みう と 青

みうと青の共同ブログ。
知ってる人には言えないけど、知らない誰かの通り過ぎる場所で呟きたい独り言があるのです。

幸せを思い出す

2011年05月31日 03時03分44秒 | みう・つれづれ
こんばんにゃ。

今日は幸せを
たくさん感じられた1日でした。

たくさんの人が
支えてくれたり
笑わせてくれたり
力を貸してくれてる事を
思い出せた1日でした。

教えてくれた人たちに
思い出させてくれた人たちに
小さな声で
でも、
心を込めて

ありがと


おやすみなさい。
Have a good dream ☆彡

だにゃあ

事件は現場で起きてるんじゃない。湾岸署で起きてるんだ!?

2011年05月28日 23時31分16秒 | みう
こんばんにゃ。

先週のツーリング&ラーメン部の帰りによったライダーの聖地・エバグリにて。

皆でダベッていたところ、スーッと近づいてくる一台の車。いわゆるイタ車。
我々の前で停車し、降りてきた運転手は

『湾岸署、どこですか?』

と聞きていた。
ふと見れば助手席には等身大の女の子のマネキン?というより、ぬいぐるみがシートベルトをきちんと締めて鎮座している。

そのぬいぐるみの驚愕のクオリティ(低い方ね)に目を見張りつつ頭をよぎったのは

『これから自首でもするのか?』

だってさ、助手席に人形って本当に怖かったんだよ。
説明できない不吉な予感に襲われちゃうのだよ。


実際には趣味の集まりの待ち合わせ場所が、たまたま『湾岸署前集合!』って事だったみたい(^_^;)

ちなみにそこは一時集合場所らしく、帰りにもそこかしこでイタ車の集団を見かけましたが、壮観でした。



で、こっからがチョビットだけ真面目な話。


その日、ものすごく運転マナーの悪いイタ車を1台だけ見た。

で、自分はいつか

『イタ車って運転マナー悪いじゃん』
『アニメ好きは実社会のルール守れないヤツばっか』

なんて、ヒドい差別をしてしまわないか不安になった。

逆にいうと、例えば自分には

『ライダー』
『アマチュア演劇人』
『ダイバー』
『ボランティア』
『日本人』

などなど、沢山の記号が貼り付いてるし、背負ってもいる。

それだけで誰かから嫌われたりするかもしれないし、自分の行動のせいで『仲間』を汚してしまう事もあるかもしれない。

理不尽なカテゴライズ。
されたり、してしまったり…。

どんなに足掻いても、そこから解放される事はないのかもしれない。

自分が怖い。
でも、諦めたくないにゃあ。

つかれた…

2011年05月27日 02時15分53秒 | みう・つれづれ
こんばんにゃ。

つ か れ た …



なんにも考えたくない。
なんにもしたくない。
なんにも感じたくない。


にんげんは好きさ。

だけど、どうして自分はにんげんに生まれちゃったんだろ。

しくじたったかもなぁ。


ほめられるような事はなんにもしてないんだけど、『いいこ いいこ』とかされたいにゃあ

ターザンがラーメンを食べる日

2011年05月24日 21時26分48秒 | みう
こんばんにゃ。
ゴリラがバナナをくれた日(by坂本龍一)でも聴きながら、しっとり読んで下さい。


去る5月21日(土)、日頃の運動不足を解消し、ビーチで誰もが振り返るポニョバディを、来るべき夏の勝負に備えトランスフォームすべく、千葉のアスレチック施設『Tarzania』に行ってきました。

普通のアスレチックと違い、カラビナで常に安全を確保しながら楽しむスタイル。
というか、そうしないと死人が出るスタイル。

なんか、よくわからないけどテンションが鰻登りに登りまくって、童心に帰ってはしゃぎ倒しました。

約50の難所をこなし、ある時は長距離を空飛ぶように移動し、またある時は一瞬自由落下?スパイダーマン?な大技をかまし、SASUKEとかやってる人ってハンパねぇな…と、シミジミしつつ、今では更なるハードコースがあると噂の富士山麓コースに闘志を燃やしています。

ターザン後は遅めの昼食でCOCO'Sデビュー。
入ったのは初めて。お値段通りの味ですね(^_^;)


そして夜は五反田で久々のラーメン部っす。

お店の名は平太周 味庵。
なんか背脂とニンニクを売りにしてるらしい。
気にせず普通っぽい特製ラーメン(チャーシュー、メンマ、煮卵など)を注文し、しばし待機。

『へい、お待ちぃ!』

どれどれ… なんじゃこりゃ!

脂で丼の中が見えないよ。
白くて細かい脂の粒で埋まった丼表面は、まるでおかゆ?(大げさじゃないよ!)

お店の人に
『これ、(頼んだのと)違います』
って言ったけど
『それです』
って言われた。なんだとーっヽ(*`Д´)ノ

しかし、脂の下には確かにメニューの写真通りの具材が(゜д゜;)

恐る恐る食べてみると案外普通。
ただ、遅めの昼食後に食べるもんじゃなかったorz
ターザン後、すぐに食べたかったかも。


早く富士山コースに行きたいにゃあ

救援物資募集中 Ver.6月

2011年05月20日 23時39分49秒 | みう・震災とボランティア

こんばんにゃ。

6月4~5日に、2度目の宮城入りをします。

6月の3日(金)に会社の後に深夜バスで仙台入りし、4日・5日に活動し、
5日の夜行バスで東京に戻り、6日はそのまま出社!というスーパー弾丸計画ですw


で、5月に引き続き、現地からの「これから欲しい救援物資」の情報が届きました(^-^)

無理のない程度で構いません。ご協力頂けたら助かります。


・夏物の新品衣類 (これは7月とかにも持っていけるので、焦ってません)

  かならず新品で!
  手作りも可!(着れるレベルでw)
  買ったのに新品のまま着ていなかったやつとかもOK!


  幼稚園生用から年輩の方まで、乳幼児以外のあらゆる世代にニーズ有り!


・水さえあれば作れるドリンクの素

  スタバのアイスVIA・麦茶のパック・ スボーツドリンクの粉 などなど


・タオル(首とかに巻ける、いわゆるフェイスタオル)

・汗拭きコットンシート(女性用・メンズ用)

・水のいらないシャンプー

・サッカーボール(サインや寄せ書きがないもの。だって、蹴れないじゃんw)

・サッカースパイク(20.5cm~22cm)

・夏用のユニやプラシャツ



以下、100均で売っている。

・ノート、レポート用紙、ルーズリーフ、単語カード、作文用紙、絵日記帳や各教科用のノート

・計算ドリル、漢字検定の本、英単語の本、日本史他にまつわる本

・レターセット、シャープペン、ボールペン(黒・赤・青など)、蛍光ペン



数は前回同様、少しでOK!

ひとり一つが、「案外たくさん集まったね(^-^)」になったら嬉しいにゃあ


「送ったるで!」って方はメールやメッセージなどでご連絡ください。
送付先をお伝えします。
 or 
回収に伺います。
(その分はまとめて送るので、物資と一緒に10円でも送料カンパしてくれたら嬉しいな)

ご協力、よろしくお願いしますm(_ _)m

missing

2011年05月18日 03時11分40秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

遠縁の親戚が行方不明だ。



いなくなった直後は口に出せなかった。

なんか、被害者ぶりたい、教科書に載るような出来事の当事者になりたい、そんな汚らしさや野次馬根性的なものが『口に出す』時の動機なんじゃないかって、自分で自分を疑って、口に出せなかった。

いや、それだけでもないんだけど、なんかとにかく口に出せなかった。



少ししたら、口から出るようになった。
『遠縁の親戚がまだ見つからないのだよ』と。

そして必ず付け加える一言。
『まあ、会ったこともない親戚だから、アタシにとっては他人だよ』
だから自分は特別に傷ついたりしてないし、可哀想でもないんです。
そのせいで悲しんでるかもしれない遠縁じゃない親戚を思って心を痛めるほど出来た人間でもないし…。冷たくてヤな奴だ。
そのくせ誰かに甘やかされたいんだ。



ねえ。

3ヶ月経つと、行方不明者じゃなくなるって本当?

命のボーダーラインは72時間だけじゃないの?



私の心の中の揺らめきは、ほんのさざ波程度。

今、このさざ波の何百倍、何万倍もの嵐と、人知れず戦ってる人がきっと、いや間違いなく、沢山いる。


だから自分、
忘れるな。
まだまだ。
これからだ。



にゃあ

『経済を回す』について

2011年05月17日 02時34分23秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

愚痴だぜ!だから言葉汚いぜ!文章もザツだぜ!


時としてイラッとくるフレーズ。
それが『ケーザイを回す』


最初に断っておくと、自分は経済には詳しくない。
でも、お金の流れが停滞するのはよくないってのは感覚的に分かる。

経済活動を活発にしたり、税収を増やしたりして、日本を元気にし、被災地を支えるべく、お金を使った方がよいって事だよね?
ある意味『使うほどに増える』的な?

だから、今、普通の生活できる人は、必要以上に自粛することないし、お腹いっぱい食べていいし、おしゃれ、飲み会、ライブ、旅行、なんでもすればいいと思うし、自分もする。


でもさ、何かってーと『ケーザイ回す』ってさぁ…

たまにムカつくのよね( -_-)


『ケーザイを回す』って言えば何でもアリみたいな、
その言葉が免罪符みたいになってる感が、ヤダ。


飲み会でバカ騒ぎしてもいいけど、バカ騒ぎしながら『ケーザイ回すぞ!どんどん飲もう』とか言ってると、少し引く。


わざわざ『ケーザイ~』って言うって事は、『被災地のため、お国のため、僕はお金を使いまーす!』って宣言してるんだよね?

だったらさぁ、その10杯目の生ビールをやめて500円募金すれば?
って思う。

飲むなとは言わない。
騒ぐなとも思わない。

ただ、ケーザイを引き合いに出して、まるで世のため人のためみたいに言うならさぁ…って話。



こんなこと思うのは、温度差なのかもしれない。

『ケーザイ』野郎の思う被災地と、自分が見たり、友人たちが行ってきた被災地はズレてると思う。

だから呑気に
『めぐりめぐって復興資金に…』とか
『税収が増えればいつか被災地の力に…』とか
そんなん言いつつ『ケーザイ』を回してるんだと感じる。


いや、それももちろん、とっても大事な事なんだけど…

それだけじゃなくて、それと平行して、
やれること、あるんじゃないの?


くどいようだけど、遊ぶな!贅沢は敵だ!って言ってるんじゃないの。
むしろ大歓迎ヾ(^▽^)ノ

ただ『ケーザイ回してまーす』って言葉使うなら、その免罪符の代金くらいは払えや、と…。



君の友達の友達が、仕事を失ってるかもしれないのだよ。

君の元カノの元カレの家が、まだヘドロに埋まってるかもしれないのだよ。

君の恩師の恩人が、まだ避難所暮らししてるかもしれないのだよ。

自分の半径10キロだけ見て、すっかりカコにするのは早過ぎないかにゃあ?



まあ、その免罪符ワードを口にしないとバカ騒ぎ出来ないという、ささやかな後ろめたさは、人間的で愛すべきもののような気もするし、被災地を忘れてないからでもあるんだろうけど…(^_^;)

相変わらずの ぐるぐるぐる

2011年05月13日 02時04分32秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

ちょうど1ヶ月前(震災からは1ヶ月後ですね)に、下記のような日記を書いてた。

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何かしたーい。
と思う。

けどこれは、何かして、自分自身が楽になりたいんだと思う。

阪神大震災の時、自分は(ぼぼ)何もしなかったと思う。
少しの募金だけだったと思う。
でも、学生だったし…って事で、自分で自分を許せた。

今の自分は前よりは少し多めの募金が出来る。
あと、直接被災地の役には立たないけど、節電とか買い占めしないとか、出来ることって言ったら大袈裟だけど、問題が出てきたら協力くらいはする。

でも、それは今の自分が被災地のために出来ることの全力じゃない。

ただ、実際に全力でやったら共倒れだし、国民全員が全力でやったら、それこそ国家の存続すら危ういと思う。
分かってるけど何かしたい。

だから、期間限定で全力で関わりたいんだ、多分。
それで自分を許したい。


本当は震災前から気になっていたんだけど、悲惨な地域は世界中にあって、
私は旅行やら買い物やらの贅沢をしてて、これからもしたくて、
そういうのも全部やめて寄付とか出来るスゴイ人間になりたいなとか、
たまに思い出したようにモヤモヤして、で、エイヤッ!と忘れて遊ぶ。

理屈では私が遊ぶのは悪い事じゃない、お金を使うのも悪い事じゃないって分かってる。
実際遊ぶと楽しいし、四六時中そんなことばっか考えてるわけじゃないし(^_^;)


だから、エゴなんだ。
分かってるんだ。
結局、根っこの根っこでは自分のためにボランティアとか寄付とかをしたいわけなのだ。
でも素人の自分は、そのボランティアをしないことがボランティアなのかもしれないのだよ。

でも、やらないと楽じゃん?
「行けたらいいなぁ…でもアタシなんかが行ってもなぁ…」
ってぼやいてるだけで、行かないって楽じゃん?

楽だと落ち着かないのよ。
気持ちが楽じゃないのよ。
気持ちが楽じゃないのはキツいのよ。
でも、やっぱり旅も贅沢もしたいのよ。

ぐるぐるぐる、だにゃあ


とりあえず、5月に三泊四日、自分のために行ってくる。

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この時の自分は、自分自身を許すために「一度だけ全力で関わろう」って思ってたんだと思います。

でも、行ってみて変わっちゃった。

まさか自分が「もっといたい」「帰りたくない」「絶対にまた行くから!」
なんて、思うと思わなかった。


行く前には「特別な事しようとしなくてもいいんじゃない?」って言ってもらって「ふむふむ」って思ったけど、今はもうボランティアは特別な事じゃなくなった。
行かない意味・続けない意味が分からなくなっちゃった。

(別に現地に足を運んでいない人を責めてるわけじゃありませんからね!
 行けない人、行かない人にも、それぞれ事情はあると思うし、
 私も芝居の本番近づいたら「行かない」し)


ただ、募金でもボランティアでも、形はなんでもいいけど、小さくていいけど、「続けていく」ってのは絶対に必要だと思うから、たまに忘れて、でもちゃんと思い出したい。そして続けたいと思う。

残念だけど「もう十分」って言える日は、まだ遠いと思うから。


とか言いつつボランティアの翌週は旅行です。
「そんなの全額寄付しろよ」とか思われるかもだけど旅行です。
その旅を楽しみにする自分と、これでいいのか…と悶々とする自分がいます。

相変わらず ぐるぐるぐる、だにゃあ。


とりあえず、6月第一週、宮城のために頑張ってくる!


活動報告 ~写真編~

2011年05月11日 00時16分37秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

当初、自分はボランティアに行く事をブログに書く気はまったくありませんでした。
むしろコッソリ行きたかった。

でも物資を集める必要が出てきた時に、隠しておきたい自分の気持ちと、公表することで被災地に届く物資が増える可能性が高まる事のどちらが大事かを考え、ブログに書く事に決めました。


当初、自分は物資収集&カンパに協力してくれた方にだけ、そっと活動報告をすればいいと思ってました。
「ちゃんと届けたよ」的なね。

でも、行って見て感じて「それじゃダメだ!」って思いました。
温度差みたいなものを見過ごせなくなってしまった。

被害の少なかった地域では、すでに過去になりつつある空気を感じる事もある。
四六時中考えてろなんて思わないし、自分だって忘れてる時間の方が多い。
でも、まだまだ心のどこかには置いておいてほしいし、ちょくちょく思い出してほしい。

そういう自分のエゴと自己満足のために、写真を載せちゃうぞ。

ちなみに写真を撮るという行動も、被災地では暴力になります。
自分なりに気をつけたつもりだけど、配慮が足りなかったなと思い返す部分もあります。
これから行くかもな人は、どうか気をつけてくださいm(_ _)m


今回お世話になったボラセン



集まった物資の一部



みんなで運びました



申込書



活動先までの移動に使った自転車は浜松からの寄付でした



通り道



通り道



通り道



荒れ放題の待ち中にも・・・



ピントが変だけど、奥の畑は全部ヘドロ被ってます



バリバリになったヘドロをどけてやると、下では新芽が生きてました!



強い言葉



美味しい夕食!



南三陸町に行ってきた友人が撮った写真

一緒に行かない?

2011年05月10日 20時57分49秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

次回のボランティアの日程が決まりました(^-^)

6月4日~5日 @ 宮城県 

自分は3日の夜行バスで出発して、4日(土)・5日(日)に活動→5日の夜行バスで帰宅。
そして6日の仕事中に居眠りしないように頑張る(^-^;)


で、下記のような方はいませんか?

「ボランティア、興味あるけど単独はなぁ」
「迷惑にならないところに行きたいけど情報がないよぅ」

ボスが現地のボランティアセンターの方と連絡を取っておりますので、
行ってみたら県外ボランティアは受け付けてなかった(T_T)なんて心配はいりません。

一緒に行ってみませんか?


 行動のイメージ

・高速バス・新幹線などで仙台入り
・仙台駅周辺のビジネスホテルに宿泊
・朝、ボランティアセンターへ(必ずランチを持参すること!)
・ボラセンで割り振られた活動先へ
 (自転車やマイクロバスなど交通手段は用意されてるので大丈夫)
・夕方にはボラセンに戻る

夜は自由なので、仙台の牛タンを味わったりお土産を買ったりして、現地にお金を落とすもよし。
次回の活動に備えて(?)節約すべく部屋でまったりもよし。
とりあえず翌日の活動に支障が出ないように、休養・睡眠はしっかり取るべし。

詳細は過去のブログでよろしく~
5月1日  5月2日  5月3日   5月4日

写真はつぎの日記で!


 もちもの 

・長袖長ズボンの動きやすくて汚れてもいい服(自分はセパレートの合羽を着用してました)
・歩きやすくて汚れてもいい靴(安全靴とか登山靴とか長靴とか)
・タオル
・軍手
・帽子(自分は頭にタオル巻いてました)
・マスク(ボラセンで配布してる時もある)
・ゴム手袋(ボラセンで借りられるかも…)
・やる気


 注 意

・ボラセンで待ち時間が長くてもブーブー言わない
・「死ぬ」「怖い」「もう無理」とか気軽に言わない
・活動中は観光旅行ではないという事を肝に銘じるべし
・注意されてもふてくされない
・無茶しない                      
   
  などなど。        

 費 用

・現地までの交通費(前回は新宿発の高速バスで往復8000円)
・現地での宿泊費(前回は1泊4500円)
・現地での食費(前回は仙台駅周辺では普通に買い物できました)


あと「車出せるよ!」って人いたら嬉しいかも。
宮城野区・若林区での活動を予定してますが、足があれば女川町まで行けるかもなので。
その場合、現地でのガス代はみんなで割カンになるはずよん。
ちなみに汚れるのは覚悟してね(^o^;)


心身ともに健康な20歳以上ならウェルカムです。
4日だけ、5日だけの活動でもウェルカムです。

「興味ある」「質問ある」って方はメールかメッセージを下さい。
「行きたーい!」って方もメールかメッセージを下さい。

よろしくですm(_ _)m


ちなみに自分は現地にボランティアに行くだけが支援だとは思っていません。
だから行けない人を責める気は毛頭ありません!

ただ、それぞれが被災されている方々の事を、自分の頭の中から締め出してしまうことなく、
出来る事を続けていけたらいいなと思います。(東日本大震災に限らずね)

そして、こういう募集日記を書くことに抵抗あったけど、前の日記では沢山の人から勇気をもらったから書けたんだ。
ありがとう(^-^)

真面目なこと書くのって、やっぱ照れるにゃあ。

罪悪感

2011年05月08日 04時08分12秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。
とかいうテンションでもないっす。

ぐるぐるする。頭の中が。
泣いたり涙出たりする感じじゃない。
むしろポロッと泣けたら楽になるんだと思う。
でも、そんなもんでもないみたい。


口の悪い自分が言うのもなんだけど、心ない一言にグサリとくる。

ボランティアに行って、駅前のビジネスホテルを拠点にしてたら
「随分いいところに宿泊してるんだね」
みたいに言われる。関東の人にね。

反対思考については勉強させてもらったから、例えば自分自身が
「避難所の方は体育館で寝泊まりなのに…」とか罪悪感に駆られた時は
「翌日の活動のため、しっかり体力回復&リフレッシュするためには必要なことだ」
「観光客が減って困ってるところもあるって聞いたし、現地でお金を使うのはアリだ」
などなど、自分に『いいわけ』できる。

被災地の方に言われるなら、言われて当然と受け止められると思う。

でも、他人の口から、しかも被災者じゃない人から言われるのはキツイ。
(そんな事よりホテル経営できるくらいに駅前が復興してる事を喜んでほしいよ…)


ボランティアに参加するとか、物資収集のお願いを日記やTwitterに書いたりすると、一部の人から
「そんなに暇じゃないんで」
「お前で役に立てるの?」
「被災地の邪魔するのやめなよ」
みたいに言われてしまう。
いや、そう聞こえるだけで誤解かもしれないけど。
自分自身が自信ないからそう聞こえちゃうだけなのかな…

行けない人、今回協力できなかった人を責める気持ちなんて無いのに、敵視みたいなのをされると、自分が誤解させる伝え方をしてるのかもしれないけど、苦しくなる。

悪いことしてる訳じゃないのに、どうして罪悪感を感じなくちゃいけないんだろ。


で、こんなことで悩んでる自分が贅沢に感じる。

別に日常のささやかな出来事に対する心の機微を下らないなんて思わないはずなんだけど。

でも

飛行機で十数時間のところに飢えで苦しむ人々がいる。
バスで数時間のところに家をなくした人々がいる。

それなのに自分は旅行の予定とかあって、趣味も充実させたいとか思って、
美味しいものを食べたいとか、
旨い酒が呑みたいとか、
かわいい服が欲しいとか、


救いようのない人間に思えてくる。


あーまとまらねぇ… だにゃあ。


って、悲しいこと言われる時もあるし、どんよりする事もあるけど、エネルギーをくれる友達もいるから自分は大丈夫(^-^ )

みんな、ありがとう!

組織論?

2011年05月06日 21時51分41秒 | みう
こんばんにゃ。
デラシネのみうです。
デラシネって根無し草って意味ね。って、知ってるか(^_^;)

どこにもキチンと所属してない自分なので、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、色んな組織やチームやグループを覗き思います。

その『組』の目的は何なのかがハッキリしてる組は良い。

『組』の構成員が目的を理解しているとなお良い。

ある行動が目的のためにプラスになるかをキチンと判断できる構成員で作られた『組』はスゴく良い。


自分の手柄最優先の人がいる会社は働きにくいし、個人的感情を優先してくる団員のいる劇団では芝居やりにくい。

まあ、人のこと言えないとこもあるけどさ…。

そういう意味で、先日のボランティアのチーム・TEAM 4 U はすごく良かったと思う。


なんのために集まっているのか、その為に自分が出来ることは何なのか、
そういう事をキチンと見つめて、見失わないようにしなくちゃね。

自信無いけど、頑張るにゃあ!

5月4日 活動は特にしてないけれど・・・

2011年05月05日 00時36分44秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

今日はもう帰るだけです。活動はありません。なんだかなぁ…

朝8:50にホテルを出てバス停に向かいます。
ホテルを出たところで、一昨日の晩にホテルの大浴場(定員3名)でちょっとおしゃべりして、ちょっと仲良くなったオバチャンに遭遇。

オバチャンは北海道から来ていて9泊10日の予定。(今日で5日目)
1番の目的は野球観戦、試合のない日はボランティアという充実の仙台ライフを送っている。

一緒に駅に向かいながら、おすすめの牛タンや蒲鉾の話を聞いたり、ずんだ餅買って帰りたいけどバスの時間ギリギリだしって話をしながら駅へ。

東口でお別れのご挨拶をして、バスに乗り込みました。

バスの中で出発を待っていると
「運転手さん!知り合いを探してるんだけど」
と聞き覚えのある声が…

オバチャンだ!

「はいこれ。頑張ってね」と、何かの包みを渡してくれて、オバチャンは颯爽と去って行きました。
包みを開くと、そこにはずんだ餅が(T_T)

名前も知らないオバチャンだったけど、お風呂場でいきなり裸の付き合いから始まり、ボランティア情報とか仙台情報を教えてくださり、初心者の自分を励ましてくれた彼女の事は多分一生忘れません。


予定より1時間弱遅れて新宿に到着。
同じチームのるみちゃんと横浜まで同じ電車で、またしばし語り合う。
「また行きたいね」「こっちにいても、やれることやろうね」

横浜はもうホーム。
いつも通り、一人で歩く。なんか変な感じ。

帰宅して、ご飯食べたり、荷物ほどいたり、シャワー浴びたり、テレビみたり、変な感じ。
仮の住まいにいるみたい。
ホームよりアウェーな気分。

ココにいていいのかな?

って不安になる。
やり残してきた事は山みたいにある。
寄付も募金も必要だけど、マンパワーだって絶対必要だって実感した。

この熱が、いつか(それもかなり早い時期に)自分の中で冷めてしまうのではないか…

って不安になる。
そうならないように、忘れちゃわないようにしたい。

言葉にならない気持ち、自分で整頓出来ないモヤモヤの中にいるけど、
モヤモヤしてるうちは忘れちゃわないから大丈夫って気もする。

でも、リーダーの姉さんも言ってたけど、リフレッシュも大事。

だから今は、たまにリフレッシュして、たまにモヤモヤしながら、虎視眈眈と次の機会を狙う。

そんな感じだにゃあ



あーまとまらねぇ(^o^;)






5月3日 活動内容報告

2011年05月03日 23時59分12秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

先日の活動の後にボランティアセンターから支給された回数券を使い、JR仙石線でセンターに向かいます。

救援物資のダンボールを持って電車に乗る集団は少しだけ浮いてたかもしれませんが、GWのおかげでラッシュの迷惑になることもなく無事運搬完了。


本日の作業は10名での泥出し作業。

自転車で行くには遠いため、マイクロバスで送ってもらいます。
バスの台数にも限りがあるためピストン輸送なので、しばし待機。

活動場所は2日より更に海に近い場所で、行く前にセンターの方から
『もし余震や津波がきたら、とりあえず高台に向かってください。高台はないけど。うーん…北に向かって走ってください』
とアドバイスを頂きました(^_^;)

派遣先周辺はミニチュアのスモーキーマウンテンみたいです。
現場が近づくにつれ押し黙る人もいれば、怖さを紛らわせるためか饒舌になる人もいました。
自分もおしゃべりな方だし言葉選びは下手だけど、被災地を見てアトラクション見学のように「ウオー!」とか言って人みると、どんよりします。
こういう事も含めて自己完結出来る人が求められているのかもしれない。
自分自身も至らない点があったと思うので反省orz

バスを降りたら虹が出てました( ´∀`)

伺ったお宅は中古のバイク屋さんらしく、たくさんのバイクが泥を被ってました。
男性陣はその小屋の中の泥をかいたり、バイクを押したり、肉体労働に励んでいるようすです。

一方女子も瓦礫撤去、へどろ掻きなど、ガッツリ肉体労働です。

作業の合間のお昼休憩(40分くらい?)では、お家の方が豚汁と薩摩揚げを振る舞ってくれました。

基本的には派遣先の方から何かを頂く事は禁止です。
こちらから『お茶もらえますか?』なんてお願いは勿論NGだし『いかがですか?』と言われても辞退するのがルール。
そうしないと『ボランティアが来たら何かご馳走しなくちゃいけない』と思わせてしまい、逆に負担になってしまう事もあるので…。

でも、紙コップに人数分よそった豚汁を既に用意しておいて下さり『召し上がれ』と言われたら、これ辞退したら逆に人でなしなので、有り難く頂戴しました。

汗をかいた後のせいか、塩分が沁みる~( ´∀`)

ちなみに装備はセパレートの雨合羽上下に長靴。
頭にタオル、マスクとゴム手袋とゴーグル(レンタル)です。
合羽の中はタンクトップとジャージズボンですが、タンクトップが塩を吹くくらい汗ビッショリ。


1日の作業の終わり頃、裏の畑のひび割れたヘドロを剥がしたら、その下から菜の花などの新芽が芽吹いているのを見つけた時には何とも言えない気持ちになりました。

夜はお疲れ会の合間に女川に行ってきた人の話を聞かせてもらったり、お互いの活動内容を聞いてもらったり聞かせてもらったり…

リーダーや、仲間の言っていた
『続けていこうね』
って言葉が印象的でした。

自分は明日帰るけど、まだまだ人手の足らないところがあるのが分かってるのに帰るのが申し訳ないし悔しい。

だから、きっとまた行く。

夏の暑さの中で活動出来る体力をつけなくちゃ!だにゃあ

5月2日 活動内容報告

2011年05月03日 02時08分18秒 | みう・震災とボランティア
こんばんにゃ。

初めて『ボランティアセンター』なる場所へ行った。

ボランティア保険に加入し、受付を済ませ、仕事が割り振られるのをしばし待つ。

仕事は『男性○名、女性○名、××の仕事です』と声をかけられ、出来る仕事や条件なら挙手をし、ほぼ前から順番に割り振られます。

自分は『男性4名、女性1名、津波で被災したお宅の片付け』に行きました。

今回の作業先はレンタル自転車(浜松市からの寄付)に乗って30分ほどの場所。

玄関に入るのに階段があるようなお宅で、道路から1mくらい高い位置に建てられたお宅でしたが、それでも床上30センチの浸水。

先週退院されたばかりのおじいちゃんのお宅です。
入院中の奥さんが退院する前に、自宅療養に備えお部屋を整える事になりました。

家具の配置を整え、掃除をして、予想外に作業は早く終了し、おじいちゃんに色々な話を聞かせてもらいました。

帰りは行きとは違うルートを走りましたが、そこは特に地震と津波の影響が強かったようでビックリましたが、今日の仙台は本当にいい天気で、被災の跡を見ても、本当にあの高さまで水が来たとか、これだけの事をしでかすエネルギーの水が来たとは、何だか信じられませんでした。

そんな場所にもタンポポや木蓮が咲き誇っていて、すごく輝いて見えました。

もっと色々したいけど、活動できるのはあと1日。
精一杯頑張るにゃあ