うーむむむ…やっぱり「お金をいただく」ということは、大変なことです。
仕事に貴賎はない。どんな仕事でも、困難や苦労はつきものだと思う。
だから、この仕事に縁があったということに感謝する気持ちを大切にしたいと思っている。
姉の状況を考えると、働ける限りこの場所でとは考えにくい。
いつ来るかわからないその時がありながら、新しい出会いと向き合っている。
こんなことしていていいのかとも思う。
いろいろ感じること、考えさせられること、たくさんたくさんある。
ただいまはもう、目の前にある仕事をこなすことで精いっぱいだけれど、
もう少し落ち着いたら気分をリフレッシュして、この経験をしっかり身にしたい。
そう、やっぱり悶々としちゃっているんです!
人生をいかに生きるか、それは若い人であろうと、年配であろうと、
健康であろうと、病気を抱えていようが、それは変わらないことなんだと思う。
だから、年をとろうが、体が利かなくなろうが、
今の自分でこういう風に生きたいと願うことが大事。
「どうしようもないわよね~体が動かないんだから・・・。ちょっと助けて頂戴」
という気持ちを持っている方はお手伝いがしやすい。
「どうしましょう?」と尋ねると、こうしてほしいとはっきり言われる。
「これぐらいのこと自分でやらなくちゃいけない」とまだ踏ん切りがついていない方は、ちょっと気を使う。
傍からみれば手助けをすべきと思えることも、本人には余計なお世話なのだ。
そこら辺の兼ね合いを、相手の気持ちをはぐらかせながら仕事をしなければならない。
要は臨機応変に、無理やりやってしまったり、今日はやめましょうとなるのです。
それがとてもとても難しい。
そんなつもりで言った言葉ではないのだが、違って受け止められることがある。
これもしんどい。でも、そんなつもりで言った言葉でなくても、相手がそういう風に受け止めてしまったら、
それだけのことだ。
まあ、これはこの仕事だからということではなく、
どんな仕事でもついて回ることで、仕事ばかりではなく学校や会社、はたまた生活の中でも
言葉や気持ちの行き違いはある。
ただこの仕事の場合は、相手のお宅で一対一で向き合っている状況でのこと。
一度クレームが届くと、もう、本当にきりきりと胃が痛くなる。
以前から緊張しで、外出時にはトイレの回数が多かったが、
まあ、仕事に出かける前はありったけのものを払いだすかのようにトイレに通う。
すっかり冷たいものも取れなくなった。ま、今札幌はものすごく寒いので、そのせいもあるかな?
早く慣れたいと思うが、反面あまり慣れるのもいけないのかとも思うし、・・・
それぞれのお宅での要領が少しわかってきて、ようやく一週間の動きにも慣れて来ると、
次の新しい仕事が入り、それがためにすべての流れに支障が及ぶ。
臨機応変と程遠く、器が小さいというか・・・
こんなに自分が弱いとは思いもよらず、あきれている。
いろいろです。
いろいろだけれど、頑張っている自分が、ちょっと誇らしい気もしている。
花咲く頃を楽しみに、明日も私の来るのを待ってくれているお宅に向かいます。