藤井聡太棋聖が王位も獲得した。
という出だしから、ここまで
「簡単に二冠とか取ってるけど、ホンマはメチャクチャ大変なんよ」
というシリーズをお送りしているが、前回の羽生善治九段の「二冠ロード」(→こちら)に続いて、今回は先日ようやっと名人になった渡辺明三冠(棋王・王将)について。
渡辺明といえば、小4で小学生名人になり、その後、羽生や谷川と同じく2000年に「中学生棋士」となる。
いわば、早熟のスーパーエリートだが、意外なことにデビューしたころは、それほどの爆発は見せなかった。
C級2組順位戦では、競争相手だった野月浩貴五段との直接対決に敗れ、1期抜けのチャンスを生かせないなど、今ひとつパッとしない。
いや、弱いわけではないのだが、勝率もそこそこで、まあ「普通に強い若手」くらいだった。
本人の弁によると、高校生活を楽しんで将棋に力が入っていなかったそうだが、期待とくらべると拍子抜けな感じ。
『対局日誌』で有名な河口俊彦八段が、奨励会時代から渡辺を買っていたとよく言われているが、河口老師によると、その将棋は一度も見たことがなく(おいおい……)、期待するのも、
「将棋界に天才は定期的に現れるから」
「大山康晴十五世名人に似ているから」
という、とんでもなくいい加減なもので(まあ、ものすごく河口八段らしいですが)、実際伸び悩んでいる渡辺について、
「彼はたいしたことないですよ」
なんていう、嫌味を言われたりしたそうだ。
そんな評価のむずかしい若手時代の渡辺だったが、高校を卒業し、本格的に将棋と向き合いだしてから、かけ上がるのは一瞬だった。
まず、2003年の第51期王座戦で挑戦者になると、羽生善治王座相手に不利の下馬評(渡辺曰く「勝てるかって? 相手は羽生ですよ、羽生!」)をくつがえして、2勝1敗と奪取に王手をかける。
そこから羽生が意地を見せ、逆転で防衛するが、最終局では詰ましにいった手が震えて、駒が持てないという異常事態が発生した。
2003年第51期王座戦五番勝負の最終局。
どっちが勝つかわからない熱戦の中、羽生の放った△11歩が手筋の受け。
これが「この手があるんですよね」と渡辺を落胆させた好手で、羽生が苦しみながら、かろうじて防衛。
敗れはしたものの、
「羽生の手をフルえさせた男」
として名をあげた渡辺は一気の大ブレイクで、翌年には竜王戦の挑戦者に。
挑戦者決定戦で、A級棋士の森下卓九段をストレートで破ったときには「順当勝ち」という雰囲気だったから、いかに渡辺の評価が上がっていたか、わかろうというものではないか。
七番勝負でも、大豪森内俊之相手にフルセットで勝利し、20歳の若さで棋界の頂点に立つ。
そこからも、木村一基や佐藤康光というビッグネームを退けて防衛(佐藤との2年連続の激闘は→こちら)。
2008年の第21期竜王戦では、羽生善治名人と永世竜王(羽生は永世七冠も)をかけた決戦を3連敗からの4連勝という、これ以上ないドラマチックな展開で制し(最終局は「100年に1度の大勝負」と呼ばれた→こちら)防衛。
2010年の第23期竜王戦でも、リターンマッチを挑んできた羽生に、4勝2敗で返り討ちを喰らわせる。
このシリーズはスコア的にも内容的にも、渡辺が完全に
「羽生を上まわった」
という印象を残し、ここにハッキリ「格付け」が決まったというか、
「時代は羽生から渡辺へ」
という空気感はバリバリだったのだ。
だが、その後もうひとつ「渡辺時代」とならなかったのは理由がハッキリしていて、羽生の巻き返しもあったが、なかなか竜王以外のタイトルを取れなかったことも大きかった。
2007年の第78期棋聖戦で挑戦者になるも、佐藤康光棋聖に敗れる。
2011年の第36期棋王戦でも、久保利明棋王に退けられ、またも二冠のチャンスを逃す。
久保利明との棋王戦。久保が2勝1敗リードの第4局。
渡辺必勝の終盤戦だったが、▲73角成で勝ちのはずが、△75にいる玉を△76に早逃げするのが「詰めろ逃れの詰めろ」になることを見落としていて大逆転。
フルセットの決戦になるはずが、急転直下のシリーズ終了で、さすがの渡辺も呆然とするしかなかった。
竜王はのちに9連覇を果たすのに、そもそも奪取どころか、タイトル挑戦の回数も少ないというのが解せないところだ。
そんな渡辺が壁を超えたのは、棋王戦敗退後の王座戦。
ここで羽生王座をストレートで降し、ようやっと二冠。
これは羽生の王座連覇を19(!)で止めたところも価値が高かった。
このあたりから渡辺もタイトル戦の常連になり、2年後には三冠王となる。
そして今では名人なのだから、河口老師のテキトーすぎる見立てはともかく、モノが違ったのは確かだ。
そんな男が二冠になるまで初タイトルから8年、デビューからは11年もかかっているとは、おどろきだ。
それを見れば、18歳で二冠になった藤井聡太が、いかにスゴいことをやってのけたか、よくわかるではないか。
(元祖「さばきのアーティスト」大野源一の振り飛車編に続く→こちら)