つれづれおもふ

思えば遠くに来たもんだ~ぼつぼつ語る日々の出来事

高校野球―南北海道大会

2010年07月19日 | 日記
札幌第一、延長10回、12対11で駒大苫小牧に勝利!!

南北海道大会 札幌円山球場 1回戦
 札幌第一  2 0 1 0 1 1 2 2 2 1 12
 駒大苫小牧 2 0 3 0 3 1 2 0 0 0 11
 延長10回
 【投手】札幌第一:須田→小笠原→西島隆
     駒大苫小牧:落合→近藤→野沢→今崎 【本塁打】駒大苫小牧:野沢

札幌第一高校は、うちの長男の出身校です。
彼の在学中は“まあクン”にやられっぱなしだった。

甲子園に行って、智弁和歌山に雪辱をはらしてほしいなあ!
頑張れ!!一高!!
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広報する…?

2010年07月19日 | 徒然に、
いつも不思議に思うのですが、PTAの広報誌の役割は何なんでしょうか?

“広報”を国語辞典で調べると

――官公庁・企業・各種団体などが、事業内容や活動状況を一般の人に広く知らせ、理解を求めること。  また、その知らせ。

となっています。
ということは、当然、PTAの広報誌は、そのPTAが行っている事業内容や活動状況を一般の人に広く知らせ、理解を求めることが役割になるということだろう。
では、実態はどうなんだろう。
他の小学校中学校はわからないが、わが子が世話になった、なっている学校のPTA広報誌については
はてさてどうなんだろうかと言ってしまう。

毎年、年度の変わり目にある翌年の委員探しの苦労。
それは、事業内容や活動状況を一般の人に広く知らせ、理解を求めていないから起っている部分があるように思います。

PTAがなくてもいいとか、広報委員会が必要ないとは思っていません。
「子どものために保護者ができることは何か」というスタンスがきちんと取られているのであれば、
PTAはあるべき組織であるし、広報しない組織など信用なりません。

私が感じているのは、目の前にいる子どもたちのことを見ないで、
おざなりの活動しかしないのであれば「やらない」という選択をするほうが
子どものためになるのではないかということです。

なり手不足で悩むPTAが
「PTAだより」のほかに「広報誌」を発行する意義をきちんと認識するべきではないでしょうか。

ただ、ここまで来て気がつきました。
この私が感じている疑問は、個々のPTAの中で解決されるべき問題で
言ってみれば私のやっていることは、ごまめの歯ぎしりだあ……
その立場にある人間にはかなわないということ……か



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嵐・・・

2010年07月19日 | 徒然に、
高校生の娘がご多分にもれず“嵐”の大ファンで、
つきあって見ているうちに彼らの顔を覚え、名前がわかるようになり、
歌を口ずさみ、トークに笑うようになっていました。

私のお気に入りは大野君。
30近い立派な男性に“君”は失礼とも思いますが、
そう呼ばれて、アイドルを商売にしているのと、
はるかに私のほうが年上ということで許してもらいましょう。

私のリアルタイムはグループサウンズです。
タイガースやテンプターズ、スパイダース……。
学生紛争はテレビでみて「なぜGSがいけないの?」などという少女漫画を読んでいました。
当時の私が好きだったのはフォーリーブス。
先日、青山考さんが亡くなったのにはびっくりしました。

この年になってアイドルにまた遭遇して、何が違ったかというと
娘にあれこれ聞いていて、ふわっと思い浮かんだのが彼らの親御さんのことだったのです。

彼らがデビューしたのは10代後半。
ちょうどうちの上の子どもたちがさしかかっています。
自分がどう生きるか、一歩踏み出す時期で
これでいいのかと本人が悩む時期ですが、親もぎりぎりと思い悩みます。

芸能界、しかもアイドル、見えない苦労はいかばかりと考えます。
ひとにぎりの成功者の陰にきっと、他の道を選ばざるを得なかったたくさんの人間がいるはずです。
わが子がその道を歩みだしたとしたら、その心配は並大抵のものではないでしょう。

櫻井翔君の親御さんは総務省の官僚とききます。
櫻井君自身も慶応の付属に通っていた時期だそうで、親がよく許したというのが私が思ったことです。

「部活感覚だった」
「ジャニーズをやっているから悪くなったとか、成績が下がったとだけは言われたくなかった」
「成績が下がったら(留年したら)、やめる約束でやっていた」
当時のことを語った櫻井君の言葉のいくつかです。彼の中では学校が一番だったのがよくわかります。

事務所を辞めるつもりだった大野君も言っています。
「デビューして、どうやって逃げてやろうかと思ったけれど親が喜んだから、
これが就職ということなのかなと思った」

彼らの発言には、ごく普通の男の子の感覚の言葉があります。
アイドルになりたかったわけでも、芸能界で生きていこうと思ったわけでもない。
巡り巡って自分に回ってきた運命の中で、必死に生きている。

うちの子どもたちは、そんな運命を選んでいるわけではないのですが、
考えてしまいます。

「母ちゃんが帰りを待っていてくれたから頑張れた」という大野君のお母さん。

子どもがこの年齢まで育つと、親は何も言ってやれないし、やってやることもできません。
ただ、黙って見ているだけです。
理解できること、できないこと、どうしてこうやらない!と思うことばかりで、
わが子ながら「親の顔が見てみたい」と感じることもしばしば…。
もっともっと小さいころに、ああも言ってやればよかった
こう育てればよかったとおもうこもしばしば。
それでも前を向いて突き進むしかありません。

嵐を巻き起こしたアイドルたちに、
「部活感覚だった」時代を決して決して忘れないで生きてほしいと願っています。










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