前回の続き。
郷田真隆九段と言えば、その実力にもかかわらず、挑戦者決定戦での勝率が悪い。
そこで、実際にどれほど苦戦しているのか数えてみようということで、まず竜王戦挑決は0勝1敗。
名人戦はリーグ戦だからむずかしいが、2度出場しているので2勝0敗。
今のところは5勝3敗と勝ち越しているが、ここからどうなるのか。
正直、ちょっとめんどくさくなってきたが、がんばって数えてみたい。
続くのは叡王戦だが、ここでもまず第1回の大会で決勝に進出するも、山崎隆之八段に敗れて準優勝。
まあ、このときはまだタイトル戦じゃなかったから、ノーカウントだけど、このときのトーナメントを
「ソフトへの挑戦」
をかけた戦いと解釈すれば、やはり負けているということにもなるなあ。
☆叡王戦挑決 0勝0敗
次は王座戦。
王座戦は郷田が獲得どころか、5番勝負にも出たことがない棋戦である。
ただ、しっかりと挑決に4度も勝ち上がっているのがさすがで、つまりはそこで4連敗していしまっているということでもある。
またしても、なんでやねん。
うちわけは、1997年の第45期王座戦で、島朗八段に負け。
1998年は谷川浩司竜王に、必勝の局面から「1手トン死」を喰らって大逆転負け。
1999年の第47期では丸山忠久八段に敗れて、3年連続の挑決敗退。
これはかなりしんどい結果だが、そのあと2013年にも久々に勝ち上がったものの、やはり中村太地六段に敗れガッカリ。
これには相性がいいのか悪いのか、よくわからないものである。
そういえば郷田と言えば丸山は天敵で、対戦成績でも負け越しているはず。
その理由は郷田が後手になったとき、ムキになって丸山必殺の角換わり腰掛銀を受けるからで、それにほとんど勝てていないからだ。
そういえば佐藤康光九段もそうで、谷川浩司九段や丸山のような「スペシャリスト」に後手番の角換わり腰掛け銀で挑んで、痛い目にあわされてきた。
象徴的なのがこの将棋で、2011年の第70期A級順位戦。
渡辺明竜王と郷田真隆九段の一戦は角換わり腰掛け銀から「富岡流」と呼ばれる形になる。
△同金、▲33銀、△同桂、▲同歩成、△41玉、▲22と、△49馬、▲74桂、△同金、▲53馬、△58馬、▲72歩。
△72同飛、▲62金、△42金、▲45桂、△53金、▲同桂成、△62飛、▲同成桂、△68銀、▲88玉。
まで渡辺の勝ち。
相居飛車の定跡通り先手番がバリバリ攻めて押し切るという「後手番ノーチャンス」のような、よくある将棋に見える。
これが当時「事件」と騒ぎになったのは、なんとこの手順は「後手負け」という定跡としてすでに確立しており、角換わりの本にも掲載されている有名な順だったこと。
「富岡流」からその定跡通りに進んだところでは、当然「負ける」側の郷田が手を変えるはずで、「郷田新手」を皆が予想し期待していたところ、なんとそのレールに乗ったまま最後まで走って投了。
なんてこったい! これじゃあ、まるで棋譜並べだ。
結論から言えば、郷田はなんとこの定跡を知らなかったから。
郷田と言えば、パソコンはおろか携帯電話なども、
「そんなものより大事なものはいくらでもある」
と言い放って長く持たなかった「硬派」で知られ、今では当たり前の研究会や、ケータイのメッセージなどでの最新手順の情報交換も一切拒否していた男。
日々の鍛錬と、自分の信念のみを信じるという文字通りの「一刀流」で、それでタイトルまで取ってしまったサムライの姿は、
「カッコよすぎるやん……」
金井恒太六段をはじめ、多くの棋士や観戦記者、ファンをシビれさせるが、そのスタイルには常に、こういった落とし穴がつきまとう。
これが「定跡」になっていることを知らされた郷田は呆然としたそうだが、さもあろう。
もちろんこれは極端な例だし、郷田の力をもってすれば、この程度の罠は「誤差」の範囲内だが、生涯勝率を少しばかり下げてしまっているのも事実だ。
これはねえ、「オランダサッカー」問題と同じで、むずかしいよねえ。
「信念」か「結果」か。
もっとも、それを「もったいない」と感じるのは素人考えで、本人たちの弁では、意地だけでなく勝算があっての採用だと語っている。
それに棋士人生を長い目で見れば、たとえ相手のエース戦法に挑んで負けても、きっと黒星以上に得るものもあるのだろう。
そういったことを視野に入れれば、
「角換わりを、さければいいのに」
というのが、いかに底の浅い意見であるかわかろうというもの。
玄人の将棋ファンとし鳴らす私としては、そういう輩は大いにバカにしたいところであるが、2013年のNHK杯決勝で丸山と当たった郷田は、後手番で横歩取りを採用。
図で△75飛と引いたのが好手で、▲45の桂を取って△47の地点をねらうのが速い。
先手は左辺の角金銀が壁になって受けにくく、郷田がそのまま勝ち切りNHK杯初優勝を決めた。
あざやかな指しまわしで、さすが郷田はどの戦法を指しても強いなあ……。
……て、あれ? やっぱ、じゃあ今までも角換わりは避けといたらよかったんちゃうん!
最初からもっと柔軟に戦型を選んでたら、NHK杯だってもっと勝てたかもしれないのに……。
もっとも、私(ド素人)なんかがそんなことを言ったところで、郷田なら、
「それって、なんか意味あるんですか?」
なんて答えるのだろう(「あー、意味ない、意味ない」は酔った郷田の口癖)。
もっともだ。そんな郷田は郷田ではない。
あーもー、めんどくせーなー。オレはアンタについていくよ、もう!
☆王座戦挑決 0勝4敗
(続く)