。ゲームは大会3試合目のフルセットに突入した。
そこからも、どちらが勝つかわからない激戦が続いたが、最後は毛ほどの差でサンプラスが抜け出し、2セットダウンからの大逆転勝ち。
今大会のベストマッチともいえる修羅場を切り抜けて、自身初のフレンチ・オープン準決勝進出を決めた。
この試合を苦しみぬいて勝ったときには、さすがいつもは「土のサンプラス」を冷笑気味にながめていた、われわれ無責任なファンも色めきだった。
これは、ついにそのときが来るのではないか。
パリでは無惨な敗北を喫することが多かったピート・サンプラスが(前年度など、聞いたこともない選手に1回戦で負けているのだ)、とうとうこの鬼門を制する日が近づいているのでは。
残るは2つ。奇蹟の準備は整った。
準決勝の相手は、ロシアのエフゲニー・カフェルニコフである。
(続く→こちら)