32年前に朝日新聞が仕掛けた”従軍”慰安婦なる捏造・嘘報道で、中心人物として関わっていた元朝日新聞記者の植村隆氏。
国際社会における日本と日本国民の名誉を著しく傷つけた「報道テロリスト」として名前を知られています。
この記事ではまず植村隆氏が北の大地、北海道に逃げ込むことになった経緯について簡単にご紹介します。
植村隆氏は2014年の3月に朝日新聞社を早期退職します。
そして4月から神戸松蔭女子学院大学というお嬢様大学で教授になるはずでした。
しかし植村隆氏による”従軍”慰安婦捏造という反日大罪を知るネットから抗議の声が殺到。
これを受けて神戸松蔭女子学院大学は植村隆氏の教授就任を取り消すことを決めます。
その後、春から北海道の札幌市にある北星学園大学の非常勤講師に就任していたことが判明します。
ここで再びネットから抗議の声が上がりますが、北星学園大学は北海道にあり「反日左翼」「売国左翼」という北海道地域の特徴が強く出ているためか、植村隆氏を守ろうとします。
同じ反日左翼仲間の植村隆氏を放ってはおけなかったのかも知れません。
しかも北海道という反日左翼、売国左翼王国の地域柄、札幌市議会が植村隆氏を応援する決議をするなど、異様な展開になっていました。
同大学への抗議の声が止むことはなく、時には脅迫状が届いたりもしながら、現在に至っています。
無論脅迫は犯罪なので駄目ですが、行く先々に抗議が殺到するほどまでに激しい怒りを買っているのはなぜか、理由は明白です。
これが「反日」の代償です。
自分の国を貶めるために「報道テロ」という反日活動をしてきたことへのツケが今、来ています。
「反日」でご飯を食べるとはこういうことで、日本と日本国民の名誉を著しく傷つけるために活動してきたのが完全にバレた今、このような人物をネットは許しはしません。
ネットがまだあまり発達していなかった時代はニュースの情報源といえばテレビと新聞の報道が大部分を占めていました。
そしてテレビと新聞は大部分が反日左翼思想に染まっているため、朝日新聞や植村隆氏の”従軍”慰安婦捏造をきちんと報じることはなく、朝日新聞に乗っかって”従軍”慰安婦なるものを既成事実化させるような報道をしていました。
この時代は植村隆氏も安泰だったのだと思います。
状況が変わったのはネットが発達してからで、朝日新聞による”従軍”慰安婦なる捏造・嘘報道に関わっていた中心人物として次第に植村隆氏の名前が知られていきます。
そこから時間が経ち、昨年は8月に朝日新聞社が”従軍”慰安婦の捏造・嘘報道を認めて謝罪会見するという事件がありました。
そこで”従軍”慰安婦捏造に対する国民の関心が高まり、植村隆氏のこともさらに知れ渡るようになりました。
とうとう植村隆氏もずっと逃げ隠れているわけにもいかず、記者会見をすることになったというわけです。
ちなみに記者会見は日本外国特派員協会で行われていて、日本のメディアに向けてのものではありませんでした。
日本と日本国民の名誉を著しく傷つけておきながら、日本国民に対して謝罪する気はないようです。
日本のメディアは大半が植村隆氏のことを擁護してくれる反日左翼マスコミなのですが、中には産経新聞のように比較的まともな報道をするメディアもあるので、それを警戒したのかも知れません。
しかし、日本外国特派員協会で行われて、「自分は被害者だ」の一点張りだったとはいえ、記者会見せざるを得なくなったところにテレビと新聞しかなかった時代からの流れの変化を感じています。
植村隆氏が糾弾されている現状は「因果応報による自業自得」です。
悪いことばかりしていれば、やがては自分に跳ね返ってきます。
日本と日本国民の名誉を著しく傷つけておきながら国民に対して謝罪の言葉もなく被害者顔をする人物。
反日左翼マスコミの何たるかを体現するような人物で、許せない人だと思います。
植村隆氏がやるべきなのは自分を批判する人を片っ端から裁判に訴えて弾圧することではなく、まず日本国民に謝罪することであり、そして靖国神社に行って謂れのない汚名を着せた先人に対して謝罪することです。
国際社会における日本と日本国民の名誉を著しく傷つけた「報道テロリスト」として名前を知られています。
この記事ではまず植村隆氏が北の大地、北海道に逃げ込むことになった経緯について簡単にご紹介します。
植村隆氏は2014年の3月に朝日新聞社を早期退職します。
そして4月から神戸松蔭女子学院大学というお嬢様大学で教授になるはずでした。
しかし植村隆氏による”従軍”慰安婦捏造という反日大罪を知るネットから抗議の声が殺到。
これを受けて神戸松蔭女子学院大学は植村隆氏の教授就任を取り消すことを決めます。
その後、春から北海道の札幌市にある北星学園大学の非常勤講師に就任していたことが判明します。
ここで再びネットから抗議の声が上がりますが、北星学園大学は北海道にあり「反日左翼」「売国左翼」という北海道地域の特徴が強く出ているためか、植村隆氏を守ろうとします。
同じ反日左翼仲間の植村隆氏を放ってはおけなかったのかも知れません。
しかも北海道という反日左翼、売国左翼王国の地域柄、札幌市議会が植村隆氏を応援する決議をするなど、異様な展開になっていました。
同大学への抗議の声が止むことはなく、時には脅迫状が届いたりもしながら、現在に至っています。
無論脅迫は犯罪なので駄目ですが、行く先々に抗議が殺到するほどまでに激しい怒りを買っているのはなぜか、理由は明白です。
これが「反日」の代償です。
自分の国を貶めるために「報道テロ」という反日活動をしてきたことへのツケが今、来ています。
「反日」でご飯を食べるとはこういうことで、日本と日本国民の名誉を著しく傷つけるために活動してきたのが完全にバレた今、このような人物をネットは許しはしません。
ネットがまだあまり発達していなかった時代はニュースの情報源といえばテレビと新聞の報道が大部分を占めていました。
そしてテレビと新聞は大部分が反日左翼思想に染まっているため、朝日新聞や植村隆氏の”従軍”慰安婦捏造をきちんと報じることはなく、朝日新聞に乗っかって”従軍”慰安婦なるものを既成事実化させるような報道をしていました。
この時代は植村隆氏も安泰だったのだと思います。
状況が変わったのはネットが発達してからで、朝日新聞による”従軍”慰安婦なる捏造・嘘報道に関わっていた中心人物として次第に植村隆氏の名前が知られていきます。
そこから時間が経ち、昨年は8月に朝日新聞社が”従軍”慰安婦の捏造・嘘報道を認めて謝罪会見するという事件がありました。
そこで”従軍”慰安婦捏造に対する国民の関心が高まり、植村隆氏のこともさらに知れ渡るようになりました。
とうとう植村隆氏もずっと逃げ隠れているわけにもいかず、記者会見をすることになったというわけです。
ちなみに記者会見は日本外国特派員協会で行われていて、日本のメディアに向けてのものではありませんでした。
日本と日本国民の名誉を著しく傷つけておきながら、日本国民に対して謝罪する気はないようです。
日本のメディアは大半が植村隆氏のことを擁護してくれる反日左翼マスコミなのですが、中には産経新聞のように比較的まともな報道をするメディアもあるので、それを警戒したのかも知れません。
しかし、日本外国特派員協会で行われて、「自分は被害者だ」の一点張りだったとはいえ、記者会見せざるを得なくなったところにテレビと新聞しかなかった時代からの流れの変化を感じています。
植村隆氏が糾弾されている現状は「因果応報による自業自得」です。
悪いことばかりしていれば、やがては自分に跳ね返ってきます。
日本と日本国民の名誉を著しく傷つけておきながら国民に対して謝罪の言葉もなく被害者顔をする人物。
反日左翼マスコミの何たるかを体現するような人物で、許せない人だと思います。
植村隆氏がやるべきなのは自分を批判する人を片っ端から裁判に訴えて弾圧することではなく、まず日本国民に謝罪することであり、そして靖国神社に行って謂れのない汚名を着せた先人に対して謝罪することです。