みう と 青

みうと青の共同ブログ。
知ってる人には言えないけど、知らない誰かの通り過ぎる場所で呟きたい独り言があるのです。

十日目 オフリド観光→スコピエ観光→スコピエ泊

2017年05月06日 23時55分13秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
旅の全体図はコチラ


バルカン十日目、マケドニア二日目の今日は、早々にオフリド観光へ。
今日はとにかく教会群を歩きまくる!



●聖ヨハネ・カネオ教会

ベラトで会った逆周り中の日本人から「朝早いほうが、人が少なくてキレイ」と言われていたので、7:30頃に出発。
湖畔の白鳥に油を売ったり、地味に道に迷ったりしつつ7:45に到着。



無人だ!
早すぎて中には入れないけど、午後にまた来る予定なので気にしない。
なんたるメルヘン。華美じゃないデザインと色味が、湖の青と草葉の緑に映えて美しい!
ごった返していない静かな様子を見られてとっても嬉しい。


●聖パンテレイモン教会







こちらもまだ早い時間にいったのでガラガラ。
手前の広場は絶賛発掘中。
遺跡とかが好きな人は、もう数年待ってから行くのが吉かも。
中の壁画は、顔や目の削られたものも沢山あって、歴史の闇を感じられます。
(コソボの教会とかと同じですね)




あと、2000デナリ札が新しい存在らしく、200札と勘違いされて危うくお釣り不足になりかけましたw
どうかお気をつけください。


●サミュエル要塞







山の上の要塞跡。城壁には急な階段がついていて登ることが出来ます。
ここからの眺めのよさは割りと有名。
湖側を臨む景色はもちろん、反対側も畑と森の緑の合間に、マケドニアらしい赤茶の屋根が覗いてて結構ステキです。





そして城壁の内側には、なかなか保存状態のよい(というか2017年5月時点で発掘真っ最中?の)遺跡があります。

自分が行ったときはチョイチョイ修復中?な感じで、その作業員さんが色々案内してくれた。
「こっちこっち」って、ロープ越えちゃってるけどいいの?
モロッコのヴォルビリス遺跡を彷彿とさせる展開。
これが貯水槽、これはアレクサンダーのおじいちゃんのナントカカントカ、こっちは人骨など、色々と説明してくれる。

何回も「4000年前の人」「4000年前から」みたいに言ってるように聞こえたんだけど、歴史的にありえないので、本当はForとFourの聞き間違いとかなのかも。。。







過去の旅人さんのブログでは「城壁の内側は何も無い」的な記事もありましたが、案内してもらえたおかげで、とても楽しめました。
徐々に開拓されているようで、これからどんどん(良くも悪くも)観光地化されていくんだろうなってことが感じられました。



道中の景色もステキ。
あまりマジメに撮影しませんでしたが、GWの頃は各家の軒先に花が咲き乱れていて、とてもキレイでした。
「お花の写真を撮ってもいい?」と聞くと、みんな嬉しそうに「どうぞどうぞ」と対応してくれてウキウキする。




停まっている車が、ちょっぴりレトロなのもステキ。
キューバみたいなドーンとしたアメ車じゃなくて、色あせた小ぶりな車がオフリドの可愛い町並みにマッチしてます。
(でも、この狭いカーブと急な坂道だらけの町を車で移動するのは難しそう)


●道端の小さな教会。
教会常駐の人はいなかったけど、ちょうど地元の方が来ていたおかげで写真OKか確認できてラッキーだった。
地元のおばあちゃまは、壁にあるすべての肖像画にキスしてた。
これが毎日なら大変だ・・・



てか教会多数でもう名前も分からない・・・








小学校の校庭に潜入。
休日のため生徒さんはおらず、遊びにきてる子供がちょっとだけ。











13:30頃、朝イチで行った聖ヨハネ・カネオ教会の中を見たくて再訪。
エリアの端っこにある教会まで、急坂をえっちらおっちら。
辿り着くと痛恨のミスに気づく。休憩時間真っ只中!なんのために歩き方持参してるんだろうorz



でも、休憩時間と知らずウッカリ来ちゃった人だけでもこの人出なので、朝イチで無人写真を撮れた僥倖、もとい努力の結果を今一度噛みしめる。


オフリド湖ではぜひボートに乗りたいと思っていたけど、1艘が40ユーロくらい。
一人で乗るには高すぎる。
そして船も広すぎる。
シェアメイト探すとかも段々めんどくさくなってきたのでやめた。
(たぶん20分くらい湖畔でブラブラしてれば、家族連れやグループ旅が来るので、狙えばいけそう。後は相手次第)

















そろそろオフリドともお別れの時間。
昨日確認した15:00のバスに乗るべく、町を14:20に出る。(徒歩)







道中、学校があったり、廃墟っぽいのがあったり、観光地のにぎやかさはないけど、普通の様子が見られてよかった。
道も平らで、歩き方の地図でも迷わずバスターミナルに到着。



バスターミナルのトイレは、ターミナル内のカフェで鍵を借りるスタイル。
バスのチケットは、予約してなくても大丈夫だった。
この日の、この便の乗車率は5~6割?
ひとりの自分は、隣に誰か来ることもなく、ゆったり座れた。
そして爆睡。
目が覚めたら、スコピエの近くまで来てた。


途中のバスターミナル


田舎町


高速の出口にイチゴ売り多数



自分は宿の人とマケドニア門で待ち合わせていたので、スコピエのバスターミナルからそこまで歩く。
道は平らだし、歩き方の地図でも迷わない。15分くらいで到着。

バスが20分くらい遅れていたけど、こちとら連絡手段皆無でビビリながら門に到着。
アジア人なんて目立つし、向こうが見つけてくれるだろうと思ってたけど、10分くらい待っても誰も来ないのでいい加減不安になってくる。
ウロウロキョロキョロしていたらタクシーの運転手さんが話しかけてきた。
何言ってるか分からない!客引き?うるさいなぁ!と、疲れもあってこの旅一番のイライラモード。
「タクシーはノーサンキューだよ」と繰り返すが、なかなか引き下がらないおじさん。
そして少し英語分かる若者を呼び止めるおじさん。
若者介入。
どうやら自分を助けようとしてくれていたらしい。
おじさんゴメン・・・。

結局その若者を通訳とし、そのおじさんが宿の人のケータイに電話してくれて、自分は無事に宿の人と合流できた。

「向こうから話しかけてくる人に注意」というのは、目にタコが出来るほどガイドブックで見かける文言だけど、今回はホントにいい人だったし、疲労と混乱で笑顔ゼロの自分は相当感じ悪かったと思うのに、優しくしてくれて感謝であります。(不機嫌というより、怯えてるように見えてたのかも?)


旅の最後の宿はアパート形式。
普通のオンボロアパートの一室に、6ベッドの寝室×2部屋とリビングダイニング、そしてバストイレが1部屋。
昼間にお掃除の人は入るけど、鍵を渡したら管理人さんは自宅に帰るので、基本ゲストだけで過ごすスタイル。帰りは鍵をポストにポイ。
今回は貸切状態でのんびりだったけど、パーリーピーポー集団とかと鉢合わせたら、ちょっと大変そうw

荷物を置いたら、夜景を求めて夜のお散歩。











虫がすごい。
止まってる噴水あり。
写真好き沢山。アングルまねるw

川沿いにレストランが沢山あるので、適当なお店で適当に最後の晩餐。
オフリドでは魚を食べそこねていたので、最後の晩餐はお魚もいいかな~と思ってた。
チキンと、それよりちょい高いお魚料理、どっちがオススメか聞いて、背中を押してもらおうと思ったけど、店員さんが「私はチキンの方がオススメよ」とのこと。
結局チキン食べた。正直ものっぽくて、なんかいいw



スコピエの夜は、建物や像のライトアップでとても美しいって聞いてたけど、「写真で上手に切り取ったらとても美しい」ってのが正しいかなと思う。
美しい夜の街にウットリしながらお散歩っていうには、街頭にめっちゃ虫集まってて気持ち悪かったり、外国っていう緊張感と、街角に潜むちょっとした殺伐感で、心から寛いでお散歩ってわけにはいかないかも。
キレイすぎて平和すぎる日本に慣れすぎてるのかな。



おやすみなさい


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九日目後半 マケドニア入国→オフリド観光→オフリド泊

2017年05月05日 23時45分41秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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アルバニアを出国し、「今、どこでもない道を歩いているんだ!」という、えも言われぬ開放感を500mほど味わい、15:55マケドニア入国。
 
「国境あたりにタクシーとかバスとかいたりして」という甘い目論見は、秒で粉々に砕け散り、マケドニアの風に飛ばされていきました。
 
が、まだ日が高いことと、この妙なテンション。
最寄の目的地であるスベティ・ナウムまでは約4kmのはず。
「歩けんじゃない?」
と、歩行開始。
 
数少ない対向車の人たちの、
「え?一人?」「徒歩?」
と言わんばかりの、ちょっとビックリした顔が忘れられません。
 
意気揚々と歩き出したものの、手持ちの地図は歩き方だけという不安。荷物重いし。
てか、実は足の指、骨折してるし。(そのときは「折れてはない」って信じてたけど)
ものの2分くらいで「やっぱ、歩くのダルいわ」と、心を入れ替える。
   ↓
「次の車にヒッチ・ハイクだ!」と、これまた秒で決意。
運よくすぐに車が来た。
(^-^)b
停まった。まさかの1台目でヒッチ・ハイク成功!万歳!
 
※決してオススメはしません
 
停まってくれたのはトルコ人5人組。
夫婦2組と独身男性1人という組み合わせ。と思いきや、もう一人いた!!
お腹の中に赤ちゃん。
妊婦さんがいるってのは、乗せてもらう側としても色々安心な感じでラッキー。
 
スベティ・ナウム観光をしたかったし、そこからオフリドまでのバスも出てるので、
「スベティ・ナウムに行きたい」と伝えるも、どうもピンと来ていないご様子。
地図見せると、何がしかカーナビにセットしてくれている。
5人はしきりに「サンなんとか」って言ってて、よく分からないが流れに任せることに。
 
スベティ・ナウムについた。ラッキー。
 
どうやら「スベティ」というのが「聖」という意味で、「サン」という音になるらしい。
(モン・サン・ミッシェルとか、セント・マーチンみたいな)


 
車を降りると、彼らもここの観光をする様子なので、ダメもとで「このデカいリュックを車で預かって」と頼むと、これまたOK。
そして、そのまま一緒に観光する流れに。ラッキー。
 
やたら度の強いお酒や、蜂の巣ごとの蜂蜜が売ってたりする。





 
湧き水?がめっちゃキレイ!
このまま飲めるんじゃないかってくらいの透明感。
それがダブダブとオフリド湖に注ぐ様は、なかなかの迫力。


 
スベティ・ナウム名物の孔雀。細かいパーツは、やはり恐竜の祖先を思わせます。


 








小部屋の床に耳をつけると、聖者の鼓動が今も聞こえるそう。
(貝殻から海が聞こえる的な?)



こういうのは、一人だったら意味もお作法も分からなかったと思うので、一緒に回れて本当によかった。

 
個人的には、教会よりも周りの自然、特に泉の水の美しさが印象的でした。




それより何より、旅メイトとの出会いが楽しかったw
観光旅行なのに、観光以外がディープインパクトになっちゃうのも、気まま旅のあるあるってことでw


 

 
ひとしきり観光を終え、オフリド行きのバスを探さねば~と思っていると、
「この後どこ行くの?」と聞いてくれる皆様。
「オフリド湖畔の宿だよ」というと、
「宿の名前は?」って、そこまで送ってくれることに!
ありがたすぎる!


 
てか、連れてってもらえて本当に良かった。
「湖畔の宿だし、行けばわかるっしょ」と思っていたけど、湖畔は宿だらけ。
しかも、実際には湖畔の宿ってほど湖畔でもなかった。
歩き方の地図だけじゃ、絶対に辿り着けなかったと思う。
本当に本当にありがとう!
(そして彼らはビトラのパーティーに向かうのであります)
 
 
オフリドの宿を検索していたとき「レイクビュー」とか書いてある宿がいくつかあったけど、「ビュー」も色々だと思われます。
 
今回の宿も、いちを「レイクビュー」ってことになってたけど、建物と建物の間からのチラ見えでした。
自分は「湖に近いほうが観光が楽そう」って理由で選んだ宿が、たまたまレイクビューを謳ってたって感じなので気にならなかったけど、南国のビーチサイドのホテルみたいに、ベランダから湖がドーーン!!みたいなのを求めてる場合には間違いなくがっかりレベル。予約前に要確認です。

 
あと、湖畔の宿とか密集してるエリアは、目印になるようなものが無いので、ある程度ちゃんと場所を把握しておかないと大変かも。
自分みたいに、歩き方の地図だけというのはオススメしません。
 

 
オフリドの宿は「Apartmani Marija」(マリア アパート的な)






アパートタイプの個室でした。
常駐(?)しているのは年配の女性2名。ほとんど英語は伝わりません。
「明日のチェックアウトの時間を~」とか
「バスターミナルはどこ?」とか、
ちょっとしたことも伝わりません。
部屋の使い方などをマケドニア語で押し通し、御代を頂戴する。
これが彼女たちの役割で、それ以上でもそれ以下でもなさそうです。
 
英語ペラペラの男性も同じ建物に住んでいるので、込み入った相談などは夜にすればOK。

 
 
で、明日はスコピエに行くので、バスのこととか聞いておきたかったけど、宿ではムリだったので街に繰り出します。
 
バスターミナルまで行かなくても、街中のオフィスで席の予約が出来るようなブログを見てたので、念のため予約を・・・と思ったけれど、オフィスに辿り着けず・・・。
でも、オフィスの場所を教えてくれたその辺のお店の人いわく「明日でも大丈夫だと思うよ」ってことだったので、もう諦めた。
 
ウロウロしてたらデモ隊に遭遇!



薄暗いせいか写真はブレブレ。1000人を超すような大行列だったけど、暴徒みたいな感じじゃなく軽めのパレードみたいなノリで、危険な感じはしなかった。
 
コソボでのラムシ帰還イベント、アルバニアでのメーデーJAZZフェス、そしてマケドニアではデモ隊に遭遇。
これすべて入国初日。南バルカンは不思議な場所だ。
 
教会巡りは明日にまわして、今日は夕飯食べてゆっくり休もう。
でも、全然調べてこなかったし、宿の人もあんな感じなので、オススメのレストランとか、オフリドっぽい食べ物を出してくれるお店とかも分からないまま、なぜかピザ屋へ。


 
普通に美味しい。
そしてでっかい。
日本なら断られそうだけど、残りはもちろんお土産にしてもらう。
これで明日の朝ごはんも確保。
ビール旨し。
 
ボーっとしてたら、別にダンスタイムってわけでもないのに、4~5人で食べてたテーブルからカップルが立ち上がり、いきなり社交ダンスはじめた。
なんなんだこのノリは・・・。


 
周りのお客さんも、カップルと同じ席の人たちも、囃し立てるでも、拍手するでもなく、シレーーッとしてる。
なんなんだこのノリは・・・。
 
カップルが地元民なのか、マケドニア人旅行者なのか、外国人旅行者なのか、まったく不明。
このノリの出所も不明。
 
摩訶不思議なマケドニアの夜はふけていくのであります。
おやすみなさい。


 
 
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九日目・前半 ジロカストラ観光→マケドニア国境越え

2017年05月05日 12時12分55秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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ついにこの日がやってきた!
今回の南バルカンツアーでもっとも恐れていたのが
①プリズレン→シュコドラの移動
②ジロカストラ→オフリドの移動
の2点なのですが、①が予想外にサクッといけたので、②も期待!

その前に、まずは早朝散歩。
昨日は、城塞とその右側を重点的に歩いたので、今朝は城塞の東側の細い下り坂をちょいと散策。








さすが「石の街」と呼ばれるだけあって、どこもかしこも石だらけ。
もっとゆったりと過ごしたかったけど、もう見納め。

宿に戻ると朝食の準備が出来てる。
他のお客さんは、まだ寝てるみたい。
皆さんと一緒にのんびり頂きたかったけど、バスの時間もあるし、お先にいただきます。



どれも美味しかったし、卵は席についてから焼いてくれたよ。

オフリドまでの行き方が不安で、困ったときに周りの人にちゃんと聞けるかも心配してたら、宿のオーナーがステキなメモを書いてくれた!



Google Mapで検索すると、ティラナに戻るルートやハイウェイでギリシャ経由などなど、どうみても無駄としか思えないルートが出てくるので不安だった。
けど、オーナーがメモと地図を見せつつ説明してくれたルートは、下調べの段階で「このルートで行けるんじゃないの?」と、思ってたルートとリンクしててホッとした。
この通り行けば大丈夫だし、困ったらこのメモ見せれば大丈夫!という安心感に背中を押されて、いざ出発。

8:30 宿から新市街のバスターミナルへはタクシーで移動(宿で呼んでもらった)
8:45 ジロカストラのバスターミナルからティラナ行きのバスに乗る(途中に休憩1回)


道中は景色のいいところが多くて楽しかった。
寄れなかったブルーアイ(キレイな池)の片鱗を感じさせるような川の青さ。
急峻な山々に囲まれているからこその、大きな橋。
田舎の風景。独特の暮らし。山間の村。
そういうものが駆け抜けつつだけど垣間見ることが出来て、すごく楽しかった。






また、こういうところを旅する人ならきっと見たいであろうバンカー(トーチカ)も、ちょいちょい見られます。







11:40~12:00 ロゴジンで乗り継ぎ。(途中で休憩1回)

大きい道路の交差点、街中でもなんでもないガソリンスタンドの横っちょで降ろされて少しドキドキしたけど、
一緒のバスを待つアルバニアンがいたのと、小さいけど事務所っぽい建物(けど無人)があって、まぁ大丈夫かなと。






乗りかえたバス。


ここから先は、都会も少しあるけど、基本的に急峻な山の中を走ります。
緑豊かで、だんだん文化が混ざっていく感じが見られて楽しい。












休憩所でお魚販売。


湧き水?美味しかった!


バンカー好きは、「そろそろポグラデツだな~」って頃、丘陵地帯の牧草地っぽいところの斜面に、放牧されてる牛と一緒にそこそこの量のバンカーを見渡せる場所が一瞬ありますのでお見逃しなく。


走る車窓からで、油断しまくってたときに現れたので、もう全然撮れてません。


で、そこを抜けるとオフリド湖がパァァ~ッと眼下に広がって、湖畔の道に下りてくると、左右に廃墟やバンカーが点々としてます。
「アルバニアに来たんだな」という実感とともに、「国境に近いからバンカーも多いんだろうな」と当時の情勢に思いを馳せつつ、「そして、もうアルバニア出国じゃん!」という寂寥感が押し寄せて、左側の車窓には、真っ青な空とオフリド湖とたなびく雲が美しく「ラダックみたい」と、行ったこともない場所を引き合いに出してその美しさを称えるという不埒な脳内。











15:00 国境の街ポグラデツについた。



ここからは、メモには「TAXY」と書かれているし、先人たちのブログでもタクシー説が有力だったけど、ダメもとで最寄のアルバニアンに
「国境行きのバス、ないかな?」と聞いてみる。

感触としては、年配の人ほど英語解せず。若者はけっこう大丈夫な感じ。
なんとなく国境方面に歩きつつ(と言っても100m程度w)声をかけていくと、5~6人目の女学生っぽい子が分かってくれた!
しかし、今度はこちらが英語を解さず、けっきょく乗り場まで連れて行ってもらう。
(またこのパターン)

ってことで、結論!
ポグラデツの町から、マケドニア国境まではバスで行けます!!

で、ブログ書く上で最悪なんですけど、値段忘れました。
安いのは間違いないんだけど。

てか、このバス代払った後の残金が100レク切ってて、結構ギリギリだった。
もしユーロだったら受け取ってくれるのか、おつりどうなるのかとか謎。
てか、たぶん不可。
でも、国境の町だから両替所はあるはず。
いっそマケドニアのデナールならアリなのかも?
謎だらけだけど、タクシー使って、降りるときに「レクない!」ってならなくて本当に良かった・・・。






国境行きのバスは、ワゴン車以上マイクロバス未満みたいな車。
「国境行き」って書いたけど、実際にはこの乗り物は、路線バスというよりタイのソンテウ的な感じなのかも。
大まかなルートが決まってて、あとはお客さんのリクエストに合わせての寄り道スタイル。
そして、国境で降りたのは自分だけでした。


そうです。
バスで行けるのは国境までです。
国境からの交通手段はまったく担保されていません。
でも出発。だってバスが出る時間だから。
15:30頃でした。


15:45 とりあえずアルバニア出国してみた。


バイクで国境越えとかカッコよすぎる!


番犬くん。


遠ざかるアルバニア。


「今、どこでもない道を歩いているんだ!」という、えも言われぬ開放感。
ちょっぴりの不安も冒険心をくすぐり、最高の気分!
その距離、約500m。


15:55 そしてマケドニア入国!

「国境あたりにタクシーとかバスとかいたりして」という甘い目論見は、秒で粉々に砕け散り、マケドニアの風に飛ばされていきました。

入国後の顛末は次回。


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八日目 ベラト→ジロカストラ観光→ジロカストラ泊

2017年05月04日 23時45分57秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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バルカン半島八日目。
アルバニアの中で一番有名な観光地はたぶんベラト。
でも、自分が一番行きたかったのはシュコドラとジロカスラ。
シュコドラは歩き方ではスルーだけど、本当によかった。
ジロカストラへのウキウキも高まる!

ちなみにジロカストラ(ギロカスタルとかギロカストラとかとも)というのは『石の街』って意味だそうです。




ベラトのマンガレム地区から長距離バスターミナルまでは、やっぱり市バスで。

20分はかからないはず。

ベラトのバスターミナルからジロカストラまでは
8:00発のサランダ行のミニバンで。


サランダから折り返して、ベラトに戻ってくるミニバンのようです。


道中なかなかの山道


山羊とかいる


折り鶴でワイルドに遊んでくれた双子ちゃん。


ち、近いw


山を越えるとのどかな感じ。







ジロカストラまでは800Lek、3時間半くらいで(11:30頃に)到着。


到着して驚いたのが、ジロカストラのバスターミナル近辺はけっこう都会!
(降ろされたのは道端でしたが)
普通ににぎやかな街だった。
バスターミナルから予約していたドミまでは1.5キロくらいのはずなので、歩いていくことに。
でも、これはなかなかキツイことに・・・。

バスターミナル周辺はフラットな道だけど、宿は旧市街。
で、この旧市街が坂道しかない!
大通りからちょこちょこっと脇道に入っていくと、あとはもうずっと坂道。
とても急な。
そして市街地と旧市街の隙間あたりは人通りが少なく、道があってるか不安になっても、なかなか人が通りかからず、「これで道間違えてたら本当にヤだな」と悶々としながら歩くハメに。



結果的に地図は読み間違えておらず、無駄なく宿にはつけたけど、帰りは絶対にタクシーに乗ろうと、早々に心に誓う。


本日のドミはストーン・ホステルというドミ。
今回の旅の中で、個室の宿も含めて、ダントツ1番の宿でした。



お洒落、かわいい、清潔、フレンドリー、美味しい!
部屋のWi-fiが共有スペースより若干重いのだけ残念。
それ以外はパーフェクトと言ってもいいかも!
めっちゃオススメのドミでした。
自分は英語もしゃべれないし、まだ旅慣れても、ドミ慣れてもいないので、くつろぎ方が分からなかったけど、もう少し堂々としていられるようになったら、連泊したいお宿でした。


もう一歩も歩きたくない・・・。
ここ数日、そう思い続けていたけど、個人的にはベラトより楽しみにしていたジロカストラ。身軽になって観光へGo!
まずは一番賑わっているはずの界隈へ。




絶賛工事中orz
アルバニアの過渡期な雰囲気は感じていたけど、ジロカストラにもその波は押し寄せていて、よりよい観光地を目指して、今まさに整備中といった様子。






こういう感じの写真をもっとワイドに撮りたかったんだけど、
この場所がプチすり鉢状になってて地形的にはいい感じなんだけど、残念。
フォト派の方は、数年待つべきかも?


ここでも城塞(ジロカストラ城)に行ってみた。
もう登りは嫌なんだけど、街を一望できると土地勘もつくし、やっぱり気持ちいい。


入り口からしばらくは大砲ズラリ。





適度な廃墟感。



有名な戦闘機。T-33 SHOOTING STAR。

冷戦時代の米軍の置き土産(というか、故障して不時着して、そのままらしいです)とのことで、これは是非見たい!って人も多いと思います。
が、2017年5月、この戦闘機の周りに、今まさに柵が作られていましたorz

あの、崖っぷちにおきっ放しな感じがよかったのに・・・。
せめて地味なフェンスとかにしてくれたらいいのに、よりにもよって牧歌的な白い柵。
画的には台無しですが、これも「よりよい観光地を目指して」ってことなんでしょうね。
ううう、残念。

上記の写真の柵の隙間から入り込んで、たぶん最後の接写に試みます。
来るの1時間遅かったら、もう近づけなかった・・・


なんとか柵を隠して撮ってみた。
機体の陰で、じつは作業員さんが立ちションしてますorz


広場にはステージがあって、歴史の趣をやんわりと邪魔してます。

こういう「すぐ死ねる場所」に簡単に立てちゃうのはシュコドラと変わらず。


時計塔と遠くの山々のコントラストは素晴らしい!


新市街。あそこから登ってきたんだなとシミジミ。


ジロカストラ城には博物館も併設されてます。
別料金で100か200Lekでした。
中は、見せ方とか度外視した感じで、とにかく銃がズラァァァァァァ~~ッと並んでます。
好きな人にはたまらないお宝かもしれません。
が、こちとら銃器には疎いので、並べられている銃の違いが分からない。

インパクトがあったのは、ナチスの旗を持った兵隊を足蹴にしているアルバニアンの銅像が、デデーーン!っと飾ってあったこと。
その銅像に限らず、色んな展示とか見ていると、しばしば「アルバニアン(またはジロカストリアン)って、もしかしてすごく猛々しい人々なのでは?」と思わされる。
町で会う人々はあんなにホンワカ陽気でフレンドリーなのに。
心のどこかに、やる気スイッチを隠し持っているのかしら?

工事車両。ギリギリ。



お次はスカンドゥリ・ハウスとゼカテ・ハウスへ。

スカンドゥリ・ハウスは英語を話すガイド的な人がいて、色々と説明してくれます。
入館はたしか200Lek。
分からないこと、気になることは、英語さえ話せれば聞き放題。
ただし、最上階の一番豪華な結婚式用のお部屋は撮影NG。
建物の門のところにお土産売りの人がいて、写真NGのお部屋のポストカードとか売ってます。



台所。


普通目の寝室。


キレイ目の寝室。


ビックリしたこと。
ここでトイレに行きたくなって、その旨伝えたら、なんとこの家のトイレを使ってくれと!
さっき見学したトイレを普通に使ってよいと!
穴が小さいので緊張しましたが、無事命中(?)とあいなり、汚さずに出てくることが出来ました。(紙ありません)
野心家の方はお試しアレ。オススメはしません。


もう歩きたくない。


励まされる。






ゼカテ・ハウス、見えた!


ゼカテ・ハウスも入館200Lekですが、こちらはガイドさんなどはいません。
でも、個人的にはコチラのほうが好き。

だって
1.写真撮り放題!
2.上部のテラスからの眺めが最高!
なのです。
入り口で飲み物を売ってたので、そこで買ってテラスで飲んだら気持ち良さそう。

室内でもまだまだ上る。


さっきは撮影NGだった婚礼の間。




暖炉の周りの装飾はザクロのデザイン。これは子孫繁栄の願いを込めて(種が多いので)

乙女専用の参列部屋はロフト使用。


こちらが最上階にあったテラス。


さっきまでいた時計塔があんなに小さく!


上から見ると、石の街ってことを実感。



城からスカンドゥリやゼカテまでの道のりは、ヘタレで足の指が折れていた自分には、ちょいキツかった。
てか、ルートがエグい。

城は当然山の上にありまして、お屋敷も山の中腹にありまして、その山と山は別の山でして、いったん街のくぼみに降りてまた登るっていうルートなんですよね。
お屋敷までの道は若干分かりにくいので、あってるのかな?って不安もちょいちょい。
「石の街」のほかに「千の階段」という異名(ベラトの「千の窓」に対抗?)を持つだけのことはありました。
とにかく、旧市街に入ったら平坦な道はありません。
主だったところへの移動は「下ってから登る」が基本です。
これで雨でも降ろうものなら、ただでさえすべりやすいジロカストラの道は、修行の場と化すことでしょう。

今回、自分はコンバースで行きましたが、もしこれから自分と同じようなルートや日数で行く方がいたら、絶対にウォーキングシューズやトレッキングシューズをオススメします。
適度に厚さと溝のあるソールが、きっと旅人を支えてくれます。
ホント、毎日がトレッキングか?って感じでした。


ジロカストラの人も、最初は少しよそよそしい(てか、これが普通か)かと思いきや、
話しかけると、心はとっても暖かかくて、笑顔はとっても柔らかい。
石の街なのにね。



道に迷ったとき、本当にたくさんの人に助けてもらった。
紙地図ならではラッキーハプニングかもw


夕暮れ写真、少し遅かった・・・



夕食は宿で進められた旧市街のお店へ。
レストランなどは多数あり、21~22時くらいまでやっるところもあったので、そのあたりは困ることはなさそうです。





店内のテレビで、ちょうど北朝鮮問題を取り上げていて(2017年4月ころはミサイルたくさん撃っていて日本海に落ちたり、29日にも打ち上げ失敗したばかりだったので)、こちらがアジア人なせいか「アンタんとこ大丈夫?」と心配されました、もとい茶化されてただけかも。






旧市街の夜道は、とっても明るいとは言えませんが、怖い感じはしませんでした。
酔っ払いが喧嘩してるとか、不穏な空気を発している人とか、ガラの悪い若者とか、そういうものは見かけませんでした。ま、一晩だけなんですが。

ベラトみたいなライトアップはしていなかったので、観光はやはり太陽光があるうちがオススメかも。
でも、すごくいいカメラで撮るなら、夜の景色も美しそうな街でした。


食後のデザートは宿でもらったクッキー。


おやすみなさい。


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七日目 アポロニアとベラト観光→ベラト泊

2017年05月03日 23時55分16秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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バルカン半島七日目。
今日はAMに近郊のアポロニア遺跡を観光し、PMにベラト観光。




朝のベラトの街も清々しいです。

宿の朝食。



アポロニアにはギリシャ遺跡があるそうで、正直ギリシャ遺跡なら、いつかギリシャで見ればいいやと思っていたけれど、道中で間近にトーチカを見られるという情報を得ていたので行ってみる事に。
(修道院がステキと噂のアルデニツァも行きたかったけど一歩及ばず)



まずはベラトの千の窓のエリアから、市バスで長距離バスのターミナルまで移動。
20分ほどで到着したバスターミナルには、売店や軽食屋もあります。







9:30頃発のフィエリ行きの中距離バス(ミニバンみたいな)に乗る。





道中、トーチカ発見!
でも、走る車からの撮影は難しい。





フィエリの町は結構栄えていて、歴史的な雰囲気とかは無いけど、アルバニアのリアルな都会って感じがあって、ウロウロできたら面白かったかな?って気もする。


10:40頃、フィエリの道端でみんな下ろされる。

フィエリからアポロニアまではタクシーなのだけど、どこで拾えばいいのやら?

道端キオスクみたいなところのお兄さんに聞いてみると、そのお兄さんがタクシーの集まってるところ(目の前なんだけど、白タクなので気づかなかったw)まで案内してくれて、運転手さんとテキトーに話をつけてくれて、自分で値段交渉するまでもなく往復で2000レク(2000円)弱で話がまとまってたw

普通は後部座席に座るものなんだろうけど、より広く景色を楽しみたくて、助手席に座らせてもらう。




サッカー場。屋根付きが普通みたい。



30分ほどでアポロニア遺跡に到着。
運転手さんにチケット売り場なども全部案内してもらって、いざ散策。

シュコドラの城塞でも思ったけど、本当にみんなフリーダム。
遺跡が総合公園のような役割を果たしているみたいで、敷物を広げてピクニックしてる親子とか、遠足で悪乗りしてる高校生とか、サッカーしてる小中学生とか、傍らのレストハウスの横の広場では幼稚園児がなにやら発表会をしているしw
この旅の中でそういう感じに慣れてきちゃってるけど、「石舞台の横でサッカー」とか、日本に置き換えて考えると、なかなかレアな光景って気もしてくる。













遺跡のこととかはよく分からないし、もっとすごいのは世の中に沢山あるとは思うけど、のどかな雰囲気とかは良かった。
「THE・ギリシャ遺跡」を目的に行くと、少し物足りないかも?

運転手さんと約束していた時間に車に戻ると
「全部見た?ちょっとついてこい」と、遺跡の横の壁の向こうに連れていかれる。



こんなところにミュージアムと教会が!
点数はそんなに多くないけど、ここで発掘されたと思しき大理石の像などが、剥き身のまま置いてある。触れちゃうけどいいのか?いや、触らんけどね。触ってみたいけどね。

回廊型のミュージアムの建物に囲まれるような中庭には古い教会があって、こちらも中に入れます。

もちろんアポロニアのチケットに含まれてます。





あぶなく全部スルーするところだった。
運転手さん、ありがとう。

結局、大幅に時間を過ぎてしまったけど、追加料金など求められることもなく、和気藹々とフィエリへ。
戻る道中、「これも全部遺跡なんだよ」と有料敷地外の草むらにある敷石などを教えてくれたり、トーチカの前で一時停止して「写真撮れた?」と聞いてくれたり、とっても親切で、アタリの運転手さんだった。





フィエリに戻ってきた。





フィエリの長距離バス溜りの近くのパン屋でピザとヨーグルトドリンクという軽めのランチは200レクくらいだったはず。「安ッ!」って思ったのは間違いない。



フィエリを13:00発の長距離バス(バン)でベラトに戻り、市バスで世界遺産エリアに戻ったのが15:00頃。

宿で少し休憩。



山の上に見える城塞に向かうけど、もう山登りは嫌だよう。
でも行く。

道路の白っぽい石畳はとにかく滑りやすい。
グリップ感が弱くて妙に疲れる。
坂道発進しようとしてたベンツが、タイヤを空転させてるのを見たときはちょっと怖かった。



城塞の中はとってもフォトジェニックな景色がたくさん!
画的に余計なものも少ないし、城塞の中にホテルもご飯やさんもある。
ここに泊まって、山を降りずにじっくりお散歩しながら写真撮るのも悪くないかも?と思ったけど、川岸の夜景も捨てがたいものがあるので、なんとも言えない感じ。










お土産やさん。
レースが有名っぽい。
アンティークショップ的なものもチラホラ。









赤のモスクってこれ?探しても見つからないと思ったら、予想と全然違うビジュアルだったのね。

貯水槽。ちょっとした感慨。





なにげに古いらしい教会。





城塞北側の展望台からはゴリツァ地区を上から一望。




生き物もたくさん。





日暮れ前には羊飼いさんが放牧に!
世界遺産で放牧ってスゴイ。





下山時、正直もう坂道なんて一歩も歩きたくない。誰か車に乗せてくれないかな~と、通り過ぎる4輪を恨めしい気持ちで眺めていたら
「どこまで行くの?乗ってくかい?」と家族連れの車が声をかけてくれた!
遠慮も忘れて「ありがとう!下までで十分です」と、お相手の気が変わらないうちに乗り込む。
10歳の娘さんがシャイだけどアジア人に興味深々な感じで、めっちゃかわいらしかった。

下山後は「鉛のモスク」とナントカ教会へ。







鉛のモスクでは、そこを遊び場にしてる子たちがいて「中見てもいい?」と聞くと「そっちは女性用、こっちが男性用のお祈りの場所だよ」と案内してくれたり。
モスク自体は地味目で、ランドマークにはなるかも知れないけど、観光として寄るほどではない感じ。
でも、リアルで実用的な場を覗けるのは嬉しいし、質素なデザインを見るのも個人的には好きだし、なにより子供たちの美しさがすごい。
将来が楽しみだわ。
(4人のうち、3人は親類。どの子かすぐわかるw)

こっちは教会。





吊橋から見て右側に広がってるメインストリートはかなり賑わっていて楽しそうだったけど、ちょいと疲れていたので、こじんまりした小さなお店で食べたくて、アイス屋さんの並びにある軽食屋さんでソフラチェとビール。


ソフラチェは、シュコダルでしょうきさんに教えてもらったギリシャのファーストフードみたいなやつ。
厚めのパン生地っぽい皮に、なんたらケバブみたいな鶏肉と、フライドポテトと、少しのお野菜がギッシリ入ってて、ケチャップとマヨネーズがたっぷりかかってる。

てか「ソフラチェ」で検索しても、何もヒットしない。
「スブラキ」なのかもしれない。スブラキのスペルは「Souvlaki」なので、キリルっぽい風味とか足したらソフラチェと読めそうだし。
でも、スブラキで検索して出てくる画像が似ても似つかない。

今となっては自分が何を食べてたのかも良くわからないけど、その時、ポテトをつまみにご当地ビールをグビリとやりつつ、ボーっと異国の町並みを眺めてた幸せったらないですね、ホントに。
ささやかな幸せを噛みしめつつ
おやすみなさい。


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六日目 ティラナ観光→ベラト観光→ベラト泊

2017年05月02日 23時55分52秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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アルバニアのティラナ2日目。
昨日の足の指損傷と、同室ブッチャーさんの鼾攻撃による寝不足のため、微妙なテンションで目覚める。

この日は、本当はクルヤという城塞都市にプチ観光するつもりだったけど、さすがに厳しい。
午後にはベラト(ベラティ)に移動予定だけど、このまま都市を離れてしまっていいのか?
病院にいくなら早いほうがいいだろうし、そもそもティラナ(首都)を離れたら、もう病院に行くチャンスもないのでは?
と昨夜からブッチャーの鼾とともに悶々としてたら、なんとシュコドラのしょうきさんが「助けに行ったる」ということで、ティラナまで来てくれた!まさに翔んで来る翔来さん、正気か?

しょうきさんが来てくれるまでの間に、すこしだけティラナ散策も。

有名な広場は工事中。でも、もう工事は終了しているそう。


鎖国時代に数多く作られたらしいトーチカ。
ティラナの街中にあるものは、当時のものではなく、地下に作られてる博物館の入り口。


内側から見るとこんな感じ。

天井が壊れているのはデザインではなく
「つらい時代を思い出させるものを、こんな街中につくるなんて絶対反対!」
という人々による破壊行動の結果だそう。
逆に雰囲気出てる気が・・・

街中にあったモニュメント。
作者は日本人の名前だった。




社会主義らしいデザインの建物。
中には入れず。












しょうきさんが来てくれて病院に行こうにも、なかなか病院が見つからない。
けっきょく病院の場所は宿のオーナーが地図に書き込んでくれた場所が2ブロックくらいずれてて、前日見かけたマリア像があるところだった。

病院ではすべてのやりとりをしょうきさんにおまかせ。
レントゲンを撮ってもらい「折れてない」とのお墨付きをいただきました。



ちなみに、帰国後にやっぱり折れてることが判明します。粉砕骨折とか剥離骨折とか、そんな感じ。

夕方に専門の先生が来るとかで、17時にまた来てと言われたが「折れてないなら」ということでスルー。
しかし、アルバニアの薬局にはテーピングらしきものが無い。
シップ的なものも見つけられなかった。
仕方が無いので、再びバンドエイドで固定。
「余計痛い気がする」「でも、固定しといたほうが良くない?」
おとなしく従うことにする。
(これは帰国後に病院で褒められた。ありがとうしょうきさん)

で、気になる病院のお値段ですが、1200レクぐらいでした。
日本円にすると1200円くらい。レントゲン撮ってこれは安い!
なので、海外旅行保険とか申請してません。


観光とかはあんまりできなかったけど、滅多にできない貴重な体験ができたので、まぁ、よしとする。
ティラナのへんてこな思い出を携えて、いざ、ベラトへ!


ティラナ→ベラトのバスは街の中心街から少し離れたところから出てます。
シュコドラのときもそうでしたが、バスターミナルというキチンとした施設はないので、いつ動いてもおかしくない気がしてます。
現地のそのときに確認するのが吉な予感。




自分は宿のオーナーさんからもらった地図を頼りに、とりあえず市バスに乗る。
大き目の通りをなんとなくターミナルに向かって歩いていくと、予想通り市バスのバス停らしきものを発見。
貯まってる人たちに地図を見せつつ「ベラト、アウトブシ」とか言うと、「ここのバス停であってるよ」っぽいリアクション。
バスが来たら「ほら乗って」、目的地付近で「はい、降りて」と。
ホント、なんとかなるもんだ。



でっかいサークルの向こうに大型バスが並んでいるので、ローカルを盾にして道路横断。
そろそろ出るよ~というちょうど良いバスに乗れた。座れた。
しかし出発は結局20分後。ここでも、満席になるまで待つシステムは健在らしい。


ベラトについたらしい。「降りなはれ」と教えてくれる。素直に降りる。
よくブログとかで見かけるちゃんとしたターミナルじゃなくてボロッちいバス停。



写真には撮りきれてないけど、自分好みのボロさ。廃墟感が良い。
ここから市バスに乗るらしい。ターミナルまで行っても戻ってくるだけなので、ここで降りることを勧められたっぽいけど、ターミナルまで行ってたら市バスで座れたんじゃなかろうか?



ついたよ。千の窓の街。世界遺産の街。ベラト(またはベラティ)。
思ったより普通かも。でも、田舎ぽい雰囲気が良い。

予約しておいたのは「Hostel Mangalem」なる宿。
地図を頼りに歩きだすと、すぐ目の間に「ホテル・マンガレム」を発見!
受付に行くと「あんたなんか知らんよ」と優しいご指摘。え~~~?
結局そのホテルのWifiを借りたり、バウチャーを見せたりして、正しいほうの宿を理解したものの、結局電話もかけてもらって、迎えに来てもらうように話を通してもらったり。
本当にありがとうございました。

ベラトは川を挟んでマンガレム地区とゴリツァ地区に分かれており、自分はマンガレム地区にいるので、ホテルマンガレムとかホステルマンガレムとかマンガレムホテルだらけ。
「マンガレム」という名称はなんの目印にもならなかったのです。
それなのに、一番最初に目についたマンガレムに飛び込んでしまい、本当に申し訳ないorz

てか、こんなに油断していたのには訳がありまして、Hostel Mangalemの口コミでは「ベラトでバスを降りたらバス停でオーナーが待っててくれた」という意見が散見。ゆえに、あんまりじっくり調べないで来ちゃったのよね。
でも、毎回のオプションってわけではないみたい。
やっぱり、自力で辿り着く覚悟で準備することは大切だ。

なにわともあれ「Hostel Mangalem」に辿り着けてよかった。
1泊10ユーロ。この旅最初で最後の連泊をします。
ここぞとばかりにお洗濯を頼んだけど、別料金を払った記憶がない・・・
いくらだったんだろう。

部屋からはゴリツァ地区が見えて、「ああ、ベラトにいるんだな」としみじみ。
鍵つきロッカーもあったし、タオルも貸してくれました。
オーナーは英語話しますが、オーナーのお父さんは英語不可。
でも、すごく歓迎してくれて、いっぱい話しかけてくれて、ものすごく人懐こくてカワイイおじいちゃまでした。
夜遅く(22時頃)に帰ったら、宿の前の道まで自分を探しに来てくれてて「心配したよ~」的なことを(多分)言いつつ、ハグハグしてくれたり、おやすみなさいの挨拶の時にはイイコイイコしてくれたり、とにかくカワイイおじいちゃま。
これ、自分が童顔女性とか関係なくて、相部屋の日本人男性も「おじいちゃんがカワイイ」って言ってました。

まぁ、私がタイ人とかだったら「頭触るな!ゴルァ!」とかなってたかもだし、宿は寝るだけでいいんだけど・・・って人的には微妙かも知れないけど、自分的には本当に楽しかったし、もしもう少し余裕があったら、共有スペースとかでもっと一緒に過ごしたかったなぁ。


ベラト初日は、さっくりと軽めに観光。

まずゴリツァ地区を散策。
こちらは栄えてるマンガレム地区と違って、こじんまりとした印象。
宿やレストランはほとんど無く、ほぼほぼ生活エリアって感じ。
雰囲気のある路地と、本気の廃墟と、猫が多い。
出会う人は物腰柔らかな人ばかり。日本人だというとフレンドリー倍増する方たちも多数。
マナーを守って旅を続け、政治的にもがんばっていただき、このポジションを死守していきたい。










マンガレム地区は宿、レストラン、商店、ゲームセンター、目抜き通り、教会、モスクなどなど、人の集まる施設が沢山。
アルバニア人にとっても観光地らしく、ご機嫌な感じの人が多い。









吊橋から見て左斜め前辺りにあるアイスクリーム屋さんは「ティラナから食べに来る人もいるんだよ」とオススメされて行ってみた。
フツーに美味しいです。フツーにw
双子の兄ちゃんがやってるお店で、彼らは写真NGなのが残念。


ちなみベラトではなんと日本人に4人も遭遇。
日本人の生涯渡航率が1%を切るというアルバニアですが、黄金週間パワー炸裂&さすが世界遺産。

おかげで夕食は偶然出会った日本人とシェアできることに。







こちらはゴリツァ地区に向かう吊り橋を渡って左側にある坂道を少し登ったところにあるレストラン。
とっても眺めが良かったので、教えてもらえてよかった!

食事を終えて、情報交換などして、22時頃に宿に戻ると、宿前の通りにおじいちゃんが!
「遅いから心配したよ~」と、めっちゃ心配してくれて、撫でこ撫でこされつつ帰宿。
おじいちゃんゴメンネ。ありがとう。おやすみなさい。


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5日目 シュコドラ観光(プチ骨折) →ティラナ(ほぼ観光ならず) →ティラナ泊

2017年05月01日 23時55分56秒 | コソボ・アルバニア・マケドニア 2017年GW
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旅の5日目、アルバニアの2日目は、シュコドラ観光(粉砕骨折!?) →ティラナ(ほぼ観光ならず) →ティラナ泊

真っ青な川を見たいシュコドラ。ここはお天気が重要。
と、静かに祈っておりましたが、見事にピーカン!(死語)

自転車を借りて、今日は城塞の上まで行ってまいります。

8:45宿出発
両替をしたり、市場を覗いたり、さんざん油を売りながら行く。



両替所(ちょいちょいあります。ATMも。)
1レク≒1円


ジプシーの子




なんでも路上で売ってます。

商店街と露店と市場の中間みたいなところにきた。





ここでまさかのドッキリに遭遇。
自転車隠されたw



後で色々撮らせてもらってた写真を振り返ったら、しっかり写ってました(^-^;)



市街地は平らな舗装路だけど、崖下から城塞までは一気にものすごい急坂。
自転車を押していくのもつらいし、下りも怖いだけだと思ったので、途中の駐車場に自転車を置いていく。(駐車場は数箇所ありました)
城塞の入り口についたのは10:00頃。
たぶん、寄り道しなけば30分もかからないはず。




入場料200~300レクくらいだったはず。

城塞の中は思った以上に広くて自由。
サッカーしてる少年、シートを広げてくつろぐ親子連れ、学校の遠足らしき団体さんなど、色んな人がいます。
城塞の塀の上にも上り放題&柵なしなので、ここも自己責任で。
それにしても素晴らしい眺めだ!

















来て良かった~っとシミジミ。

しかし、ここでトラブル発生。



この旗の横に立って写真を撮ってる人がいたので、「私もお願い!」と頼んで、周りの人に助けられ、なんとかよじ登って写真を撮ってもらった。
そして、塀から降りるとき、身軽にピョンと跳んだはいいものの、着地の瞬間、足の指におかしな痛みが。
恐る恐る靴と靴下を脱いでみると・・・



キモッ!
なにこれ?勝手に自分で治していいの?そっとしといた方がいいの?分かんないよう・・・
あっというまに老若男女のアルバニア人に囲まれる。
すると、その中のひとりのオバチャマが「こんな感じかな?」と、軽いノリで、指をポクッと折った!
おお!いちを元に戻ったっぽいw ありがとう。

続いてもう一人のオバチャンが「だから言わんこっちゃない!気をつけなさい」と真顔で叱ってくる。なんか妙に沁みた。ありがとう。

とりあえず指の位置は戻ったので、下山して宿に帰ることに。
自転車で本当に良かった。

宿に帰ったら、もうシュコドラとバイバイなので、時間の許す限り寄り道する。


城塞入口までバイクで来てたクレイジーライダー


ケバブのホットドッグ。



前日のスラムとは別のスラムにもお邪魔してみる。










チェスだけじゃなくドミノしてるオジサマも多かった。





景色も人も面白くて、ぜひまた訪れたいシュコドラだけど、
13時くらいにバスがあるっぽいので、ターミナルに急ぐ。

2017年5月時点で、シュコドラからティラナ行きのバスは乗り場は半年前の旅人さんのブログ情報から、すでに移動してた!
新市街の中心部から2キロ弱離れてたかな?
長距離バス溜りは、きちんとした建物があるわけではなく、ターミナルでもないし、バス停でもないので今後も動いちゃうかも。
宿の人に都度確認がオススメです。
でも、近くまで行くとバスが数台停まっているので行けば分かります。
あとは近くの人に聞くのみ。

宿からは結構遠かったので、自分は市バスで移動しました。
「アウトブシ ティラナ」の連呼で乗り切れたw
確実さを求めるなら、タクシーで「○○行きのバスに乗れるところ」って連れてってもらうとかした方がよさげかも。


13:30って聞いてたバスだったのに、13:35くらいについたけど乗れまでした。
結局14:00前くらいに出発だったと思う。少しでも席を埋めてから出発したい感じ。
バスの本数とかは分からないので、少し前に行くのか、あえて遅れていくのかとか、何がいいのか分からりませんorz

バスでは隣の席の女の子と仲良くなれて楽しかった。
医者の卵で、将来はアフリカで人道支援的なことをしたくて、小児科と精神科をメインで勉強中との事。
セーラームーンが大好きで、特にジュピター推しらしい。
タキシード仮面の呼び名など、日本語とアルバニア語で比べたりw
また、彼女のいとこはコソボ在住で、内戦の頃は色々大変だったそう。
自分が恥ずかしくなるくらい、未来への展望や、趣味や、民族愛なんかをキチンと語れる若者が眩しかった。


2時間弱でティラナに到着。お値段失念。



ティラナのバス停からは、印刷したグーグルマップなどを頼りに宿を目指す。
若干迷いかけたところで、バッパーらしき女子たちを見つけ、万に一つも同じ宿かも?と思い地図を見せて聞いてみる。
彼女たちは、この町の住人とのことで、むしろ旅帰りだったけど、宿の場所は知ってるよってことで案内してくれた。ありがたや。


「Tirana Backpackers Hostel」一泊9ユーロ
広々としたつくりで開放感がある建物。
調度品などもとてもお洒落。
共同シャワーも湯量十分&使いやすいつくり。
Wi-fiは部屋によって、かなりムラがある。
朝ごはんは簡素だけど個人的には十分。雰囲気のいい中庭でいただくのが嬉しい。













宿について一息。まずは荷解きを・・・と思ったら、開かない!
ダイヤルロックの番号がズレちゃってる!?
足の指もドンドン痛くなってきた。
悲しい。不安。痛い。
・・・・・・ゥゥゥウワ~~~ン(>_<)

「日本人に会いたいよう」
「誰かと(カンタンに)話したいよう」

こんなこと、海外旅行をしてて滅多に思ったことないけど、てか多分はじめてなんだけど…。
自分でもビックリするくらい弱気になってる。
自分の部屋はwi-fi微妙だったので、共有スペースのソファでSNSに甘えながら、ダイヤルロックをにらみつける。
もう一つずつやるしかない。

と、そこへ人間登場。アジア人だ!何語で話しかけるか迷っていると、「ペコリ」と小さな会釈してきた。日本人!?

「こんにちは」
「あ、日本の方?」
「(あなたも)ですよね?」
「はい。何してるんですか?こんなところで」

あ~~癒される。ちょっと曲者風の人だけど癒される~。

イギリス在住の日本人男性で、英国にいるうちに欧州をあちこち旅しちゃおうということで、今回は3日くらいの旅の一部としてアルバニアに来てるとのこと。
「すごい暇」「こういうの得意」とのことで、鍵を開けようとしてくれる。
が、一周しても開かず、結局自分で空けたw
でも、その間ずっと話し相手になってくれた。

英語ペラペラさんだったので、宿のオーナーに私の状況を伝え、病院の場所を地図に書き込んでもらう。
この辺だと「~キリスト病院」みたいなミッション系の総合病院?と、そこが閉まってたら近くにドイツ人の心臓内科みたいなのがあるとのこと。別に心臓に問題はないんだけどね。
病院に行くときもついてきてくれたり?と期待したが、それはなかったw

場所も分かったし、宿のオーナーいわく「2000~3000円くらいで済む」らしいので、異国の病院行くぞぉ!

痛い足を引きずりながら町に出て、右足だけ極端なガニ股&左右に揺れるように歩いてたら、クソガキ共が「チャップリンかよ~」と小バカにしてくる。チキショウ!

お!日本大使館できたのね!看板ピッカピカ!


病院がない。
地図の場所は廃墟と駐車場。
駐車場の管理人さんに尋ねるも英語不可orz
でも、それで終わりじゃなく、すぐに通りすがりの英語OKさんを捕まえてくれる。やさしい。
指差されたほうに歩いてみるけど、見つからない。
エントランスにマリア像の置いてある建物があったけど、閉まってる上に、病院なのかもわからない。
地図上では、もう、その先のドイツ人の心臓内科の近くまで来ちゃってるよ。

あきらめよう。
足の状況はよく分からないけど、目の前の薬局に入ってバンドエイドを購入し、足の指を固定してみる。(薬局はやたらある)

観光なんて一切できず、痛みと疲労でドンヨリしてたけど、夕食は宿で会った日本人男性とともにする。
なかなか豪華&ちょぴりだけど、この旅初の魚介もいただけて小さな幸せがしみる夜でした。
おやすみなさい。

zzzZZZZZZ!

寝れるかぁ!
この日は4人部屋をブッチャーみたいな白人男性と2人で使ってたんだけど、鼾がすごい!豚小屋とはよく言ったもんで、なぜ本人が目覚めないのか不思議なレベル。
悪気ないのは分かるけど、つらい!

眠りが浅くなったら鼾も弱くなるかも?と思い、自分の毛布をファサファサして風を起こしてみる。(人間は顔に風が当たると目が覚めるって昔テレビで言ってた)
ついでにササッと懐中電灯でお顔を照らしてみたり。
ちょっと起きかけてきたのでコチラはすかさず寝たふり。
いいぞ!静かになってきた・・・・・・のに!もう!!すぐに爆睡モード再開orz

一度寝るのをあきらめて、踊り場のソファでぐうたら。
でも起きてると足が痛いんだよ。寝ちゃって楽になりたいんだよ。
寝ちゃった。ソファで。

おやすみなさい。

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