「1分将棋の神様」も木から落ちる 加藤一二三vs島朗 1991年 第50期B級1組順位戦

2024年01月24日 | 将棋・名局

 「わたしの将棋は逆転負けが多いんですよ」

 

 インタビューなどでよくそう言うのは、「ひふみん」こと加藤一二三九段である。

 将棋は終盤のドラマが多く、「逆転のゲーム」と呼ばれるほどだが、時間の使い方が独特で、常に秒読みに追われて戦っていた加藤九段は、どうしてもそのリスクが高くなってしまう。

 もっとも、加藤一二三といえば「1分将棋の神様」の異名を持つ人なので(クリスチャンの加藤はこのネーミングを気に入っていないそうだが)、そのピンチを見事に全クリしてしまい、

 

 「やはり、加藤一二三は天才だ」

 

 と感嘆さしめるが(昔の観戦記にはこのフレーズがよく出てきます)、さすが「神武以来の天才」も100%というわけにはいかず、ときには木から落ちてしまうこともあるのだ。


 1991年の、第50期B級1組順位戦

 加藤一二三九段島朗七段の一戦。

 相矢倉から後手の島が、相手の駒を呼びこむ強気な指し方で加藤を迎え撃つ。

 中央で駒がぶつかり合って、むかえたこの局面。

 


 
 

 後手玉はかなり危ないが、まだ一撃で決まることはない。

 一方、先手玉は次に、△67成桂と寄られると受けがむずかしいし、なにかのときに千日手に逃げられそうな恐れもあるが、ここで手筋がある。

 

 

 

 

 

 一回、▲49歩と打診するのが、ぜひ覚えておきたい感覚。

 △同飛成は、手順に△67成桂とする筋が消えて、先手陣がかなり楽になる。

 そうはさせじと、島は△58飛成とひっくり返って、なんとか△67成桂を実現させようとするが、さらに▲59歩の追い打ちが好手。

 やはり、△同竜とは取れないから、△69竜ともぐって、三度△67成桂をねらうが、ここが先手にとっての分岐点であった。

 

 

 

 

 後手の攻めが緩和されたこの一瞬で、寄せに出るか、それとももう少し受けにまわるか。

 手堅くいくなら、▲79金打と先手で固めて、△59竜▲11金と取っておく。

 次に、▲75香から、押しつぶしにかかるわけだ。

 これだと安全ではあるが、を一枚手放してしまっているのが問題点。

 後手玉を寄せるときに、戦力がやや頼りないかもしれず、ここは迷いどころ。

 時間のない中での決断は、読み切れないとなれば、自らの棋風にしたがうことが多いのではないか。

 「負けない将棋」の永瀬拓矢九段なら、ガッチリ▲79金打としそうだし、終盤の切れ味で勝負する斎藤慎太郎八段なら、かまわず踏みこんでいきそう。

 加藤一二三は、踏みこむほうを選んだ。▲52と

 だがこれは危険な手だった。

 正解は▲79金打で、ここで今度は島にチャンスボールが来た。

 △86歩と突くのが、「筋中の筋」。

 

 

 

 ▲同歩は、△87歩が一発効くから▲同銀だが、先手陣はこれで相当に薄くなった。

 すかさず△68成桂

 かなりせまられているが、▲同金と取って、△同竜に▲78金としかりつける。

 この合駒を先手で打てるのが、加藤の自慢だ。

 ななめ駒があれば、ここで△79角や銀で簡単に詰みだが、駒台にあるのはあいにくの

 △69竜とゆるんだところに、▲11金

 

 

 

 

 今度こそ、▲75香や▲51馬がきびしいが、ここで島がねらっていた強烈な一打がある。

 

 

 

 

 

 △77歩が、またも指におぼえさせておきたい、筋中の筋という軽打。

 ここでは△86飛、▲同歩、△87歩という攻め方もあるが、▲77玉と逃げたとき、飛車を渡してしまっているため、寄らないとヒドイことになる。

 で攻められるときは、それを通すに越したことはない。

 この「焦点の歩」に先手も取る形がなく、▲同桂△89金で詰むし、▲同金は重く△79金で、ほとんど受けなし。

 ▲同玉△89竜と取られて、次に△86飛と切る筋があり、▲同歩は△85桂から詰むから、これまた受ける形がない。

 消去法で▲同銀だが、すかさず△87飛成(!)と飛びこんで、先手陣は危なすぎるどころか、詰んでいてもおかしくない。

 ▲同玉の一手に、△89竜と底をさらって、▲88銀△86歩とタタく。

 ▲77玉△87金と打ちこんで、▲同銀は簡単に詰みだから、▲同金△同歩成に▲同銀、△67金、▲同玉に△87竜

 

 

 

 
 
 クライマックスは、この場面だった。

 攻め方、受け方、双方が最善を尽くしての追跡劇は、この次の手で決着がついたのだ。

 先手は王手に合駒するしかないが、みなさまも考えてみてください。

 飛車のどれが最善か……。

 加藤は▲77桂と打ったが、これが敗着になった。

 ここは▲77金が正解で、これなら先手が勝ちだったのだ。

 ▲77桂には△75桂と打って、▲同歩に△76銀

 ▲58玉に△78竜と入る筋がある。

 

 

 合駒がなら、この手はなかった。

 以下、▲68桂の合駒に△67銀不成と追って、▲47玉△36金と出る手がピッタリ。

 

 

 

 これまで、僻地でまったく働いていなかった△25△17が、ここへきてまさか千金の輝きを見せようとは。

 これぞまさに、「勝ち将棋、鬼のごとし」で、▲36同玉△26馬以下、簡単な詰みになる。

 この将棋のさらにおもしろいところは、終局後のやり取り。

 投了してすぐ、加藤は「トン死したな」とつぶやき、島は「?」となったそうだ。

 こういう最終盤の、詰むや詰まざるやで気になるのは、対局者がどこで読み切っていたかということ。

 追う方は詰みを確信していたのか、それとも、あやふやなまま追っていたのか。

 それとも、詰みはないとわかっていながら「間違えてくれ」と祈りながら指していたか。

 逃げるほうも、鼻歌を歌いながらの逃避行だったか、それとも詰みはわかっていて、万一の僥倖にかけて罠をはっていたか。

 この場合、島は「詰みあり」と確信していたのだろう。

 だとしたら、もし▲77金とされていたら、その瞬間に真っ青になったことになる。

 一方の加藤は「詰みなし」と見切っており、その判断は正しかったが、最後の最後で指が、悪い方へ行ってしまった。

 時間もないし、運が悪かったとしか言いようがないが、なら時間を残しておけばいいのにというのは、加藤一二三には野暮なアドバイスというものだろうなあ。

 


(「さわやか流」米長邦雄の実戦詰将棋はこちら

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